38.娘達も憂鬱だった
ノビボスコの町の宿酒場『かわます』亭、今夜は大入りで繁盛。
入口の戸が勢いよく開き、若い女が二人這入って来る。
正確に言うと、若くてぴちぴちしたの一名と辛うじて若い女一名である。
「ああ! 飲んだくれのくそ親父、到頭見付けた!」
若い方、禁断の魔法で若返った中年女では没いらしい。まぁ、此の世界に『鬼も十八、番茶も出鼻』に似たような成句が有るか如何かは知らねども、そのくらいの年恰好だからアリシアやレベッカより少々上。適齢期の真っ盛りか後の祭か、大体そんな感じの男好きのする見た目である。
「駄目だこりゃ。半分潰れてるわね」
「色々と早い男だねぇ」と、年嵩の方。
「ハリー姐さん、知ってんの?」
「マリーさんに聞いたのよ。このギルマス、あんたの母さん一条のばかだもん」
「ばかだよね。あんな女をさ」
「マリー・・」
「触んな爺」
娘、威儀を正す。
「すみませんでした皆さん、回収して行きますので」
女二人、痩躯でそう重くはないウルリッヒ・ブロイケラーを引き摺って行く。
「彼女が他所の男と妊えた娘だって言ってたけれど・・なんだか何処となく本当の父娘っぽくないか?」とフックス氏。
「少なくとも娘の方は・・七割くらいは、彼が実の父さんかも・・って思ってそな雰囲気ね。なんだか優しかったもん」
アリシア、珍しく神妙な顔して言う。
「優しかった?」
今ひとつピンと来ていないレッド、無難に「ギルマスてば、軽くなってたな」と話題を逸らす。
むろん目方の話である。
「(・・そう言えば、こいつの口から父親の話って聞いたこと無いな)」
レッド、なんとなくアリシアの横顔を見つめる。
◇ ◇
「んで結局さ、魔女の話ってさ・・魔女を倒したはいいけど死後の呪いで討伐隊も全滅しちゃったんだよね?」
フックス氏、まだ怪談に拘っていた。
「レッドは冒険者として、そっちの調査も請け負ってたわけだ」
・・そうだった! 否、忘れてた訳ではないが後から後から生臭い話が降っては湧き、降っては湧いて・・だがアリ坊を南岳教会に連れて行きつつ情報収集するという基本方針にブレは無いのだ。いや断じて!
「それでメーザー師、早急に南岳へと向って山門の戸を叩きたいと存ずるのですが面倒がひとつ御在まして・・このアリ坊が実は厄介な仇持ちでして敵さん十中八九メッツァナの町で手薬煉挽いてお待ちなんですよ」
「それは難儀でござりまするな」
「そこで某事情通のお知恵を拝借したるところ、メーザー師の伝手にてメッツァナ屈指の冒険者のお力を借りるのが吉と・・」
「ほほう・・ 拙僧ごときの交友関係までご存知とは、尋常ならざる事情通の方で御在りまする。何と無う、何方か見当も付き申すし他ならぬレッドバート殿の事。お待ちの『敵』さまの素性などお聞かせ下さりますかな?」
「アグリッパ探索者ギルドの一流追跡者と、一騎当千万人敵な御武家様の二人組。雇い主は、あわよくば是の子一統の血脈を絶やしいたいと望む某男爵殿。追ッ手の二人はゆめゆめ子供を手に掛ける様な御仁ではないが、捕って送り返されたならば碌な事はありますまい」
「ふむ・・相手がアグリッパの一流どころと言われると、貴殿も思わず血が騒いで仕舞いませぬかなフィリップ殿」
見れば、突伏して寝込んでしまったガーバー氏の横にいる冒険者ふうの男、目が輝いている。
「事情通ってのは・・あの人かな」
◇ ◇
ガーバー氏、安らかそうな顔で眠っている。
「『安らかそうに眠ってるな』と思ったでしょう?」と、フィリップ氏。貴方って悟っちゃう魔物ですか?
「このひと、お嬢さんの婿と上手く行ってなくてね」
わりと面倒に踏み込んじゃう人のようだ。
妙な親近感を覚えるレッド。
「あ、申し遅れました。メッツァナの冒険者でフィリップ・ルノワと申します」
「如何も。レッドバート・ド・ブリースと申す、名前だけ偉いっぽいけど田舎町の冴えない冒険者です。南部に赴く調査仕事の旅なのですが、途中々々のあちこちで地元のお偉いさんからのお声がけで掛け持ち仕事が断れなくって、元請さんからもカモフラん成るから掛け持ち大いに結構であるとか言われちゃって、んでも次々と増え過ぎて潰れそうなんです。申し訳ない。助けてください」
「端的に言えば、メッツァナで多分もう敷かれているだろう検問を潜り抜けたいと左様いう話ですね?」
「さっくり言えば左様です」
「私も今丁度、メッツァナに一度帰投したい都合が有るんですが、目下の雇い主に此の掛け持ち仕事を請けて宜しいかのお伺いを立てたい。就いては、ブラーク城に寄って宜しいですか?」
ブラーク城経由って・・津りに船過ぎる。
「実は私も此処迄来たなら、ブラークの男爵様に挨拶せぬような不義理は致したく無い者でして」
「それは、話が早い。今夜は夜も更けました。明朝は早々に発って、お城に向かい嶺東州入りの算段でも立てましょう」
◇ ◇
引き続き宿酒場『かわます』亭。
レッドと、寝入ったガーバー氏を担いだフィリップが上の宿泊階に去る。
「あれぇ・・。明日に障るから最早寝ようって思うのが二人っ切りって、まっこと真面目な面々だぜぇ」
「ブーさんもね」とアリシア。
久々の無代酒に有り付いた宿無しヒンツに至っては、立居振舞いこそは殊勝だが梃子でも動く気配が無い。
「善哉善哉・・今日は色々と有りましたからなぁ」と、彼の盃に注ぐメーザー師は南部系の血も引いているとのこと。酒豪の模様だ。
カーラン卿が相当気合を入れて見繕ったらしいオリエンタル・フランキッシュな黒衣のレベッカ嬢が、ほんのりと頬染めている姿には幼歯に似合わぬ色香が漂う。保護者代理のレッド先に寝てしまって可いのか?
「喪服の美少女って唆るわぁ」
アリシア思わず親父くさい台詞。
「ねぇ、修道院に入っちゃう前にやること済ませちゃわない? レッドの奴ってば絶対その気になるわよ」
我がことを差し措いて剣呑な事を言い始める。
攻勢に困惑したのかレベッカ、遁走の為に已む無く切り札を使う。
「左右言えばアリシアさん、先刻のお姉さんの実父さまの話題では、何か思う処が有りましたの?」
「う・・うん・・実は、私の母って『くっころ慣れした元女騎士』って話・・前にしたよね」
「どひゃー」
レベッカ思わず、容姿に似合わぬ俗語の間投詞など漏らす。使った切り札に就て激しく後悔する。
「あ・・別に気にしなくって良いよ。うちの田舎って屡く有るの。だから、正妻の産んだ子よりも確実に血の繋がってる妹の子に家督を譲ったりとか全然珍らしくも無いんだから」
「じゃ・・アリシアさんは・・」
「母が家付き娘だから相続権は当確。それで狙われてんのよ。父親が誰だろうとも当家の田舎じゃ家督継承権の順位は兄の子と同格か、寧ろ・・それ以上なわけよ。兄が独身で死んじゃったから、私が唯一正真正銘ランベール家の正統なの」
「・・(あら? 姉妹がいるって言ってなかったっかしら?)」
レベッカ嬢さすがに口には出さない。
然しまた凄い話をしている。同母兄妹は、黙っていれば婚外子にならないのだ。相続法の裏側である。
「それは・・狙われますよね」
フィン少年溜め息混じり。
「まぁ殺さないまでも、身分の低い男を当てがって相続権ムリめな子供ポッコポコ産ませとこうと企むと思うのね。そんな訳で、いっそ先に修道院行っちゃおうって計画してるわけ」
軽い口調で冗談めかしているが、落城の際に勝利者ボーフォルス男爵が足軽共を嗾けた結果の目撃者である。言葉の重みは十五、六の小娘のそれでない。
「アリ坊が出家したって記録が山門に残りゃあ、子孫と名乗る者が偽物って動かぬ証拠になる。たとえ本物でもな。だぁから、ボーフォルス男爵家との交渉カードに使えるって訳よ」
「つまり我が古巣が、お嬢さんの幸せを保証出来るのですな。これは拙僧も御協力致さずに如何して居られましょうぞ」
「何卒宜しく申し上げる」とブリン、侍言葉で言う。
◇ ◇
其処へ復た戸口に来客。
「ああ、やっとギルマス寝かしつけたぁ」
先刻の年嵩の方である。




