44.後見人代行も憂鬱だった
ブラーク城。
レッドら、打合せると言って城主の御前を辞す。
メーザー師とフックス氏は大広間で嶺南の騎士殿と歓談。
騎士殿、歓談という語彙を使うのを躊躇したくなる様な渋面であったが、あれが地顔らしい。機嫌が悪い訳ではない。
「なんてハンサムな騎士様かしら」
レベッカ、まだ顔が赤い。
「君の美観が解らないよ」とレッド、眉を八の字。
「あらぁ? 顔だけだったら結構端正じゃん? あと高身長筋肉質もイイわ。あの黒豹の魔獣みたいな剣呑さと、じじむさい口髭が不好んだけよ」
「アリ坊、お前・・よく観察してんだな」
「レベッカちゃんの『美観』が解らないって、彼女に『イケてるおぢさん』だとか言われて脂下がってたの、何処の誰よ」
レッド、返す言葉が無い。
「俺って、もしかして彼に嫉妬してたのか・・?」
「ハハ、兄さんも素直な野郎だねぇ。相手がアレだもんな。剣気にアテられたのも有るさ。斯く言う俺も結構アテられたぜ」
「ブリンさん平気な顔してツッコミ入れてなかったか?」
「そりゃあ、あちらさんが気ぃ遣って圧を弱めて呉れてんのに、此方が何時までもビビってたら失礼だろ」
こういう肝の座り方、ブリンって格上だなぁと思うレッドであった。
「あの御方さまが、あんな甘い言葉を囁いて下さるなんて」
「『結婚が近いから他所の女の手にキス出来ない』って断られてただけじゃん! 那んな賢いレベッカちゃんが、恋すると是んな『お馬鹿』んなっちゃうなんて・・あたし絶対オトコに惚れないわ」
「妾でいいんです。お側に侍れたら」
「ダメだこりゃ。 早々と修道院に連れてこう」 ・・呆れるレッド。
「あの方、嶺南州で二番目に強いって評判の剣士様で、伯爵家筆頭家老の御曹司。来春には男爵領ふたっつ持ってる富豪の女城主様と御成婚で、将来は副伯に陞爵が確定ってぇ噂の騎士様ですよ。側室でも、ちょー玉の輿ですよ」
アルノルト卿、町人ぽい冒険者口調で言う。お蔭でレッド少しリラックスする。
「あれで二番手なのか。底が知れんな嶺南州」
「うふふ、側室なんて・・愛人でも、一夜ゆきずりの女でもいいわ。あの御方のお情けが頂戴できたら」
「正妻の女城主にぶっ殺される未来しか見えねぇよ。やめとけ」
「そちらのお嬢さんの抱いている好意、クラウス卿にイディオン人への差別感情が無かった事が大きいと思いますよ。でも、南部じゃあソレって普通だから、お熱は直き徐々に醒めて来るんじゃ・・ないかな」
クールに分析するアルノルト卿。
「俺だって、そんな感情ないから、こうして仮親してるんだし・・」
つい対抗するレッド。
「ほら! やっぱり。うしっしし」
「嬢ちゃん笑い声が完全にオヤジだぞ」
「だってブーさん、レッドが妬いてて可笑しいんだもん」
「妬いてなんか無い! 保護者代行として心配してるだけだ」
出家するには親族の同意が要る。育児放棄や扶養義務懈怠の口実にされぬ様にとルールは割と厳しく出来ている。だが、彼女が尼寺に着くまで護衛兼保護者代行を官費で雇ってくれるなどと言うのは、彼女のご両親のあの受難事件が起こったのが偶々教会領で、しかも裁いたのが可成り善意の人だったという幸運ゆえだろう。
不図レッド、慈父めいたお代官の貌を思い出す。
「もしかしたら俺が貰った依頼料、あの人の自腹かも知れんなぁ」
ちゃんと保護者を勤めようと決意を新たにする。
「んなら、昼のうちに出発しようよ。レベッカちゃん大人しい顔して、彼の寝所に忍び込むくらいの行動力は発揮するタマだから」
「ん、もう・・俗世に未練が残らないよう修道院に入る前に思い出を作っとけって言ったの、アリシアちゃんじゃない!」
「否。あれはアト引いて未練が残るタイプだから、やめときなさい。お姉さんには判かる」 アンヌマリーも口を出す。
・・俺程度なら癖にならんし・・とか一瞬湧いた邪念を振り払うレッド。
「お嬢さんがた、すいませんけど・・そろそろ我々、ナシュボスコ潜入の打合せに入りたいんですけど」
「うん、やぶさかでない」
アリシア、なんだか偉そう。
◇ ◇
「我々は、メッツァナの納屋衆夫婦に扮してチョーサー伯爵領の動静を探ろうとの計画でしたが、対メッツァナの調略が順調すぎて、このままじゃあスパイくささが丸出しです。そんな所へ折り良くレッドバート卿の一行が北から参られた。それで然りげ無くご一行に混ぜて頂きたいいのです。その代わり・・」
「メッツァナを通らずにウスターのバッテンベルク伯爵領に抜ける秘密のルートをご教示頂ける訳ですね?」
「左様」
「然しそれでは、秘密ルートがチョーサー側に露見して仕舞いませんか?」
「秘密にしとくのも徐々潮時って判断も有之なんです。隠し砦から様子窺っている段階から『監視るからな』と威圧する姿勢に転ずるタイミング」
「成ぁる程。ブラーク男爵様の後ろ楯として嶺南勢力が公然と乗り込んで来ている今こそ舵のきり時! ・・な訳だ」
「左様です」
心なしか・・アルノルト卿、一介の護衛兵の格好をしたブリンへの態度が違って来ている。
「ヒョードル峠の急峻は軍勢が攻め込めるようなルートじゃないからチョーサー伯側もパニックは起こさんだろうけど、一寸心胆寒からしめてやるには十分ですよ。『虎の子の近衛隊も手放しちゃったとこ、見てましたよ』って耳元で囁いてやるんです」
好青年っぽい卿でも意地悪くさい笑みを浮かべる。嘗て宣戦なしで侵攻し郷土を蹂躙したと云うチョーサー伯への嶺東人の恨みは根深いようだ。彼が北軍の蛮行を覚えている世代には見えないが。
「もしかして磨墨号さんが・・ぼりぼり齧っちゃったのって・・」
いつの間にかレッド、磨墨号に『さん』付けしている。
「ウスターの中央広場に磨墨号さんの銅像を立てる話は、残念ながらクラウス卿が固辞なさいまして」
「そいつぁ残念」
「残念でしょ? スケッチまで出来てたんですよ」
「つい数日前のことだろ? あんたらも南部人に劣らずノリが良いね」
と・・言いつつも、悪乗りや馬鹿騒ぎが大好きな南部人というイメージに先程の騎士殿どうも合わないで当惑気味な様子のブリン。
「こういう色眼鏡が間違いの元なんだけどな」
「なんの話?」
不図漏らした本音をアリシアに聞き咎められて肩を竦める。
◇ ◇
結局、昼前の出立を決める。
男爵に挨拶に行く。
「峠は越したとは思うが、未だまだ緊張した情勢下だ。何事も無難を心掛けてな。君の本番は旅路のもっと先なんだから」
またブラーク男爵に心配されてしまうレッド。
「山門には其れなりに識り合いが居りまするゆえ、拙僧の名前なら使えそうな所で適宜お使い下されませ」
「チョーサー領は早々と通り抜けちまうに越した事ぁ無いぞ。あそこで誰と関わり持っても多分碌な事ないから」
「左様。人を見たら疫病神と思し召せ」
フックス氏とメーザー師、そこまで言う?
クラウス卿ゆらりと現れる。
「ひとつ頼み事が御坐る。嶺東の州都プフスに立ち寄られたなら、冒険者ギルドのマイスターに此の書付を渡して頂けぬだろうか。ギルド長へ直接が最も望ましいが他の職員でも構わぬ。立ち寄らぬであれば確実に破棄くだされ」
レッド謹んでお預かりする。
白絹の端切れを小さく折り畳んで封蝋を施したものだ。
レヴェレンツァするレベッカ、名残惜しそうな眼差し。
皆に惜別の辞を告げると、小男の騎士が厩舎前まで見送って呉れる。
「じゃ、お前さんも健勝でな」と宿無しヒンツを小突いて別れる。
城外まで随いて来て一同を見送ったのは、他ならぬ磨墨号だった。
「あのお馬さん・・アリシアちゃんに気が有ったのと違うかしら」
「あたし生娘だから、最初は人間がいいわ」
続きは明晩UPします。