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42.好色お殿様役も憂鬱だった

 ノビボスコの町、陽がゆるゆると昇る。


「昨夜は、みんな随分と夜更かしだったんだな」

「昨夜は殿様、可愛がって下さらないんですもの。わたしったら拗ねて、酒宴でみんなと騒いで憂さを晴らしてましたのよ」

「レベッカちゃん、もうお芝居いいから! フィリップさんには本当のことを全部話してあるから」

「なぁんだ詰まんない」

「おいおい・・仮初かりそめにも俺ゃあ親権者代行なんだ。若いお嬢ちゃんを愛人にしてるなんて、たとへお芝居でも心の重荷なんだからな」


 これはレッドが間違っている。この世界では十五から十八が嫁入りの旬で、それ以上は年増扱いである。レベッカ嬢くらいの年齢の妾を連れ回していても、彼女がちょっと童顔な事くらいしかリスクの要素は無い。まぁ、愛人やら色小姓やらと同年輩の少年少女ばかりを三人も連れ歩いていたらば『旗本好色男』とか囁かれるであろうが。


「実はブッフォーネ様たちにも最後は種明かし致しましたの。大受けでしたわ」

「勘弁しとくれよ。だいたいレベッカちゃん、君みたいな清楚な子が、おぢさんの妾のふりとか、厭だろ?」

「うちの父ったら吝嗇守銭奴あるぱごんで愛人なんか囲ったこと無いのに、母を妒忌かそうとして懸命に作り話とかこさえたりしてて、わたし、お妾さんというものに興味あったんです」

「へぇ・・ご両親って仲良かったんだね」

 レッド、あえて突っ込まず話題を回避する。

「まぁ、娘の前でも妻のお尻を触る人でしたが」

 レベッカ、真顔でレッドのその努力を無に帰する。


「ちなみに、うちの母はくっころ女騎士」

「お前、まだ寝てろ」

 レッド、真っ赤な目をして顔を上げたアリ坊、ことアリシア嬢の頭頂をはったとはたく。アリシア嬢、再び沈没して寝息を立て始める。


「はははは、世の中は嫡流庶流に聖業賎業、麻糸のごと乱れ乱れて複雑怪奇で御座りまする。然し乍ら、人の値打ちは門地などでないとレッド様はたれより善く御存知で御座らっしゃりましょう?」

 正論を言うメーザー師、実は実家の爵位回復に鋭意暗躍中でおられる。

「本日は次手ついでなので、拙僧もブラーク城に挨拶に上がろうと存じまする」

 多分一睡もていないであろうに師、泰然如常。


                ◇ ◇

 朝まだき、一同騎馬にて続々ぞろぞろ出掛ける。驢馬の人も居るが。

 メーザー師にフックス氏まで。


「なんでウルフリック卿まで来んの?」

「ただのフックスだって! 皆まで言わすなよ。いま、ブラーク城に嶺南の大侍が来てるって知ってんだろ?」

「ああ」

「身分はヒラ騎士だけど、あちらの城代家老の跡取りらしい」

「つまり魔王軍の大幹部か!」

「なに言いたいのか分からんが、相当発言力ある大物の嶺南騎士がフリーな立場でフラっと来てんだよ。わかんだろ?」


「露骨に調略に来てんのね」

 レッドが憚った台詞、ブリンが易々と口に出す。

「元々お上は大公殿下を島流しの積もりで田舎へ改易して来たんだ。それが、俺ら地侍の領地を次々と食って、れっきとした地方政権に成り上っちまった。ならば、政権解体の糸引いてんの、どちら様かはお察しだろ?」

「そりゃ、まあ・・」

「そんなら、玉葱の皮ぁ剥くみたいに領地剥ぎ取られて来た俺らが、ブラーク城に顔色伺いに行きたい気持ち、理解わかりるだろ? 黙ってダシんなれや」


 国王家と教会主流派長年の確執は巷の子供も口遊む歌の文句。だから反主流派で最強の南岳教団が王家とぁなのも世間の常識だ。

 だからレッド、雇い主のアグリッパ大司教座の某お偉い様からは『懇々くれぐれも南岳の僧兵とは揉めるな』と言われている。彼ら中道派は『妥協こそが神の真意みこころ』とかも言い出し兼ねない事無かれ主義者に見えるが、実はいちばんの苦労人たちなのかも知れない。何せ南岳の大司教座下は両手に宝笏ならぬ双剣をお持ちらしい。

「僧兵団持ってんじゃない方の手が伸びて来てる訳ね」


                ◇ ◇

「レッド、出たよ怪獣」

 早朝の芳しい森の空気の中、見たことのある黒い魔獣がいた。


「おはよう磨墨号さん。朝のお散歩かい?」

「ブッフォーネさん、お馬さんに敬語?」

「だってあっしより強いもん。そういうレベッカ嬢ちゃんだって『さん』付けしてるっしょ?」

 昨夜、ずいぶん仲良くなったようだ。

「チョーサー伯爵んとこの一個小隊蹴り殺したんだって?」とブリン、肩を竦めて見せる。

「いや、頭からぼりぼり齧ったのも有ったっすよ」

「・・(『の』って遺体かよ!)」

 やっぱり魔獣らしい。


「あ、こっち来た!」

 アリ坊、物怖ぢしない奴である。

「心なしか・・お馬さん、アリシアちゃんに愛想いい様な気がしません?」

 レベッカ、変な目つきで見る。

「いや左様そういうことも有るらしいっすよ。うちのお嬢なんか、馬に『一発やらして呉れたら生涯忠誠を誓う』って申し込まれたそうっす」

「なぁ旦那・・馬は喋らんだろ」

 実に表情豊かに満面で訝しむブリン。

「なんでも、馬の言ってる事が判かるっていう馬丁が通訳しなすったんだと」

「怪しいなぁ、その馬丁」


「俺は昔、騎士団の上司に『騎士りったたる者、馬の気持ちが理解わからんでは不可いかん!』って叱られたけどな」

「馬の劣情なんて知りたかねぇよ」

 ごもっとも、と頷くレッド。

「んで、結局どうしたの旦那の御主君」

「お嬢ったら『生娘だから、最初が馬っていうのは勘弁して』って断ってたっす」

「あんまりきっぱり断ってなくねぇ?」

「そういう、気を持たすよな物言いするひとなんすよ、お嬢って」


「こりゃ兄さん、会わなくて正解だわ」


 ブラーク城が見えて来る。


                ◇ ◇

 川の中洲の岩山に、無骨な城が建っている。砦に毛の生えた規模ではあるが。

 対岸までは霞むほどの隔たりだが、此岸こちらからは木造の大橋で直ぐだ。

 先を行く磨墨号、時折振り返ってレッド達一行を案内して居るかのよう。

 門番の城兵が『お帰りなさい』とか挨拶している。

 レッド達、フリーパスで橋を渡る。


「ちっちっち。レッドさん。何をお考えか、当てて進ぜやすぜ。あっしらも門番衆たぁ顔馴染みでやんす。磨墨号さんが連れて来たから誰何スイカ無しなんたぁ違いまっせ」

「でも旦那、城に近づく正体不明の武装集団単騎でぱっかぱか斃して来たおんまだ。番兵さんもああいう態度になるんと違いますかね」

 ブリンに切り返されて・・

「違ぇ無ぇや」


                ◇ ◇

 丁重に奥へと通される。

 懐かしい顔が現れる。

「レッドバート君! きみか! 磨墨号さんがお客様をお連れになったと聞いたから誰かと思えば!」

 男爵も敬語の磨墨号。

「所領の回復を果たせたのかい!」


「いや恥ずかし乍ら田舎冒険者のママでして。此のなりは、某家のお嬢さんを南部へと落ち延びさせる為の扮装なのです」

左様そうか今も冒険中か。何時いつでもと肌脱ぐから、困った事が有ったならわしに相談するが良い」

 ド・ブラーク男爵、相変わらず面倒見の良い男である。

「男爵様も、嶺南のお大名の御支援を得て、将に雌伏の時を終えんとなさると仄聞致しました」

「ああ、臥薪嘗胆の年月が久しかったなぁ。見れば、メーザとネアンデル三村の男爵ばろね跡取り殿に、フクスロック家の坊・・懐かしい顔ぶれが集まったものだ。皆なよう生き残られた」


「俺も一朝いっちょう事あらば必ず馳せ参じます」

 つい言っちゃうレッドの性格。

否々いやいや、こと無い方が良い。有らば困弊するは蒼生たみであるし、大公家側にも我らを庇って下すった方も居られる。此処は嶺南侯をたのみつつも事荒立てず、じわじわと失地回復を図るのが宜しかろう」

 レッド、こういう人だから苦難の時代を生き抜けたんだなぁと感慨しきり。


「嶺南『侯』って、彼方あちら様は伯爵家では?」

「いや、外様大名ゆえ名目的に一段低い爵位なれど、陛下より『御旗ファーン』を賜ったる諸侯プリンツだ。軍事力財力ともに全盛期の大公家を凌ぐ」

「・・(それが『魔王』さんですか)・・」


「なぁレッドバート君、南部へ赴くなら心得ておいた方が良い。あちらでは爵位は一段づつ上に考えよ。例えば、当家に御逗留中の男爵家御令息は小伯爵・・だとか左様そういう具合だ」

 ・・ウルフリック卿も怡々いそいそと馳せ参じるわけだ。


 因みに五等爵で伯爵と男爵の間に子爵があるから二段でないかとお思いの諸兄。この時代、まだ伯爵の次席には副伯ヴィスコンテ城伯ブルクグラフが特任の爵位、というより職位として存在してはいるが、子爵という一つのクラスとしては世間に余り周知されていないのである。

 そもそも爵というのは杯の序列であって宮廷の儀式では席順の差になるが、法的身分とは違うのだ。法的つまり封建身分は諸侯プリンツ自由領主フライヘル騎士リッタの区分だから領主階級に返り咲きたい地侍衆は今が踏ん張りどころである。

 伯爵グラフというのは勅任判事として地方に赴任した宮廷書記官グラフが土着領主化して、旧帝国属州総督の幕僚コミテスだった郡太守に同一化したものだから、領主でありながら王の司法権を代理する判事の伯爵グラフと地方行政官としての伯爵コンテという、二つの顔を持っている。

 そして同じ爵位でも諸侯プリンツ階級の伯爵グラフ自由領主フライヘル階級の伯爵グラフが有るのだ。

 ややこしい。

 要するにグラフの称号を持つお方は、みな国王から直々に委任された司法権をお持ちなのだ。管区が州全域なのか、城市内なのか広狭の差はあるが。そして領主階級の伯爵は裁判長として騎士階級の被告には死刑判決を下せるが、同じ領主階級の者は裁けない。つまり、被告に裁判官忌避の権利が発生するのだ。還俗したメーザ師が男爵位を相続できるか騎士止まりか、その差のキモは此処である。


 領主階級である男爵ばろねが腕力勝負で領地を奪われて街で借家暮らし・・なんて別に珍しくもないが、それでも男爵と名乗るのは恥づかしい。

 かといって他の領主に臣従して領地を下賜されれば「自由領主フライヘルに臣従してるから騎士リッタである」と、身分が確定してしまう。けれど、諸侯プリンツに臣従するならば自由領主フライヘル階級から落ちない。つまりメーザ師もウルフリックのやつも、ボスコ大公に押領された旧領をガルデリ伯が未解決だった戦時賠償と言って分取ブンドって彼らに下賜くれたなら晴れて男爵ばろねと名乗れる訳である。


「そうだな、そんな君に紹介しておきたい人が居る」


 ・・ああ、男爵様はそういう御方なんだ。恩人に挨拶に来たら、また新規に恩を受けちゃいそうだ。

 レッド、感無量。


 「・・(誰だろう?)』



続きは明日UPします。

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