45.見張り番も憂鬱だった
ブラーク城を後にして、チョーサー伯領に向かうレッド一行。なんだかまた更に大所帯になっている気がする。
「グランボスコの町を抜けて行くのが近道なんですが、そのルートは採りません。市内のスラム化が酷くって」
案内しながらフィリップ氏、苦笑い。
「物乞いがわらわら群がって来て、そこで歩みを止めたが最後です。紛れ込んでた物盗りが次々と荷物に手を突っ込んできますよ。このあいだ来たときは一騎だったから、威圧しつつ駆り抜けちゃいましたけどね」
「州都が、そんなでいいんですかい?」
「とっくに機能停止してますよ。我らの町メッツァナはエルテス大司教座の傘下に鞍替え、カンタルヴァン伯爵はレーゲン川の船便から税収得られる地の利を占めて我が道を行く構え・・」
「んで、国人衆には嶺南から調略入りまくりって訳かい」
「絶賛国盗られ中ですよ」
「ウルフリックの奴もメーザ師も、ギーズ伯とは揉める気なさそうだけど」
「フックスさんてば、彼んちの領地を召し上げる評定で最後まで反対票入れたのが今のノビボスコ代官のお父上だそうで、恩義感じてるみたいですよ」
「フィリップさん、あいつと親しいんですか?」
「最近みんなと飲み仲間です。最近ですよ。メッツァナから調査仕事で来て、まだ日も浅いんですから」
「ありゃ旦那も間諜稼業?」
「いや、犯罪捜査の聞き込み係です。皆さんには随分世話になりました」
「わたしっ、襲撃犯のあたま鉄鍋でゴンゴン叩いたら、尋問できなくなっちゃって叱られましたぁ」
アンヌマリーが舌を出している。
◇ ◇
グランボスコの城壁が見えて来る。
「外壁に沿って迂回して、ナシュボスコまで行きます」
「近いの?」と、お小姓姿のアリシア。
「ナシュボスコの街というのは、東征で大公に帰附したヴェンド族の勇士が騎士に取り立てられたとき、貰った領地があちこち散らばっていたので、州都の南城壁の外側に彼らの上屋敷が立並んだのが始まりだそうです。親衛隊員の家ばかり集めた新市街というところですね」
「アルさん詳しいんだ!」
アリシアが既う気安い。
「それって、いかにも宿屋とか無さそうじゃないかい?」
「大丈夫です。私ら昼のうちに潜入先の目処を立てちゃいますから、夜陰に乗じて一気にヒョードル峠越えちゃいましょう」
「そんな大雑把でええんかい?」
ブリン怪訝な顔。
「メッツァナの納屋衆だって設定は没にしたから、何しに来た人ってことに為るか早く考えないとなぁ」
「あの・・それは諺にいう『南部人の泥縄』というのでは・・」
「お嬢ちゃん、わたしたち南部人じゃないし未だ泥棒も捕まえてないわ」
「そう! 僕らは『出たとこ勝負の嶺東人』だ」
なぜだかハンナもアルも胸張って言う。
気風が南部人と似ているらしい。
「『嶺東人は度胸がいい』って意味なんだぞ」
違うと思う。
彼らの自己評価ポイントが、南部人に似ている所に在るのか、ちょっとだけ常識寄りである所に在るのか、そこは微妙そうだが。
「冒険者に向いてる気風なのよ。冒険者って旧帝国語の『前向きな人』から来てる言葉だもの」
・・俺は『運まかせな奴』だと思うんだが。
レッド、声には出さない。
「おふたり、新婚旅行って触れ込みでは、いかがですの?」
お嬢さん方興が乗って来る。
「そんな旅行に行くにゃ一寸殺伐とした街じゃないかい?」
「それじゃさ、新規の販路開拓できた暁には嬢さんと付き合っていいって言われた手代とか、どう?」
「それで二人で旅行させてたら旦那さん既う許してんのと違うかい?」
「いいね! ツーカギレーですよ、ツーカギレー。親戚一同から祝福して欲しくば二人で力を合わせてクエスト成功させてみよ! ってやつ。ロマンチックじゃないですか!」
もらったお題に御満悦な様子のアル卿。
ナシュボスコの街が見えて来る。
◇ ◇
「くっついてるわね」
「くっついてるな」
グランボスコとナシュボスコ、くっついている。
グランボスコの南城壁に、南門を囲んでU字形に城壁を継ぎ足したらしい。
安普請とも粗末とも思わないが、高さが南城壁の半分くらいである。
「同じ町じゃん」
「いや、壁からこっちは伯爵領ですから」
◇ ◇
道は通用口のような鉄扉に続いていて、その左右に無造作に置かれた木箱に一応武装した若い衆があまり番兵らしくない姿勢で屯って居る。
「こんにちは」
行儀良く挨拶されてしまった。
フットワークの軽いブリン、しゅるっ・・と近づく。
「坊っちゃん達、なんか見張ってんの?」
「いや・・去年の暮れあたりから入り込んで来る浮浪者が半端な数じゃなくなって来て、僕らん家も個々に戸締りしてたんじゃ埒あかなくなって、こうして入り口を二才組が交代で番してるんだ。侍町まで是んな状だよぅ」
「番兵とか雇わないのかい」
「僕も親父様にそう頼んだんだけど『武芸習わせた甲斐見せやがれ』と言って尻を蹴られた」
「そいつぁ癪だった」
「要は、金が無いんだよ。先の凶作で年貢の滞納許しちゃったからさ。無理無体にごりごり取り立てたりして農奴に逃散でもされちゃったら、次は当家が夜逃げする番だもの」
絶えず人の手が入っていなければ、耕地は呀ッという間に元の原野に逆戻りだ。そして世界は未開地に満ちている。つまり肝心なのは労働力なのである。
「ふーん、娘とか売らないの?」
「うちの姉上は売れ残りだ」
不躾に割り込んだアリシアの言葉を意に介さないのは、彼が歳に似合わず出来た人物だったというよりはアリ坊が好色馬鹿殿に売られちゃった美少年に見えたからだろう。レッドの名演技ゆえである。いや馬に跨っていただけだが。
「冗談抜きで、新妻の実家にまで援助できる余裕なんて何処ん家にも無いし姉上は熨斗でも付けんと売れる器量じゃないし、領地経営に躓いてる家の御家人株なんて二束三文さ。おまけに主君がアレだしね」
「大公さまボケちゃったんだって?」
「いやいや、この街に大公家の禄を食んでる男爵は四、五軒で、ほとんどが陪臣の騎士らの屋敷町だよ」
「男爵以上の家でもアレが揃い踏みなのかい」
騎士階級が大公の直臣になることは原則無いから、どこかしらの伯爵乃至男爵の家臣ということになる。
因みに、騎士の家臣のそのまた家臣までが封建制上の『士分』になるが、それは理論上のリミットの話。つまり如何にも大身騎士っぽく見える恰好のレッドとその衛士を演じてるブリンあたりまで、世間常識では『お侍』に見えているわけだ。
たぶんヒンツは奉公人の中間とかで、フィン少年とアリ坊は色小姓だ。お手付き済みの・・。
「むかし大きな戦争があってね。従軍できない元服前と兵役不合格の病弱もの以外ほとんど死んじゃったんだってさ。だから親父殿も剣術なんて我流だし、身分的に上の方の人ほど腕もおつむもカスぞろいだって噂」
「なるほど一度そういう評判が立っちまうと、仕官しにくる奴もいないか」
「いるさ。ばか騙くらかして甘い汁吸いたい奴らとか」
「成る程・・言うねぇ、お若いの」
「何年かに一度くらい噂んなるよ。色々と引っ掻き回して最後は横領した金もって逃げるパターン。でも、そういう手合いはロクな死に方しないってさ。こないだの人も狼だか野犬だかに喰われたとか・・もっと悪い何かにだとか・・」
「おっかないわね。最近増えてんのよ、野犬が。こないだも犯罪者捕まえて裏庭に縛っといたら、みんな犬ごはん」
「それ、おっかな過ぎないか?」
いつの間にかアンヌマリーも加わって井戸端会議に発展。
その間、騎馬と驢馬と軽馬車という大所帯の一行、道のどまん中で立ち塞がっている。
「まぁ、いいんじゃないですか? 見渡す限りじゃ人通りも無いし、いちおう情報収集にもなるし」と馭者、こっそりフィリップに耳打ち。
「この街じゃ、野犬被害は出てないの?」
「浮浪者追っ払ってくれるんで、餌やってる家もあるくらいですよ」
「ふぅん・・」とアンヌマリー怪訝な顔。「そう言や犯罪者以外が襲われたって話聞かないわね」
「話は戻るけど、ひと世代すっからかんに為る程の大戦って凄過ぎないか?」
ヒンツまで井戸端参入。
「なんだか魔獣の群れを引きつれた魔人たちが攻めて来て、伯爵以下みんな焼いて食べられちゃったって親父殿が言ってたけど、さすがに嘘ですよね? ・・これ」
「嘘です。焼いて食べてたのは確かに豚肉でした」とフィリップ、レッドに小さな声で囁く。
「それにチョーサー伯爵一家は縛り首になって既う死んでいて、磔で焼かれたのは死体です」
アル卿、ふと思い出して言う。
「あ・・。『南部人の泥縄』の『縄』って、縛る縄じゃなくって吊るす縄だから」
「それ、いま言う?」
続きは明晩UPします。




