3.聞けば聞くほど憂鬱だった
州都アグリッパの町。
冒険者ギルドのマイスター執務室に『先輩』氏の気の抜けた声が漂う。
「魔王って何ですかそりゃ。俺たち討伐とか無理ですよ」
「いや、飽くまでも依頼は噂の確認調査だ。危険な事はせんで可い」
「依頼主さんは教会筋?」
「ご明察だ。とはいえ、此の町の大司教座は穏健派だ。強硬な対決姿勢は一貫して避けたがる平和第一路線の人々だから、安心していい」
「もしや今日、先方様から急なお呼び出しで依頼主の来訪が一日延びたというのは何かそちらで状況に変化があった?」
「ああ。大魔女も二十年ぶりに復活したという新情報が入ったのだ」
「うああ」
呻いて絶句する『先輩』氏。
「それでも妥協ありきの姿勢は変わらないんですか?」
「此方から率先して武力行使はせんという基本方針は堅持だそうだ。まぁ、続きは夕食でも摂りながら話そう」
「チキンが好きです」
◇ ◇
応接室でギルマスと三人の夕食。料理自体は下の食堂で出る物と粗々変わらない品目だが、器は高級だ。
フィン少年が少々落ちつかぬ様子。
「あの娘さん、ちゃんと食事は出来てるかなぁ」
「気になるか? ウルスラが応対してるから大丈夫だろ」
「ウルスラさんって、さっきの受付フロア長みたいな人?」
「おお、そうだ! 彼女も手が空いていたら呼ぼう」と、手を拍つギルマス。
「いや、お忙しいと思いますよ。仇に追われて南部に落ち延びる没落貴族の少女をケアしてます」と先輩精一杯回避行動を取るが・・
「じゃあ、その少女も夕食に招こう。私も力になれる事があるかも知れない」
「げ・・」
・・仲々逃げられない。
結局、五人で夕食になってしまった。
◇ ◇
「アリシアと申します。家名はご容赦下さい」
「大変だったね。不倶戴天決闘と言ったら、放火に誘拐何でも有りで一門vs一門の総力戦だろう? 実際に戦争と大して変わらんと聞く。普通ならば完全決着になる前に手打ちに漕ぎ着けるもんだが」
ギルマスが結構また同情的だ。
「それが決戦惨敗で一気に決着してしまいました」
「それじゃ一門の女子供は・・」
「一斉に四散逃亡した皆の人の波に紛れ込んで、私も領地を脱出できたのです」
「それで追っ手らも四方に散ったから、嬢ちゃんを探し当てて強盗の真似事をした連中は人手不足でああも弱卒ばっかりだった訳か」
『先輩』氏納得。
「一門で、捕まった人は如何なる?」とギルマスも眉根に皺寄せて聞く。
「皆様も先刻ご存知のとおり、同じ神を信じる者を奴隷にする事を、神はお許しになりません。遠からず追放刑の申請が為されるでしょう」
「最早や決闘の結果が出ている段階となると、事務手続きに掛かる時間だけの問題という事か」
何でも腕力で決着つける往古の蛮習を排しようと、法廷に於て口頭弁論で争って裁判員が評決する制度が普及した。それでも決着つかぬとき判事が決闘での決着を勧告するものだ。しかし本件は、先に決闘が終わっている。故に事後報告を受けた所轄法廷は、決闘手続に違法性が無かったか等だけの形式要件の追跡調査を済ませ次第、勝者側の申告どおりに確定判決を下すだろう。
そう。まさに、時間の問題。
「流石に南部人でもあるまいし、ぱっぱか殺そうとはせんだろうな」
「え! ギルマスさんっ! 南部人ってのは・・そんな怖い人々なんですか?」と驚くフィン少年。
「あっちじゃ、敵は殺せるとき確実に殺せってのが常識らしいぞ」
「ひええ」
恐ける少年。
まぁ実は是の世界全般でも、懲役や強制労働のような受刑者管理に手間のかかる刑罰は少なく、即刻死刑が主流である。
そのぶん審理は厳格だが。
「逃走中に聞いた風の噂では、無料の娼館みたいな施設で奉仕活動したなら追放を免除になるとか」
少女、言いつつ俯く。
「それも酷い話だが、そっち方面で需要のない者はみな追放確定かよ」
貴族や準貴族といった支配階級であった者が流民に落ちれば、腕力やスキルで再浮上の出来る才覚のない者には野垂れ死にの運命が待っているだけだ。
いや色気でもいいが。
実際に、国王主催の武芸大会に飛び入り参加して優勝を掻っ攫い貴族に復帰した豪の者とか、一旦は酒場女に身を堕としてから王族の愛妾へと成り上がって最後は国政を左右した魔性の女とか、そんな人々は実在する。
然しまぁ、追放というのは人権剥奪を伴うので、大概の場合には結果的に死刑と然して変わらない。
「先輩ったらもう・・溜め息ついてても事態は好転しませんよ。一日も早く教会に救済を願い出ないと。せめて農奴落ちくらいで勘弁して貰って・・」
「それだって土地が無きゃ!」
農奴というのは『奴』の字が付いているから奴隷だと間違う人も多いが、貴族が所有する土地にセットで付属している労働人口だ。決まった土地を耕して決まった税を支払い借家で家族と暮らす人々だから、定職なし住所不定の自由人よりも遥と良い。寧ろどこかの異世界の社畜階級に似ている。
「この問題は色々と検討致しましたが、結論は消去法で南岳派の修道会を頼るのが宜しいかと。教義から考えまして彼方様ならば、平民身分で無産者の難民としての受容も期待できるのではないでしょうか」
受付チーフのウルスラが冷静に発言する。
「ただ問題は、南部へと手引きしてやれる案内人兼護衛の冒険者が、未だ見繕えて居ません」
「丁度いい。レッド君たちに南部へ行って貰う予定だ」
「え! 僕たちの行く先って、南部なんですか?」
たった今さっき怖い人々の地と聞かされたフィン少年が狼狽する。
「いや俺たち、土地勘ないですよ」
「いやいやレッド君、その点なんだが、教会様の方で先々で力になって呉れそうな方々のリストを用意すると言う話だ。その人々を頼って現地現地で情報収集をして欲しいという事なんでな。アリシア嬢の逃走と南岳教会への駆け込みにも、きっと力になれる筈だ」
「けど、それって教会筋の依頼にそんな別口の仕事を掛け持ちしたならば、別口の追っ手が来ちゃうリスクを重ねて負う結果を招きます。先口の依頼主に対して少々マズくないですか?」
「いやいや、君らが調査活動をするに当たっての、絶好のカモフラージュになると思うぞ。君らが相手にするのは、財産目当ての男爵なんてのとは比べ物にならない脅威だからな」
身も蓋もないことを平然と放言しちゃって、もう完全に押し付けに掛かっているギルマス。抵抗は虚しそうだ。
「アリシア嬢を狙う仇敵の男爵は、決闘勝利者の権利という域を越えて非人道的な様に見えるな。一方からの言い分しか聞いておらないから断定的なことは言うべきでないが、敗者一門の女性たちを娼館のような施設で働かせるというのが事実なら此れは人として見過ごしてはなるまい」
「いやそりゃ正論ですけど」
流民に堕とされた良家の子女が苦界に沈んで春を鬻ぐなんて良くある話であって追放されないだけマシではないのか。その男爵殿些かやる事露骨な丈で、それ程に非道だろうかとも思う『先輩』氏。
「レッド君は追放される人の気持ちを理解できるだろう」
「ギルマス。それは言わない約束」
◇ ◇
アグリッパの町の探索者ギルド。
「確かに、追跡のプロをお求めなら当ギルドをお選びになったのは正解ですな」
受付を務めているのは初老の渋い紳士。
夕刻の繁忙時間帯。どうやら管理職の男性が忙殺された受付嬢たちの手助けにと窓口へ立った模様である。
「ただ残念なことには、猟犬の如く標的を追い詰めて虎のように確実に倒す最高のプロが数年前には在籍して居ったのですが・・暗殺者は大変に稀な職種でしてな。今ですと追跡のプロと傭兵のコンビをお勧めせざるを得ません」
「以前だったら一人で済んだ訳か」
「しかも訊問の神童と言われた人物でした」
「返す返すも惜しいことだ。訊問のプロも雇うと?」
「可成りお高くなります。しかもいま当ギルドに所属する訊問のプロは、どれも元警官でして、非合法気味な仕事を忌避致します。少々方向を変えまして拷問のプロを使う手も有りますが」
「否、飽くまでも合法だ。近いうち確定判決も取れる。だが、取り敢えず追跡者と戦闘員の2プラトゥーンを紹介して貰おうかな」
「して、標的は?」
「アリシア・ランベール元男爵令嬢という人物だ。二百デュカス前払い出来る」
「明日の昼前に再訪下さい。ベストのチームをご紹介できると思います」
「期待している」
男、席を立つ。