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286.燃えて憂鬱だった

 オックルウィック村、旧村長宅離れ。救貧院開設予定地。

 もと領主のクズ男爵一族郎党『突然行方不明』のあと、旧領主館近傍のこの村の民が起こした二つの『事件』。

 その所為で、村の地主階級フレクハフティンが殆ど絶滅した。

 ナマンダ・ブー。


 男たちはほぼ死に絶え、残された女子供は生存のために『東方植民』の旅に出て村から消えた。

 事態収拾のため、君命で隣りの領主にオキュパイドな今日この頃。

 隣りの領主の次女ヒルダお嬢と、つい先日の身分確認訴訟に勝利して騎士階級に返り咲いたガリーナ・ゴドウィンソンが村再生のキーマンである。


 女が『マン』でおかしいとお思いの諸兄、女も当然『マン』なのだ。

 なぜなら女性全般を指す "Woman" という言葉、これ古くは "Wifman" つまり 『妻な人間マン』だったのである。更に少数説では "Wif" に女性器の原義があるとして『あれの有る人間』と解する向きもある。所謂『成りなりて成り足らざる所』ある人のことである。

 だが、それならば『成りなりて成り余りたる所』ある人が只の"Mann"であるのは可訝しい気もする。


                ◇ ◇

 旧村長宅の竈場では働く女四人の周りで警戒に当たる『少年団』、既にガリーナ直属の子分たちだ。物陰から覗いている欠食姑軍団を牽制している。

「困った連中ね」

 圧倒的な腕力を持つガリーナの姿を見ると姑ら流石に萎縮するのか、こそこそと姿を消す。


「昨日からずっと食べ物泥棒失敗してますから、相当困ってるとは思いますが」と『村八分』の嫁。

「自業自得よ。それよりご亭主に会いたいんだけど」

「じき畑から戻る頃ですが、何か?」


「ご亭主には評定衆らーてんになってもらう話はしたけど、今度は裁判員うるたいらも委嘱する話」

「ですよねえ・・男衆、壊滅ですもんねぇ。うちの主人みたいな若造で、その大役勤まるんでしょうか」

「若いのに弁が立つから、おっさん達が煙たがってたんでしょ!」

 ヒルダお嬢、ちょろちょろ出て来る。


「あっ、おひいさままで」

 淑女らしさは欠片かけらも無いが、伯爵令嬢には違いない。

「村の三役になって貰うつもりだから、要べんきょーだよ」

「彼で大丈夫かしら・・」


 正式な授封の儀式は未了だが、上級君主から当地の男爵を兼務せよと発令の出たツァーデク伯。その次女、未来の領主夫人か領主その人かは未定だが、十代前半の身でしたたかに地歩固めに出て来ている様子だ。


                ◇ ◇

 アグリッパの町から北とへ急ぐ二騎。

 急ぐと言っても元僧侶のジロラモ書記官、あまり乗馬は得意とは言えない。


「中尉殿の手綱捌き、劣等感かんじちゃうなぁ」

「なんの。書記官どのも筋は悪くありませんぞ。それに、騎兵が修練するのは寧ろ拍車の使い方。手綱は盾を持つ左手で握っておる程度である。手綱に頼っていては盾で敵の剣を捌き損ねて死に申す」

 ルドルフ中尉、ジロラモに併せて走る。


 陽のあるうちには目的地に着くだろう。


                ◇ ◇

 オックルウィック村、『村八分』の家。


「代言人かぁ」と『村八分』の夫。

「正直、いちどやって見たかったんですよっ。うひひっ」

「あなたっ・・その笑い方」

「アハト君って、好きそうだと思ったんだよね、こういうの」


「お嬢さま、なんで僕の通り名を知ってるんです?」

「いや、それ以外ないでしょ。あはは」

「ですよねー。あはは・・本名アハティウス。殉教者聖アハティウス様のお名前を頂いた者ですけど、ご存じでした?」

「知らなかったわ」

「あはは」


「今ちょうど、代官所に有名な詐欺師・・じゃなくて優秀な代言人べんごしが逗留中なんでテクニックを教えてくれるって。いい機会よ」

「嬉しすぎるっ。以前、叔父に財産を狙われたときの僕にもっと知識があったならあんな苦労はしなかったでしょう」

 述懐するアハト君


                ◇ ◇

「その前に、どんな訴訟を起こすのか聞いといて。あなた、『寝たきり男』さんの家のこと、知ってる?」

「ああ・・亡き『鬼親父』さんの家ですね。粗暴な大男の彼は村長の番犬みたいな立ち位置でしたが、酒毒に当たって死なれたとか。それが最近、息子さんが不幸な事故に遭われたと聞きましたが・・」


「背骨がイッちゃって、もう立たないんだって」

「『立てない』です」

 訂正する『村八分』の嫁。


 補足する『泥棒猫と呼ばれて不本意な女』。

「なにをどうやってもダメなんです」

「添え木とか当てても?」

「『助け舟』でもダメでした。ふにゃふにゃしちゃってて」

「それ、背骨の話ですよね?」と、怪訝な顔の『村八分』の嫁。


 咳払いする『泥不女』。

「ともかく次代の後継者が望めないんです。奥さんも逃げましたし」

「あなたは? 従妹さんでしょ?」

「あたしは婚外子で相続権が無いんです。このままじゃ、もう隣り村に住む従姉が乗り込んで来て好き勝手始めるのが秒読みです」

「ああ! それ、経験あるなー」


「そこで身分確認訴訟よっ。泥子ちゃんの息子ほぼ七歳」

「誰が『泥子ちゃん』よ!」

 つい伯爵令嬢に噛み付いちゃう『泥棒猫と呼ばれて不本意な女』。


「ともかく、うちの子を『鬼親父』の嫡出次男として法廷で確認して欲しいの」

 端折りたくて『ともかく』の多い『泥不女』。


「これはハードモードっぽくて燃えてくるな」


                ◇ ◇

 代官所、小会議室。

 トルンカ『司祭』レクチャーしている。


「では復習しましょう。代言人の一番の利点は?」

「法廷での発言が、そのまま証拠に採用されない事です」

「正解。その利点の具体的な利用法は?」

「失敗したと思ったら助手にサインを送ります。訴訟当事者本人に代言人の発言を訂正させます」


「宜しい。しかし、これは実際には可成り難しい事なのですよ。かなり綿密に事前打ち合わせして置かないと、本人の方が更に拙い発言をして仕舞ったら取り返しが付きません」

 頷くアハト君。

「今は取り敢えず『代言人の法廷での発言なら、撤回することは不可能ではない。訴人本人の発言はそのまま証拠とされて撤回不能』これを覚えて下さい」


「それでは、今回の件を今一度整理して行きましょう。『ここがネック』だと思うポイントを幾つでも挙げてみて下さい」

「はい、まず一番目、『泥猫』さんが婚外子エヒトロスである事」

「誰が『泥猫』よぉ」

「そして二番目、『鬼親父』と『泥猫』さんの婚姻を教会が認めた記録がないこと」


「そうですね。それで対策は?」

「『記録がない』は『認めていない』と違うという事です」

「それは対応策の指針ですが対策とは違いますね?」

「あ、はい。裁判員に『教会も認めているが記録が無いだけ』と考えさせることが対策です。つまり領主の承認があるということで、誰もが『教会が認めているから領主も承認したんだ』と思うように持って行きます」

「宜しい」

「さらにもっと疑り深い人には『あの領主のことだから、当然きっともう教会にも手を回している』と思って貰う」


「なかなか優秀ですよ」

「婚姻が有効なら、子供は父親の身分を引き継ぎますから、一番目の問題はクリアです。


「いいですね」


                ◇ ◇

 コレーナ・ダストラ堂を過ぎ、山中に分け入る二騎。

 山と言っても低丘陵で、道らしくない道は続いている。


「ん? あの烟は!」

 山中に火の手が上がっている。

 ルドルフ中尉、俄かに緊張の面持ち。

「急ぎましょうぞ」


「確か、この辺りがテオドールと名乗った奉公人の耕していた畑地です」

 まったく人気ひとけが無い。

 火の手の上がった方へと急ぐ。

 庵が全焼している。


「ひと足遅かったか・・」






明日は通院のため、更新休みます。

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