41.僧侶も憂鬱だった
ノビボスコの町、宿酒場『かわます』亭。もう深夜だが未だまだ宴酣。
「え? 御主君お留守なの?」
「いや多分」
明朝挨拶に行こうと思っていた相手、居ないらしい。
小男の騎士言うに・・
「お嬢・・いやさ、御主君のお伴して来たら、少時と独りで寄りたい所が有るって仰ってフラリ消えちゃってさ、置いてかれちまったんすょ。待ってたけど帰って来ねぇ。こういう時って、数日帰って来ない感じかなぁ」
「左様」
無口な方の騎士も諾う。
護衛騎士たち、それでいいのか?
「まぁ・・そちらの御主君殿、趣味は十五、六止まり見てぇだから私らのお嬢にゃ食指動かねぇと思うんで一応安心だけど・・会わんに越した事ぁ無ぇ」
「はぁ」
可哀想なレッド、居ないところで色魔認定されている。
「しっかし・・俺らが会いに行くはずの其方さんの御主君様がお留守って、一寸と困ったなぁ」
ブリン、無精髭の生えてきた顎をじゃりりと撫でる。
「いんや大丈夫。私らの御主君が留守でも、ブラーク城まで行けば御一門の方が御在っすから、代わりに那方に仁義切っときゃ万事それで丸く収まりゃすぜ」
「ご本人じゃねぇと拙くね?」
「そんな尻の穴ちっさいお嬢じゃねぇって。お尻は小さいけど」
「小さいの?」とアリ坊。
「応よ! お胸のほうも控え目で・・って、これ私が言ったって内緒にな。そんで御歳十有八なれど、坊の御主君の守備範囲な惧れも有るかなぁ。桑原桑原」
家来衆同士の雑談で気が楽なのか、ブリンという男の持つ雰囲気がリラックスを誘うのか、小男の騎士よく喋る。
「いや、レッド・・様は絶対男の子の方が好きだから・・」
アリシア既う決め付けている。
「うーん、うちのお嬢も『しゅっ』とした体型でね。あれで男の子の格好とか結構似合うんでやんすよ、これが」
「むー・・それはちょっと危ないかも」
「で・・やんしょ?」
「そんなこと有りませんわ! わたしが連日存分にご寵愛を賜っておりますもの。今夜はご主人様が早くお眠みになり、久々の骨休め日ですのよ」
レベッカ乗り乗りの演戯。
ブリン、必死に笑いを堪える。フックス氏、もっと必死に堪えている。
ブリン内心思へらく
「・・(レッドの兄さん、好色変態馬鹿殿様が凄まじく当たり役じゃねぇの)」
本人、特に演じていた様子は無いのだが。
フィン少年、仏頂面で横を向いている。
◇ ◇
蛇行すること倭遅のモーザ河を見下ろすランベール城。
「真っ暗じゃ。何も見えんのう」
『ランベール家家譜』を具さに調べて居たグァルディアーノ老師、気分転換に城のテラスへと出て呟く。
「まぁ、財宝の隠し場所なんぞ軽々に書き残したりはせんじゃろが、糸口くらいは有るかと期待しとった。やっぱり歴代当主の重々口伝とか・・かのう」
「当主も何処に埋めたか忘れちゃってたりして」とマリュス青年。
「そんな栗鼠じゃあ有るまいし」
老師、一笑に付す。
「でも、自由になる大金が目の前に有るんならば、ボーフォルス男爵家との決戦の為に傭兵とか掻き集めるでしょう。でも、ランベール男爵は現有戦力だけで戦って惨敗しちゃった。そう簡単には取り出せない隠し場所だったんですよ」
「それで宝が有ると言えるのかね? 食えない飯が有るのは、便ち飯が無いって事じゃろ?」
「存在論的な話してる場合と違いますって」
「うん、そうじゃった」
老師、溜め息。
「のう・・ひとつ引っ掛かる箇所が有るんじゃが・・。この初代ランベール男爵とガイゼリックの息子が言い争う条り、なんか妙に生々しくないか?」
「いや『見て来たような何とやら』ですね。この時代って未だ『男爵』って称号は無かった筈でしょ?」
「じゃがな・・他の箇所の持って回って気取った文章と、明らかに筆者が違うとは思わんか? 昔流儀な話し言葉の特徴も出とる」
「う〜ん・・そうかなぁ」
「あれ?」とマリュス青年訝しむ顔。
「老師、確かガイゼリックって・・初代ランベール男爵に『俺がお前の父だ』って言って親権要求したんですよね?」
「うんにゃ、年端も行かん頃だ。要求した相手はその母親じゃわ。彼女が子連れで寡婦になっとったもんで今一度モノにして、赤子の後見人になって実権を握ろうとしたと記されておる」
「結構鬼畜ですね」
「じゃが・・ここの条は男爵の成人後の話。言い争っている相手はガイゼリックの息子じゃ」
「むーん」
「如何した?」
「なんか変じゃ・・ありません?」
「変?」
「この段で初代ランベール男爵がガイゼリックの息子相手に盛んに連発している『スプリウス』という言葉・・『バスタルダ』の意味ですよねえ」
「そりゃ『バスタルダ』って罵ってんじゃろ」
「でも、こことかに・・『スプリウスだから相続権が無い』って・・」
「そりゃ妙じゃな。ガイゼリックの没年は不明なれどもランベール家の者が相続に口出しするのは筋違い・・でも、ないか。後見人の座を狙って『お前の実父だ』と主張したことが裏目に出たか」
「逆手に取って『ならば自分が長兄だから、ボーフォルスの家督を寄越せ!』って逆襲した訳ですかね」
「認知されておるのと同じじゃからな」
「教会が婚姻を祝別していないと子の相続権が認められない、とかまで貴族社会に介入してなかった大らかな時代ですね」
「まぁ今だって、血筋が絶えちゃうとかの時は、便宜図ってとるがな」
「坊主まる儲け」
「わしに言うなって」
「結局、初代ランベール男爵が母親の夫じゃなくてガイゼリックの胤だという話の真偽は?」
「藪の中じゃな」
「『ランベール家家譜』は否定してますよね」
「そりゃ、ランベール家側の史料じゃもん。否定するさ」
「でも、落城の折に一発やられたのは認めてます」
「そう訴え出て処罰を要求しとるからなぁ」
「公的記録に残っちゃった訳ですね」
「ガイゼリックも強かな奴じゃわ。それを逆手に取って寡婦となった彼女に求婚し彼女の息子を実子として認知して親権も要求しよった。彼女は彼女で亡夫との間の子と言って譲らず、求婚も拒んだ・・と」
「成人した初代ランベールが、それをまたまた逆手に取ってガイゼリックの所領を相続させろって訴え出たって事ですね」
「なんだか逆手の取り合いで武術の組手稽古みたいだのう。じゃが是れで、初代はガイゼリックの息子という話を否定できんく成っちまったわい」
「どうなんでしょ、実際のところは?」
「本当だったら、異母兄弟抗争泥沼の歴史じゃな」
◇ ◇
ふたたびノビボスコの『かわます』亭。
「すっごーい!」
「へっへへ。分かんないでやんしょ?」
小男の騎士が、アリシア・ランベール令嬢ことアリ坊に奇術を披露している。
ブリンが泥水啜りつつ落武者狩りから逃げ切った後、浮浪者から自由市民にまで返り咲いた苦労話を面白おかしく開陳したらば、暫て過去の貧乏自慢大会のような盛り上がりになって仕舞った。
貴族子弟から馬泥棒死刑囚のヒンツも、アリシアの現役落武者ならぬ落ち令嬢も実話であるが、小男騎士の旅芸人だった過去は少々嘘がある。
騎士階級から零落して、中世社会の最低階層である遊芸人をやっていたのは是れ事実だが、その実は巷間で人々に芸を披露しつつ欺瞞情報を流布して人を陥れる工作員であった。
もっと悪い。
然し今は、もと芸人として実演中である。
もとプロ情報員、素人の偽妾に騙されるの図。レベッカ涼しい顔。
この『道化師』という男、冷酷非情なA級暗殺者である筈なのに、其の経歴ゆえ底辺まで落ちぶれた者に少々甘い所が有るのかもしれぬ。
「辻の露天で、是んな芸を屡く演ってましたわ。お蔭で悉り町人言葉が染み付いて了えやした」
僧侶程では無けれども、侍言葉には旧帝国語由来の単語が多い。彼の話す言葉は口調が町人ふうで語彙が侍ふう。少々アンバランスである。
「旦那らも明日はブラーク城に行くんかいね?」
「どうせだ。明日は私ら同道致しやんしょ」
と、言いながら日付が変わっても飲んでる一同であった。




