46.目覚めても憂鬱だった
レッドら一行、門内に入って行く。
後ろ姿を見遣る見張り番の騎士家の子弟たち。
「また借金取りかな・・」
「大勢なわりに最小限の護衛だけで、怖いお兄さん達とか連れてなかったからな。どっかの家が春期の返済を滞らせたんで、表敬訪問めかして和り注意ってとこじゃないか? あの色っぽいイディオン人少女が金貸しの名目人で道楽者っぽい騎士がパトロンってとこか」
聖典を奉ずる騎士が同胞から利息を受け取るわけには行かないから、裕福な騎士階級がイディオン人貸金業者のバックになるという抜け穴は屡々用いられる。
可哀想なレッド、愛人を隠れ蓑にして事実上金融業を営む堕落騎士だと思われたようだ。
好色馬鹿殿さまの方が益だった。
便所文化という言葉がある。著名文学者の造語だが、美麗な建築物が浄に拘って御不浄を設けなければ、離れに便所を建てるしか無いという話である。詩学文学が高雅さを求めれば、排斥された猥談は地下でひとつのジャンルを作る。
経済活動に於いても神聖なる汗を流す労働を尊んで利子を取るという不労所得を賤しめば、剰余価値への無理解は社会を歪めるのである。
聖典が利子所得者を賤業と呼び信徒らに忌避させた結果、異教徒イディオン人は特権的な生業を得たに等しい。彼らは例え原資が乏しくとも、裕福な騎士から無償資金援助を受けて、ケツモチの労働対価を支払うという名目にて利子所得のマネーロンダリングを担当出来た。
レッドは男色女色オッケーの色魔なうえ、いたいけなイディオン人少女の愛人を利用して、禁忌とされる金貸し業をも裏で営むド腐れ騎士に見られたのだ。
憫れむ可し。
◇ ◇
「んー、ちょっと尾鰭つき過ぎてましたね」
流石にアル卿、当惑の表情。
「まぁ相当やっちゃったみたいですけど、あっちだって相当やったんです。子供を攫われた侭の家だって有る。・・攫ったやつ殺しちゃうから行方知れずになるんだ自業自得だって言われたら困るけど」
「あるある! そういうの、あるある! 実行犯つい殺しちゃって後で黒幕探しに苦労するとかも、あるある」
なぜかアンヌマリー急り気味にフォロー。
「そうそう。殺して食ったなんて、ないない! あれは豚肉です。それも嶺東産の最高級銘柄豚でした。美味かった」
フィリップさんまで急り気味にフォロー。
「ウスター城が包囲されて陥落寸前だったのも嶺南勢の加勢が間に合ったから逆転出来たのも事実だけれど、我ら嶺東武士が弱かった所為じゃない。宣戦布告なしの卑怯な奇襲を喰らったからです。命乞いする先代チョーサー伯と二人の息子を問答無用で縛り首にしたのは合法の報復です」
身分ある者の処刑は斬首が普通。腰斬とか絞首は相当な侮辱刑に当たる。
ちなみに最悪不名誉の酷刑は火炙りと車裂きである。
車裂きと言うと手足を四方から引っ張って人体を四つに割くのを想像されるかも知れぬが、実際は手足をタコイカみたいになるまで骨を砕いてから車輪のスポークに巻き付けて死ぬまで晒すという方法とか、重たい車輪で死ぬまで轢く方法とかが車裂きの刑だと記録されている。
そう。翻訳が悪い。
「でも、モツ焼きにはしたんでしょ?」
アンヌマリー別に咎めるような口調ではないが、アル卿やフィリップ氏は子供の時分とはいえ南北戦争をリアルタイムに知っている世代。生まれてなかった彼女と温度差がある。
「国王陛下から停戦命令が下りたんだってさ、州境を越えて進軍するなって。でもそれ、高原州に入らなき何やっても違法じゃないって追認だからね」
「それでモツ焼きかい」
ブリン呆れ顔。
「嶺南の衆のモツ焼きは生きたまま腹を割いて腸を引っ張り出してはグリルしてく処刑レシピだけど、親父らがやったのは遺体損壊だから、そこまで過激じゃない。挑発だよ。勅命で高原州へ進軍できない鬱憤をぶつけただけさ」
「趣味悪くない?」と、アリシア。
「進軍できないなら誘き出すってこと。普通の戦さだったら友軍の遺体回収に休戦申し込むとこだけど、連中は宣戦せずに侵攻して来たんだから、開戦してない者が休戦なんて申し込めないでしょ? 王命は『高原州には攻め込むこと罷りならん』だから、州境を出てきた奴は殺ってよし」
南軍さま、ものは言いようである。
「伯爵親子と二人の息子以下、武将から兵卒まで州境沿いに延々と遺体を磔にして立てて晒し物にして、遺体を取り戻しに来る遺族を的にして射的大会をやってたんですよ、酒呑んで騒ぎながら。当時の俺らメッツァナの欠食児童が陣中に紛れ込むと、南軍さん気前よく食わして呉れてね。イヤあれは確かに嶺東の銘柄豚だった。捌いて卸してるとこも見たし」
戦中世代よく語る。
「酔っ払っちゃ矢が当たらんだろ」
「いや親父言うには、嶺南武士は弓矢の上手が多くって、可成りの遠くでも一発で仕留めて喝采の声。我らは左様いかず針鼠になるまで皆で射掛けて、此れはこれで甚振って痛快だったって」
「やっぱり趣味悪いよ」
「この街の大道でする話じゃなくね?」
「その遺族たちの街ですものね」
最後はレベッカに釘を刺され、声を潜める戦中キッズ。
◇ ◇
グランボスコ。
と或る屋敷。
「お目覚めですか?」
西陽の射し混んで来た窓の格子を閉じようとしていたメイドが、振り返らぬ儘に声を掛ける。
「咨・・」
大きな寝台で仰向けの老人。
「久方ぶりの正気ですわね」
「お前は誰だ」
「『誰だ』って・・他人行儀な。昨日からお下の世話までしているメイドですよ。お手付きになされた下女と同じくらい御給金賜っても罰当たりませんのに」
「下女を『お手付き』になど為ぬわ。したくとも出来ぬぞよ。して、前のメイドは如何した?」
「辞めました」
「何故また急に」
「急じゃ有りません。これ以上また、ずっと御給金の遅配が続いては田舎の両親を養えないと、泣きながら出て行きました」
「侍従長を呼べ」
「国許に帰りました。地元がいろいろ危ないそうで」
「此処が一段危なそうじゃけれどな」
「洵に危ないですわ。昨日今日雇ったバイトのメイドに金庫の鍵まで渡して、誰も居なくなって終いましたのよ。わたくしも週末までの短期契約ですし、嗚呼是れは如何致しましょう」
「そりゃ困ったな」
「如何してご子息を追い出されたのです?」
「彼は公妃が燕と産えた生さぬ仲。置いときゃ余は一服盛られて今頃夙に那の世の住人じゃ」
「あらま。それじゃ甥御様は?」
「虐め抜いた異母弟の倅。毒は盛らんだろうが飯を食わせんで飢え死にさせに来るタイプじゃな」
「鴆毒が寧そ優な様な具合ですわね。左様云えば東方でも宮殿で『荷! 荷!』と言って飢ゑ死んだ皇帝がいらしたとか」
「弟は狡いのじゃ。祖父の大逆罪で族滅された時、幼かった余は密かに首じゃない所を切られて大公家の名跡だけ継いだ。御家までは取潰していないと云う言い訳にな。だが嬰児じゃった弟は五体無事」
「それは弟君が狡いのでは有りません。庶子が家督を継げないように幾らでも手を回せるからですわ」
「だが、余が奏上もせぬ伯爵位を弟が賜るのは狡かろう」
「それも弟君が狡いのでは有りません。立枯れると思って辺境に転封した大公家を殿様が再興してしまったので、お力を削ぎたい王家の思惑ですわ」
伯爵位は諸侯の家臣であると同時に国王から司法権を預かる判官なので、諸侯が奏上して勅使が拝仮するのが常例である。
「否狡い。弟、王家やアグリッパに媚びを売りおったし」
「それは殿様が彼方此方喧嘩を売り捲るから、尻拭いに東奔西走なさったのです」
「諾・・理解っちゃ居たさ。なのに、ひとこと謝る前に逝っちまいやがった」
「孰々業の深い御方・・」
「お前、雇用契約の延長が出来るか?」
「生憎ずっと予約が埋まってをりますわ。でも、代わりの者を手配することならば出来ます」
「それは、ひと安心・・」
「ですが、条件が御在ますのよ」
「条件・・とは?」
続きは明晩UPします。




