282.思い交々憂鬱だった
東の荒野。
急遽調達した荷馬車二台、旅の女子供をピストン輸送する。
丘の上の夜空に宿営地が浮かび上がる。
空壕に囲まれた土塁に木造の城柵。
城のようだが天守は無く、柵の中には天幕が並ぶ。
◇ ◇
『東方修道騎士団』は人呼んでの名。
武装修道会『剣の兄弟』団という。
昔、聖地奪還戦争のとき、家族も財産も捨てて世俗法上の物故者として渡海した神の戦士たちの衣鉢を継ぐ者である。
今は北東の異教徒調伏に邁進する日々である。嘗て外地では『聖堂防衛に集いし清貧の騎士』団と良きライバルの関係であったが、お互い遠方に復員したため今は交流が無い。
東方修道騎士団というのが通称なら『東方騎士団領』というのも当然人呼んでの通称で、公式にはマリエンベルト司教領である。
これでは普通の司教領のようだから、この名は文書上でしか出て来ない。
つまり普通に呼んだらマリエンベルトの司教が第二序列の封建君主たる精神的な諸侯であり、かつ総騎士団長であると分からないから不便なのである。
司教の下に五つの教区主席司祭がいるが、これも騎士団の管区分団長と呼ぶ方が通じる。実態は、世俗的領主の権力で言えば伯爵に相当する領邦君主である。
違いは、世襲制でないことだ。みな独身だから。
◇ ◇
話は戻る。
この宿営地の総兵は騎士長コリオラヌス、司祭である。
「相い済まぬが、馬車は近隣の村から『緊急だ』と言って徴発したものだ。貴公ら今後の旅には用立てられぬ」
「心得ております。無理を申しました」
商品運搬を業とする者を除けば、平民の旅は徒歩が基本である。何処ぞの領主が旗を振った電撃的集団入植など異例中の異例。あれは屯田兵の作戦行動に近い。
「その代わり、此処でゆっくり休養するが良い。面倒見てやれ」
この宿営地、どちらかというと戦術的拠点でなく、前線で疲弊した兵士等の医療厚生施設なのである。
フラミニウス助祭、この『面倒見てやれ』の意味を十分に理解している。陣中の兵士は皆ひら信徒で、騎士さえも得度していない俗人修道会士が多いから『独身の誓いを立てていない者が多数いる』という意味である。
◇ ◇
皆の前でフラミニウス助祭。
「特に子供らが疲れているようです。予定より長めに此処で休息を取りましょう。所詮天幕とはいえ騎士の寝泊まりするところ、それなりに快適だと思って下さい。それと・・」
言いにくそうに・・
「これだけ人数のいる宿営地で男ばかりが共同生活しています。信仰心の薄い者もいます。男たちの女性を見る目に気をつけるように。当直の守衛は置きますけれど子供を守るのはあなた方の責任です」
「やられちゃうかも、って?」と『重婚志望なのは秘密な女』
「単独での行動を避けて下さい」
彼女、フラミニウス助祭に個人的に話し掛ける。
「ねぇ、騎士さんにお嫁欲しい人とか、いないの?」
「例外なく宿舎暮らしの貧乏騎士ですが? まぁ『末は未来の領主様』とか将来の大きな夢を抱いて俗人修道会士となった騎士は大勢居るでしょうが」
「じゃ、ダメか」
「有り体に言えば、既に人並み以上に広い開拓地を持っている逞しい農民のほうが前途有望ですね」
「そんなもんかぁ」
「いや、一国一城の夢を持って辺境にやって来る騎士達は実際多いですよ。富籤を買ってみるのも貴女の人生です」
「だと思う? あたし、村でハズレ引いて結婚三年子無しなの。こんなやり直しの機会に恵まれたんだもの。次も大ハズレで転落したって後悔しないわ」
「なかなかの度胸ですな」
フラミニウスも戦士として無理目な冒険する方だった。
◇ ◇
オックルウィック村、『村八分』夫妻が寝物語。
「ほんと人生様変わりだ。皆が、僕の意見を真面目に聞いてくれる」
両親が病に倒れて世を去ったのは成人した翌月だった。なのに分家のはずだった叔父が乗り込んで来て、家の財産を勝手に仕切り始めた。かなり苦労して理不尽を跳ね除けたが、親類は目上に逆らう者とは縁を切ると言って来た。
本家の惣領の俺って、目上じゃ無いのか?
お武家様なんかだと一族で合戦に出るから、最年長者が大将になるって聞くけど俺たち農民だぞ。
次は村の有力者が嫁を押し付けて来て、義父に土地をよこせと言い始めた。だが嫁は以前から互いに憎からず思っていた娘だったので、僕の味方だった。
まぁ他にも色々あったが、村八分になった。
嫁はひとこと。
「別に困らないし」
「今、なんか困ってない?」
「ガリーナお嬢さんが音頭取って村に救貧院を作るっていうんで、私もお手伝いに行ってる」
「あのお嬢さんって名家の娘で、悪党パックが財産横取りしようとアロガン村長を継父に押し込んでたらしいじゃないか」
「どこの家でも、欲張りってタチ悪いですぅ」
「・・・」
「言ってくれていいのよ。父さんも母さんもタチ悪い人だったですぅ」
母さんあの歳で婿探しの旅に出たけど、今ごろどっか途中で姥捨てられてんじゃ無いかしら。捨てられた父さん今あそこで寝たきりだけど。
まぁ、どっちも縁切ったし・・ あそこ手伝ってるの彼と関係ないし・・
◇ ◇
『寝たきり男』の家。
「やっぱりダメね。気持ち良くない?」
「いいけど・・ダメだ」
「子供が無いまま奥様が出て行った話、じき隣村にも知れるわ」
「叔母の嫁入り先に知れたら、あいつが来るな・・」
・・叔母夫婦は穏やかな人なのに従兄弟がいけない。特に従妹が強烈な性格だ。父がああいう男だから、その妹には『あんな人間には成りたく無い』という思いが強く働いて、まともな人間に育つ。だが一代おいて従妹のような人間が生まれたりするのだ。
「大丈夫。策は有るから」
「策?」
「貴方に子供が無いならば、弟に継がせりゃ良いだけよ。あたしの息子なんだもの貴方を大切にするわ」
「でも、親父の野郎は無責任にお前に手を出しただけで、ちゃんと結婚してくれて無いじゃないか」
「それが、してるの。してないけど、してるの」
「どういうことだ?」
「あいつったら、結婚の祝い金欲しさに初夜権をパックに売ったのよ。そんときの書状に『正式な結婚と認め、祝い金を賜う』って書いてあるの」
「教会には届けてないけど領主のパックが認めてるのか」
届けると姪は近親婚だから受理されないけど、それ大丈夫か?
「あれ? 『初夜権を領主に売った』って?」
「お尻だから大丈夫」
◇ ◇
旧村長宅の離れ、近いうちに『村の救貧院』に改装する予定の建物。
独り『口数少ない女』だけ眠れないで居る。
・・愛想が尽きて口も利かないでいた息子だが、自分、元々口数少なかったから取り立てて態度を変えていた訳でもない。村長の腰巾着など辞めろと、碌なことに為らんと再三言ったが肯んじなかった彼奴、思う所が有っての事なら未だしもだ。ずるずる流されている丈なのを知っていたから尚のこと情けなくって腹が立った。
「実際、碌なことに為らんかったな」
村長がまたあの屑領主の腰巾着だったから、腰巾着の二段重ねだ。碌でも無さも二段掛けである。
それでも死んだらもの悲しいと思い知らさるる今日の夜半。
◇ ◇
代官所。
女たち、未だ起きているどころか盛り上がっている。
麦酒飲んじゃってるヒルダのお嬢おお乗り気。
「ガリーナさぁ! あんた此れから遺産がっぽり入るんだから、いっそ村もう一つ作っちゃわない? あたし、お父さまに強請って男爵領内で荘園開発の特任状とか貰ってくるから、ゴドウィンソン家を復興しちゃおうよ」
「面白いじゃないの。あたしも一枚噛ませなさいよ。人集めやったげる」
アンジュ姐さんが巨大な身を乗り出す。
彼女ら、果たして夫は見つかるのか・・
続きは明晩UPします。




