284.たくらんでも憂鬱だった
オックルウィック村、旧村長宅の離れ。
ガリーナ・ゴドウィンソン、『泥棒猫の女』の訪問を受ける。
「うち、なんせ『寝たきり男』の家だから・・彼、事件に加わってなくて特に何もお咎め無しで、人生万事なんとやらって奴ですよね。作男達とかも帰って来て・・これであたしが彼の世話を続けりゃ何とか暮らして行けるかな、って・・」
「結局、無罪んなった地主は、あんたんとこ入れて三軒だけだったわ」
「でも、うちって嫁が金持って逃げたじゃないですか。あの嫁って、あたしのこと『泥棒猫』って呼ぶんですよ。あたし、あいつが嫁に来る前から彼と出来てたの。『泥棒猫』じゃないです」
「まぁ、前からでも後からでも、逃げたくなるんじゃない? 嫁としちゃ」
「猫っぽいですか? あたし」
「うん、それは多少」
・・まぁ、警戒心強いのか図太いのか分かんない小柄の女って、そうかも。
「でもあの嫁、あたしの子供のこと、彼の子だと思ってたんですよ。これって当然あたしの方が前からだって知ってたんですよね?」
「いや、だから前から後からじゃあ無しに『嫁に来たらもう夫に女がいて、しかもしっかり住み着いてる』って、かなり嫌だと思わない? あなたを罵る言葉くらい細かいこと言うの止そうよ」
「そうかな。若い下女に主人のお手が付いてるくらい普通じゃないですかぁ」
「あ、そうか。あなたは『泥棒』って言葉で傷ついてるわけね」
「そりゃそうよ。パックん家で『泥棒』して来たの、あの嫁のほうだし」
やはりこの世界、少し変である。
強盗より泥棒の方が不名誉で、同じ泥棒でも夜中に『こそこそ』盗むのと、白昼堂々盗むのとでは『こそこそ』の方がより罪が重いのだ。
では、夫が無いのに子供を産んだ女が貶められるのは『こそこそ』が悪いのかと言うと、多分それは違うだろう。それは、正しい結婚のあり方を説いた教会の光が作り出した影のようなものだ。
だいたい『こそこそ』したのは男の方ではないか。その罪を女が、さらに子供が最も重く被るのだ。
「そもそも、自分の妹に手を付けた変態伯父が諸悪の元凶なんです。おかげで母は日陰者になって、生まれた私はもっと日陰です」
「いや、零したい愚痴は山ほども有ろうけど、うち来てあたしに相談したい事ってなに?」
「あ、そうだった」
◇ ◇
アグリッパの町、冒険者ギルド。
「あーら、アルトーくぅん。お見限りじゃない!」とウルスラ嬢。
「姐さん、軍服着てる時はザイテック騎兵伍長と呼んでくださいよ」
「もう、お堅いわね」
「これなんですけど・・」
千グルデンの金塊を出す。
「なにこれっ! 近郊じゅうの牧場から牛を買い占めるとか?」
「いや、崩して来いって言われて」
「そう言う事なら両替商のギルド行きなさいよ」
「手紙が・・」
「なになに・・ってこれ、『探索者ギルド』宛てじゃないのよ」
「え! 姐さんとこじゃないの?」
「違うわよっ。商売敵よ」
「あ、ごめんなさい。面倒ごとの相談なら此処かと思って」
ちょっと気を良くするウルスラ。
「もっと後ろ暗ぁい処だから気ィ付けてお行き」
「そうか・・。実は『借金取りの女帝』みたいな人から預かった手紙なんです」
「役所街の方よ。あっちの受付にも美人が居るけど、女怪の類いだから喰われずに無事に帰ってね」
「すいません。行って来ます」
伍長、去る。
「あっちの受付に『も』って言ってたな」
◇ ◇
オックルウィック村、『泥棒猫じゃない猫っぽい女』語る。
威圧感ある金髪大女相手でも、慣れて来たのか口調がフランクになって来る。
「それで結局、『寝たきり』の彼置いて嫁は逃げたわけ。子供作らないまま」
「あ、なるほど。相続問題ね」
「あたしは二代目日陰者でもさ、彼の面倒見て生きる覚悟は出来てるんだけどね。でも子供もいる訳だし・・」
「うーん、それは切実ね」
「うちの母さんが実の兄に傷物にされたとき、裸足で走って村から逃げ果せた姉が隣り村で旦那さん見つけて幸せに暮らしてんのよ」
「明暗分かれた訳か」
「それを羨む気はないわ。先に捕まった母さんがどん臭かっただけ。でも今度は、うちの相続権まであっちへ行っちゃう」
「・・そう。あたしなんか幸せなもんね。うちは母が男爵家を追い出された時も元々一端の財産は持ってたし、押し付けられた再婚相手も非道い奴じゃなかった」
・・豚村長、屑男爵に要求された額以上は母の財産を奪わなったもの。あれでも抵抗してくれてたみたい。
「んで、問題は、その叔母んちの娘の性格が変態伯父生き写しなとこなの」
「そういう手合いをぶん殴って追い出すのは得意だけど、法律はどうもねぇ・・。詳しい人に聞いてみるわ」
「変態伯父の奴・・息子の嫁に手を出す寸前に酔っ払って便所で倒れて死んだわ。『倒れたとき頭打ってるといけないから下手に動かさない方がいい』って言ったらみんなも賛成したんで、便壺の横に寝かせたんだ。そこで死んだ」
「中じゃなくて残念ね」
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。
イザベル、アンジュブルジェの手紙を読んでいる。
ザイテック伍長その俯き顔に見惚れ、ウルスラが『女怪』と呼んだのを忘れる。
「・・(清楚な美人だなぁ)」
事務所では、そうである。
「金貨五百枚と大銀貨六千枚にするんですね」
「よろしくお願いします」
「モニィ!」
「はい、お呼びで?」
「下の金庫から六千フェニング持って来て」
「ろっ、六千!」
男、大きな皮袋を振り分け荷物のようにして運んで来る。
「げふぅ」
金貨一枚が大銀貨十二枚で、銀の目方は金のおおよそ半分だから、貨幣の重さを揃えると銀貨の嵩は倍である。持って来た金塊の半分が、目方にして四倍の銀貨に変わった。
「お兄さん、持てます?」
「・・頑張ります」
◇ ◇
オックルウィック村、『泥棒猫じゃないと言う女』呟く。
「だぁからその従姉が最悪なのよ。変態伯父の生まれ変わりかってくらい。いいやアイツの生前に生まれてるから生まれ変わりじゃ無いけど。それでも違いは、人を手篭めに出来ない所だけね。女だから」
「殴って追い返してやるってば」
「ブツリ的にブッても限界あるわよ」
「あらお嬢!」
ヒルダお嬢が参戦した。
「最後の頼みの綱は、屑領主が初夜権行使しやがった時書いた変態伯父とあたしと婚姻証明。これが日の目を見れば、息子が嫡出だって言えるんです」
「屑異母兄って、そんなもん出して貴女を手篭めにしてたの!」
「いや、お尻なのでセーフ」
「それ・・使えるかも知れないわ」
「え! お尻が?」
「違うって。その婚姻証明」
ヒルダお嬢、意味わかってるらしく赤面する。
「でもこれの弱みは、あたしが彼奴の姪だって事です。これははっきり出生記録が残っちゃってるんで。父親なのはバレてませんけど」
『泥棒猫じゃないと言う女』さすがに領主の娘が出て来たので復た敬語に戻って来ている。
「とぉんでも無い変態親父ね」
教会法の数え方で伯父姪は二親等。これでは到底婚姻不可能である。
「それがね、あたしの母ってば屑異母兄の圧力で強制的に再婚させられちゃったんだけど、なんと教会法の再婚禁止期間を無視したスピード結婚だったんですって。担当司祭にワイロ使ってたらしいって話です」
「えー!」
「短足男爵、あんたが異母妹だって事よっぽど隠したかったんだね」
「く・・屑領主っ」
「結局バレて、収賄司祭も追放んなったらしいんだけど、一度認めちゃったものは認めちゃったんだからって婚姻無効には成んなかったんですって」
「ひっどぉいわね」
「でもそれって、逆に利用できそうじゃない。追放んなった収賄司祭が金欲しさに祝福したって話」
「んでも、やっぱりインチキなのではありませんか?」
「だから、こういう悪だくみは、わたしにお任せよ。
ヒルダお嬢にやりと笑う。
続きは明晩UPします。




