43.壁に耳有って憂鬱だった
サーノ川中洲の岩山に聳えるブラーク城の広間。
「レッドバート君、きみに是非紹介したいのは、この・・」
「じゃーん! わたしぃッ!」
「・・じゃあ・・ないんだが」
「ドラ小父様ひっどーい! ご推薦あんなにお願いしたのにぃ」
昨夜のぴちぴち娘、アンヌマリーであった。
「此の娘も、儂が刺客どもに襲われたとき手鍋一つで長剣叩き落として一人斃したくらいの手練れだし、見ての通り押しの強い交渉屋としても有能だ。結構役に立つ
・・と、思う。・・多分」
「随分とお親しいんですね」
「儂、事情あってスカンビウムの町を忍びで屡々訪れておってだな、交渉相手との密談場所に定めておった酒場で、馴染みのバイト女給が彼女なのだ。本職は冒険者ギルドの受付嬢でギルマスの娘だ」
ギルドの受付嬢というのは本来がギルマスの女房の仕事だ。というか、女主人に近い。大都会はいざ知らず、常勤職員が家族だけなんてギルドは屡くある。
第一線を退いた冒険者が宿酒場を経営し、懇ろだった冒険者仲間が女房になって帳場を預かる。二人は口入屋の顔を持っていて、酒場の常連である冒険野郎どもに仕事を回す。草創期の冒険者ギルドは、何処もそんな感じだった。
今でも田舎町は昔ながらの態だ。
「あれ? ブロイケラーさんのお嬢さんじゃ?」
「うーん・・母って悪魔みたいな女でね。父と結婚した後もいろんな男らが足繁く出入りしてて、四分六の四分くらいブロイケラーの小父さんの胤かな・・て」
「どひゃー」
レベッカ必死で堪えていたが、喉から声が漏れる。
「あの頃に十里四方で母と寝てないのって、ドラ小父様くらいかなぁ」
「確かに有能な冒険者二人を生涯の仇敵にして仕舞うたのは、悪魔的であった」
男爵、出来る限り無難に話をまとめる。
「まぁ色んな意味で彼女、故郷を出たいのだ。力になってやって呉れまいか」
「なぁ、兄さん・・実は此の話ってば、昨夜ハリー姐さんからも懇々と頼み込まれちまっててなぁ」
「ねぇレッド、彼女も一緒にいこ」
・・なんだ、外濠もう全部埋まってんのか。
「俺一人だけ蚊帳の外かよ」
「だって寝てたし」
「まぁレッドさんの性分じゃ、オッケーするに決まってるし」
フィン少年の声が少し冷たい。
◇ ◇
「で・・本当にレッドバート君に紹介したいのは、このか・・」
黒衣の偉丈夫が入室する。
「・・(うわゎゎっ! 二段重ね魔獣の上段でたー!)」
冗談でなく、アリ坊がなんか失礼なこと考えたのは目で判る。
「ブラーク卿、御来客のところ失礼仕る。実は・・」
「・・たでも無くて・・」
「いや、お話し中に不調法致した。不覚気が急き申してな。お客人殿は先日、北の墓所でお目に掛かったカンタルヴァン家の名代の方でしたな」
「クラウス卿、復たのお目文字、光栄です」
「・・(お前も結構素早いな。油断ならねぇ野郎だ)」とウルフリック卿、脇腹を肘で小突いてくる」
・・今し方、ブラーク卿に『小伯爵と思え』って言われた許りだ。
レッド、最敬礼する。
一行の一同それに倣う。
「復たお会いしたなイディオンの令嬢。身共近々に婚儀を控えてをるゆへ、御手に接吻せぬ非礼を許されよ」
レベッカ真っ赤になる。
野獣のような険難さと奇妙に同居した悠然たる立ち居振舞い、見れば確かに既う中級貴族のものですらない。
「・・(蛮族の王ってこんな感じ?)」
「いやぁ若殿様、実はこちらは仇持ちの蒙塵真っ最中な方々でやんしてね、どうもメッツァナで待ち構えられてるっぽいんでさ。それで、フィリップさんが町に一時帰投する序でに、上手いこと間道を案内さして遣れねぇかと思いやしてね」
気圧されていると察してか、小男の騎士が口を利いて呉れる。
「左右いふ事ならばアル殿、ハンナ殿」
促されて、クラウス卿の巨躯の蔭から、ひょこっと男女が顔を出す。
「あ・・、レッドバート君! 実はきみに紹介したかったのは、彼らなんだ」
漸く本題に入れるブラーク男爵。
「嶺東州はバッテンベルク伯爵御一門衆で冒険者のアルノルト・フォン・バッテンベルク殿とハンナ嬢だ。早い話があちらの『間者』さんなもんで、南への潜り方は一番詳しい」
「・・『間者』って言っちゃって宜しいんで?」と、ブリン虚心坦懐。
「ウスターの町の冒険者ギルドはちょっと特殊でな。御領主殿丸抱えに近い。実はノビボスコでもちょっと見様見真似したんだが、此地は単なる再就職先。あちらは禄を喰んでいる小普請役とかの侍が冒険者の顔も持併せとるという具合で、まるで違う」
「ふーん」
「この際だから、メッツァナの次期ギルマスと呼び声も高いフィリップ氏とも知り合って頂けたらと思ってな」
ブラーク男爵、もう生来の世話役気質と言っていい。
「『黒』のフィリップさんですね。お噂は予々」
「初めまして騎士殿」
「あはは、嶺東じゃ其れほど南部語使いませんよ」
「そう言えば、クラウス卿も北部っぽいお名前ですね」
「うむ、身共が一族には、深く交誼を結びたる友の子と我が子の名前を取り替える奇習が御在ってな、運の悪い者は娘御の名を貰ったり致す」
レッド、強面の嶺南武士に『アンヌマリー』とか名乗られて、不覚笑っちゃって決闘で刺される場面など妄想して、人知れず冷や汗を流す。
「それじゃ若しかして『アリシア』なんてお名前のゴツいお侍さんが居たりとかもするんですか?」
「・・(あっ! ばか・・口に出して言うんじゃない! )」
「うむ、『カーラ』などという武辺者が実際をったりするな。幸いにも其れほどに変ではない」
「いや、結構変だぞ」 ・・・ブリン、言っちゃう。
「左様か?」
「いいとこのお嬢さんっぽい名前だよね」
「ううむ、東方の古語の『黒い』や『強くて恐い』と云う様な類の言葉に音が似てをって気にも留めなんだが」
・・ほんと此の二人、物怖ぢしない連中だな、とレッド更に冷や汗。
「否其れよりも、ご来客中と知りつつ非礼を顧みずに御城主殿の前に推参仕ったるは、アルノルト殿らを早々にナシュボスコへと出立させむと熱り立ったが故へ也。然るに是れは双方が渡りに舟では御座らんか。渡らぬが」
「は?」
「スカンビウムへは、サーノの渡りを舟で参るが、ナシュボスコの町へは陸路而已なのである」
「は?」
レッド、益々理解らない。
「あ、これは私から説明します」
ここでアルノルト卿、割って入る。
「実は、我ら両名はメッツァナの町屋衆を偽装って、チョーサー伯爵の城下ナシュボスコへ潜入する積もり。そしてメッツァナを通らずに最短で嶺東へ抜ける秘密の経路もナシュボスコに有るのです。ですからクラウス卿は、我々と貴殿ら何方にも都合が良いので『双方が渡りに舟』だけど陸路だから『渡らぬ』と、軽ぅく冗談を仰ったのです」
あんまり真顔で言うので、全く冗談と気づかなかった・・
「身共、終始仏頂面で辛気臭いと屡く言われ申す」
気にしているらしい。
いや、冗談の解説より大事なことが有るだろう。
「いやそれアルノルト殿・・軍事機密っぽくありません?」
「勿論、高度な軍事機密です。その昔チョーサー伯爵から宣戦無しの侵攻を受けた事のある我らは、爾来密かに山中に隠し砦を築いて、チョーサー領の動向を見張り続けて来たのです。そして今回、我らのナシュボスコ潜入作戦でも、それが緊急の脱出ルートです」
「それ・・言っちゃって宜しいんですか?」
「エルテス大司教座の庇護下に入られたメッツァナの衆も、ガルデリ伯の後ろ盾を得られたブラーク様も、我らの同盟軍と思って情報共有を致す所存」
「拙僧らも盟友とお認め下さるのか」
「僕らも!」
「もちろんですとも」
メーザー師とフックス氏、身を乗り出す。
しかし嶺東州バッテンベルク伯爵家、対北姿勢ではいちばん過激派っぽい姿勢が『同盟軍』だなんて言葉の端はしに垣間見えてる気がする。先代チョーサー伯爵と二人の息子を捕らえてモツ焼きの刑に処したというのに、恨みは世代を越えて強く残っているらしい。
「で・・俺なんかも、いいんですか?」
「勿論ですとも! 一朝事有らばブラーク男爵の許に馳せ参ずると仰った貴方様の心意気、確と拝聴仕りました」
・・聞かれて・・いた。
続きは明晩UPします。




