47.家中の皆も憂鬱だった
ボスコ大公邸。
通用口からメイドが出て来る。
足取り軽く正門に向かう。鼻唄まじり。
◇ ◇
正門。
門扉が八の字に開かれ、中央に大柄な武人が杖刀姿勢で佇立している。
メイド、背後から話し掛ける。
「門は閉じるが兵の常道ではありませんの?」
「拙者、真っ先に敵陣に斬り込む者ゆえに、守りの術には蒙い。門柱と門柱の間が是の大剣で横薙ぎするのに丁度良いと思うた」
「少々闊過ぎませんこと? わたくしが寄せ手ならば、二三合なりともお侍さまと太刀打ち出来る剛の者らを正面に押し立てて鎬を削らせ、その間隙に脇の左右から城内へと雑兵どもを走り込ませますわ」
「斯様な際にこそ最後の一兵として大殿様の恩顧に報いんと独り参じたれど、頓と勝手が分からぬ。蛮勇以外に取り柄も無き身ゆえ考え無しに此処に立ったが浅慮であったか」
「搦手門が宜う御座りましょう」
「成る程ここは鉄扉を閉じ、幅員狭き搦め手が突破し易しと見せて、拙者は其処で敵を斬るべし・・と」
「誇り高きお武家様は、正面こそ良き死に場所と思し召されましょうが」
「否。我慢を主君の安寧よりも重んじては士道に悖る」
「敵が来ないのが一番ですわ」
「お女郎只者でないな。外へお出ましか?」
「是。大殿さまの為に介護に長けた修道女を呼ぶ許可を頂戴しましたので」
「若しや南岳の修道女様らを・・か」
エルテスの尼寺は医術で有名である。
「戦さが有って克つよりも、戦さが無くて敵が来ぬ。是が吉」
「成る程・・」
・・と、武者頷く。
◇ ◇
ナシュボスコの街。
「なんか道が逶迤してて孰方がどっちゃら・・」
「見世とか全然無いわよね」
レッド一行彷徨いている。
「お屋敷街だからな。店なんか無いんだ。御用達の商人の方から屋敷を尋ねて来て勝手口から入るんだよ」
ブリン訳知り顔。
「みんなが通販生活みたいな感じ?」と、アンヌマリー。
「お得意様が決まってるからな。道端で店ぇ広げたりしねえさ」
「長屋住まいの奉公人だって居るでしょ?」
「奉公先の用人が大人買いして家中の皆に分けんのよ。其の方が安い」
「ふーん」
アルとハンナが封建社会の現役で、レッドとブリンにアリシアと宿無しヒンツが封建制ドロップアウト組。フィリップとアンヌマリー、それに軽馬車の馭者が自由市民。それにレベッカが外国人枠である。
通じる話と通じない話がある。
フィン少年は自由市民だが貴族家の執事の息子だから、通じる側である。
「あれ? あの人混み! この街にも店、有るじゃないですか!」
「違うと思うぜ」
両目で「なんで?」とブリンに問いかけるアンヌマリー。
「誰方か亡くなったんだろ。遺品を形見分けして、残った物らを奉公人が拝領して更に残りは門内の玄関先に置いておく。それは誰が貰ってもいいんだわ」
「浮浪者が街に入りたがる訳ですわ」
「さすがに既う雑具ばかりだろうけどね」
レッド、哀しそうに呟く。
「あれ?」とアリシア。
立派な拵えの長剣が残っている。
レッド、別に物欲ある訳でもないのだが、つい手に取って仕舞う。
すっと初老の男が近づく。
「それは呪いの剣と言われております」
「へ?」
◇ ◇
「それで、誰もお受け取りにならぬのです」
話し掛けて来たのは、年配の奉公人であった。
「何方もお受け取り下さぬなら、私が詰まらぬ噂など誰も知らない遠方へと赴いて売却し、坊っちゃまの供養に充てたいと思っていたのですが、旅のお方が由来など気にせずお持ち頂けるなら嬉しう存じます」
「そんな遠方行かなくてもメッツァナなら二泊三日ですけどな」
フィリップ氏、身も蓋もない。
「私も失職する身ゆえ、出来れば節約したいと・・」
「自分のモノにして売っ払やぁ収入になるじゃん。詰まらねえ噂って言いながらも実は呪いとか気にしてんじゃね?」
「はは・・は」
ブリン、もっと身も蓋もない。
「有り体に所以を申し上げますと、さきの戦さで敗走中、歩けぬご長男の縋りつく手指を切り落として突き放した先々代様の佩刀なのです」
「地獄だなぁ」
「赤鬼のような南部武者の振るう鎖分銅に御乗馬ごと吹き飛ばされ両の膝から下を失った兄君が、初陣だった弟君のお馬の鞍橋後輪に蹙み付いて居ては、お二人とも逃げ遅れ討たれて終います。お父上様もさぞ苦渋の決断だったで御座いましょう」
「地獄繪圖ですわね」
「負け戦ってそんなもんだよ」とアリシア首を横に振る。此娘も落城経験者だのに肝の座った奴だ。
「鎧武者から軍馬ごと両脚捥ぎ取っちゃう赤鬼って『そんなもん』じゃあ無くねぇかい?」
不味いと思ったか話題を変えるレッド。
「で、お父上さんは?」
「鱠に斬られて州境に晒されておりました」
「弟君落とそうと殿軍を頑張っちゃった訳けかい」
「哀しい地獄だなぁ」
「んで弟君、無事に落ち延びた?」
「それが無事では御座いませんでした」
「病んっじゃった?」
「病んでお了いに」
「初陣の若様にゃキツかったろうなぁ」
「血塗れの兄君が背中に被負っているとの白昼夢を見ては時ところ構わず叫び出す日々が続き、遂に亡き御隠居様は若の幽閉を決断・・」
「あちゃぁ、そこまで重篤か」
「消えざる悪夢の憂憤疾というやつか」
「なんとかお血筋を残そうと御隠居様、親類筋から奥方を宛行って・・」
「その娘さんも地獄ね」
「・・子宝に恵まれた途端に『事故』で弟君もお亡くなりに・・」
「詰め腹かよ」
「ブーさん、しぃぃっ!」
「亡きお父上の佩刀での『事故』でした」
「それ、誰が回収してきたの? いや、僕ぁ無関係な商人だけどさ」と、怪しさも全開で聞くアル卿。
「私の亡き兄で御座います。皆で止めたのですが・・或る朝、この門前でその刀を握り締め絶命れて居りました。矢の雨を浴びて針鼠になりながら、ここまで這って戻って来たのでしょう」
「・・・」
アル卿、沈黙。
「それで、お子さんの差し料になった訳かい」
「坊っちゃま此の春十有五にして元服し、伯爵様の近衛兵見習いに出仕なされたのですが・・」
「あちゃぁ、運悪ぃ」
「・・巡回警邏中、魔獣に遭遇した・・と」
年配の奉公人、既に涙声。
「・・それはもう無惨な御遺体・・」
・・(磨墨号さんが齧っちゃったやつか)・・
「・・届けられた遺品の御差し料で奥方様が『事故』に・・」
・・(あと追っちゃったんだ)・・
「やっぱ呪われてるわよ、その刀」
「アンヌマリーさん、しぃぃっ!」
◇ ◇
レッド、結局貰って仕舞う。
「兄さん面倒そうなもん拾っちゃ抱え込む性分だなぁ」
ブリンが言うと揶揄ってる感じがしない。
「武器には咎は有るまいさ」
「先輩の無神経さは悪霊が祟っても効かないレベルですよ。もうスキルの域です」
「そう言えば、レッドさんの冒険者としての登録スキルって、何です?」
アル卿も悪気なく聞く。
「『読み書き』と『礼儀作法』だ」
「『剣術』は?」
「申し訳け程度だな」
「あんまり使い途ない割にやたら縁起の悪いもの貰っちゃって・・。手にした人がみんな死んでません?」
「兄さんよ。どうせエルテスに行くんだ。奉納しちゃおうか」
「そうだな」
「『読み書き』スキルって言えば、クラウス卿って那の外見で見事な詩を賦したり為るんですよ。意外ですね」
「『那の外見』とは失礼ですわ。ハンサムで優雅な方なのに」
「そうよアル。素敵な殿方じゃないの」
「いやいやいや武辺者っぽいのに意外って意味だよぉ・・」
「そう? 何処か影のあるあの感じ、月夜に竪琴とか手にして独り即興詩を吟じるイメージとか有るじゃん」
「どっかセクシーな匂いもしたわね」
・・何故だか女たちに大ウケしてる模様。
大型の野獣が放つ危険な香りとかに、若しや彼女らの雌の部分が感応してんじゃないのか? もしかして那のかた、あれでモテ系なのか? 俺の目には怪獣にしか見えないんだが。
「怖いけど、カッコいいって言やカッコいいですよね。怖いけど」
「お前もか、フィ〜ン!」
そのとき『どさり』と、なにか落ちて来た音がする。
続きは明晩UPします。




