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285.立てられなくて憂鬱だった

 オックルウィック村、旧村長宅の離れ。

 女たち、たくらみ始める。


「アグリッパから呼んだ探偵が調べて来たでしょ? 収賄司祭の奴は悪事がバレて強制引退させられたけど、宗教裁判所に引っ立てられてないの。よーするに内々で『おんびんに』処理されちゃったのよ」

「つまり?」

「つまり、教会は『あいつが再犯やらかしてた』ギワクとか出て来ちゃあなの。『おんびんに』処理したひとの責任論が出て来ちゃうでしょ?」

「ってことは?」

「普通に身分確認訴訟すりゃいいの。訴人は『ご領主様の承認で、婚姻が成立しております。お上のなさる事に間違い御座いませんでしょうから』でいいの。文句が出たら『異議申立者は領主を教会法違反の疑いで告発しますか』と言えばいい」


「ご・強引っ」

「だってお代官シュルツ裁判所げりひとじゃ『教会法上オッケーか?』とかは裁けないんだもん。『文句あるなら大聖堂行ってお恐れながらと訴えてちょーだい』で吉よ。でなきゃクズ領主の出した証明書が有効。クズだって領主だもん。もし領主訴えたきゃ他の領主さんに頼んで侯爵様に訴えなさいって。農民には無理」

 裁判は階級別である。お嬢あほでも裁判官の娘。いちおう基礎は知ってる。


「もしもし万一、誰かが宗教裁判所にチクったって大丈夫。あっちは大事おーごとにしたくないんだもん」

「大丈夫かなぁ」と『泥棒猫じゃない女』


「ね? これ勝てるヤマだよ。代言人べんごし選びにさえ失敗シクらなきゃ」


 裏を返せばネックはそこ。


                ◇ ◇

 代官所。

「ああ、早速来てくれてありがとう」

 トルンカ『司祭』がハグした相手は、縮れた黒髪の中年男性。奇妙な形の帽子を被っている。

「モイシェ・コルンゴルトと申します」


代官シュルツ殿、ご紹介します。ボニゾーリ基金の副会頭さん。事業の資金調達面で実に頼りになる方です」

「初めまして」と代官シュルツブールデル、差別感情は無さそうだ。

 高利貸を営む彼らを毛嫌いする者は多い。借りるときは拝んで感謝するのだが。


「しかし・・金利を払って資金調達すると、将来が苦しくなるのでは?」

「私たちイディオン人が頂く高金利で苦しんだ方々が大勢いらっしゃるのは事実。それで、私の以前の勤務先でも悲劇がありました。恨んだ人の雇った無法者の手で主人が一家皆殺しの憂き目に遭ったのです」

「苦しいのにだ無法者を雇えるお金があるって、可訝おかしいじゃないですか」


「いや代官シュルツ殿、贅沢のために金を借り、返済のために贅沢が出来なくなって、恨む

・・なんて人もいるんですよ」と『司祭』。

「随分筋の違った逆恨みですな」


「ルーゼルのお代官フォクタイ殿が真犯人を捕らえ、奪われた資金も戻ったのですが。たった一人残された主人のお嬢様は修道院で、ご家族の菩提を弔われる日々。それで我々生き残った従業員共はお嬢様の遺志を継ぎ、低金利融資のための財団を創業致した次第です」

「低金利で!」

「冒険的な事業は先行き不安で御座いますので、いきおい高金利を要求するもの。私どもは安全確実なお相手だけに融資する団体なのです」

「安全確実とお考え頂けますのか」


「実は私共の基金、ガリーナ・ゴドウィンソン様の資金を運用しているカルラッヘ商会の傘下で御座いますれば、二年後の償還までに増えるであろう運用益の一部を金利に充当てて頂ければ、当面必要な資金額は十分ご用意させて頂きます。危険リスクが全く御座いませんので、ほんの手数料程度とお考えください」


「で、お嬢さんがたは?」


                ◇ ◇

 アグリッパ大聖堂裏手、物置のような一室。

 ホラティウス司祭が報告を聴いている。


「ジロラモくぅん・・どうしよう」

「どうしようって司祭さま。それ、お決めになるのは司祭さまで現状報告したのが私です」

「だよなぁ」

「です」

「いや、昔きみみたいに現状報告して、対策を意見具申したら『考えるのは儂だ。お前は報告だけしてろ』みたいなこと言われて気分悪かったんだよね」


「・・言っちゃっていいですか」

「どうぞ」

「あの男爵程度の『田舎のお山の大将』に賄賂もらって媚びた司祭って、存在自体きもちわるいです。火刑で消毒だめですか?」

「そりゃ過激に出たな」

「だって教会みんなに泥を塗ってるじゃないですか」

「だよねぇ」

「あそこのお寺も、確かに引退って名目で無難に自分ちの組織から追い出したけど僧籍は持ったままです。あの男爵のとこに転がり込んでお抱え坊主で居着いてたら如何どうする積もりだったんです!」


「あのお寺はねぇ、不行跡で領地召し上げになった近所の貴族の荘園とかを寺領に併合したんで、組織を大きく再編したんだ。社格もアップしたんで、それでもっと位階の高い者が新しい経営責任者として赴任し、見たら前責任者のボロがボロボロ出るわ出るわ・・。つまり不正がバレて更迭されたんじゃないんだ」

「押し出しで次席に落ちてたんだ」

「不正発覚も一挙にじゃなくて、ポロリ・・ポロリからボロボロボロになった」


「それで老害が隠居させられたわけか」

「老害ってほどの歳でもなかったですがね。それで、わたし意見具申したんです。ちゃんと裁いて僧籍剥奪して、我々の監視下で勤労奉仕させようって」


「もしかして、それで『考えるのは儂だ』ですか」

「でも、考えませんでした。あっちの寺に丸投げしました」


「その上司さん・・今は?」

「いますよ。図書館で紙魚とる仕事してます」


                ◇ ◇

 コリンナ代官所。

 ヒルダお嬢とガリーナ、やって来る。

 お代官シュルツ満面の笑み。


「お嬢、あの植民請負事業の話、うまく通りそうだぞ」

「えっ! らっきぃ」

「ガリーナ嬢。あなたが成人する頃には例の積金の満期が来る。それを超低金利で前借りできる目処が立った。うまく行きゃ、あんた未来の荘園経営者だ」

「寄って来る有象無象の求婚者掻き分けて、人生悠々プランじゃん」

「お嬢、あんたも婿探せって」


「それより詐欺師のお兄さん、頼みがあるんだけど」

「詐欺師じゃありませんって」

「三百代言人なんて詐欺師も一緒じゃん」


「代言人なら、やりませんよ」

「なんでぇー! ぶうぶう」

「あの村でなんか訴訟事件でしょう? わたくし村の共同体ドルフゲノッセンと縁故ないですから。余所者の騎士ですからね」

「司祭じゃないの?」

「なおさらです。その身分じゃ世俗裁判所の法廷に立てません」

「ちぇぇ」


「なに始める気なんです」

「実は『寝たきり男』んちに子供なくって、今後も立つ見込みないから、このまま行くと隣り村の従兄弟だか従姉妹だかにお家を取られちゃうのよ」

「『今後も見込み立たないから』でしょ?」

「結果はおんなじよ。だから何とか庶子の弟を立てたいの」

「何歳くらいなんです?」

「見たとこ未だ七つ前かな」


「未成熟児童じゃ立てられませんね。触って見ました?」

「未だ、ちっちゃいわね」

「あと五年はたたないと後見人は立てられません。それ以前に・・非嫡出子扱いが難しいですね」

「母親がちゃんと結婚してたことにする策は有るのよ」


「それは後程聞くとして、先に代言人です。わたくしは騎士としてガリーナさんの代言人は勤められますが、村の衆の代言人は出来ません。代言人のレクチャーなら出来ますが」


「なんで代言人できないの?」

「それは当然です。わたくしが法廷で村の人に『その証言は納得できぬ。それでは決闘するか』って言ったら皆さん困るでしょ?」

「じゃ、ガリーナは? あの子も騎士階級よ」

「女はもともと法廷で訴訟当事者にはなれません。男の後見人を立てないと」

「変なの」


「わたくしは『村八分』の旦那さんとか、向いていると思いますよ。理屈っぽくて煙たがられてたみたいだから」

「そう言やぁ、法廷でケンケンやりそうな雰囲気あるわね」


 本人居ぬ間に白羽の矢、立てられるとは白羽の矢・・・






続きは明晩UPします。

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