280.信じても疑っても憂鬱だった
オックルウィック村。
朝飯盗まれて空腹な『口数少ない女』のところに『村八分』の嫁が煮炊甕持ってやって来る。
「とにかく何か食べましょう」
「あんたん家で作って来たのかい。すまないね」
彼女、差し押さえられていない数少ない自宅所有者のひとりである。
小屋住み小農の小屋を自宅にカウントしなければ、だが。
所有する農地が少なく家族全員食えないので大地主の畑でバイトしている彼らと借家に住む小作人は、見た目も変わらない。バイト料もらうか、賃料払ってるかと金の流れは逆だが。
ちなみに『村八分』夫婦の家は一丁前に立派である。村長一派に逆らって皆から爪弾きにされていただけだ。『村八分』の亭主、覇気がないチキンの割りに主張を曲げない男なので。
村長にへいこら為ていた息子にもう愛想尽かしていた『口数少ない女』、前から自分ちの嫁より『村八分』の嫁と仲が良かったのが、今食っている飯に繋がった。
「性悪ばばあ共、大鍋どこへ持ってっちまったんだろうね」
「あれ無いと、お年寄りがお昼抜きのまま夕方になっちゃうわ。どうしましょう」
「しょうがない。村長宅に忍び込んで鍋探そう。おまいら!」
ぞろぞろと『少年団』も連れて行っては『忍び込む』も何もない。番兵も一緒に上がり込む。あちこち探し、前のほどで無いが大きめの鍋を見つける。
「んまぁ、これでいいか」
◇ ◇
代官所。
「これ、どうやって崩そう・・」
持って来たヒルダお嬢とガリーナに左右囲まれて困惑顔のお代官、金塊を持ってみる。
見た目は小さいが、片手で持てる限界って感じの重さである。
「お嬢、これ如何やってお城から持って来たの」
「お馬の鞍にゆわえ付けて」
「おおい! ザイテック伍長!」
「お待ち。あたしが手数料無しで両替やったげるから、手紙を添えさせとくれ」
アンジュ姐さん現れる。
◇ ◇
昔の話である。
ある偉大な王が世界の半分を統一したという。
王は三人の子に、それぞれ国を与えた。
孫の世代になる頃は、十の王国で従兄弟同士の国王たちが殺し合い、七つの国が滅んだという。
まぁ、伝説の話である。
今の世、分割相続はタワケの法と呼ばれ、財産は長兄が総取りする。
農家では、弟たちは家族労働者として長兄の下で一生働いた末に、嫁も貰えずに死んでいくのが大多数者である。それで需要と供給の関係か、一部の『不道徳な』娘が父親不明の子供を産むと母親の身分を受け継ぐが、得てして相続財産が無い。差別歴な扱いを受けながらフリーアルバイターになったりする。
或いは、古典古代の残滓である世襲的な家内奴隷;譜代下人たちに合流したかも知れない。
因みに『寝たきり男』の金持って逃げた下人は、男の叔母の遺児だった。つまり彼の従妹だが非嫡出子自由人で、それを下人としたのは男の亡父であった。素より下人という身分は法的には存在しないので、地主階級たる親父が家父長権限でそう決めたのである。
「おとうさん、お粥が出来たわよ」
「いつも済まねえな・・って、誰だ『おとうさん』って」
「幼い姪の貞操を弄んだうえ下女にした変態伯父さんの息子のことだけど、それが何か?」
「なんでもない」
「ん・・あんたの弟を産んでるんだから、むしろ私がお母さんか? まぁどうでもいいけど」
ぶつぶつ呟く『金持って逃げた女』
「でも、あたしのこと『金持って逃げた女』なんて呼ぶなよぉ。近所の子供にそう呼ばれるようになっちゃったじゃんか」
「あちぃ」
「あら、熱かった?」と匙を引っ込める。
「ほら・・おかぁさんが、ふぅふぅして上げるね」
なんとか粥を食わす。
「だいたい、有り金持ってったのは逃げた女房でしょ。あたしお情けで残してった小銭を食費に預かっただけ」
「ああ、悪かったよ。お前が『金持ってった』ってのは、俺の誤解だ」
「あたしのこと泥棒猫って呼んだあの女こそ、丘の上の殿様ん家で泥棒やらかした挙句の果てに、この家の金目の物すっかり盗んでったじゃないのさ。とんでもない女を嫁にしたもんだ」
「いや、『泥棒猫』ってのは俺と出来てたのを罵った言葉のアヤだろ」
「泥棒なんてしてないわ。ただ、やられただけ」
ささくれた言い方をしたが、この従兄はこの家の中で唯一の味方だったから別に嫌ではない。実の母親さえ味方でなかった是の家の中で、である。
彼ら、家族になれるだろうか。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵閣下警護隊長の官舎という名のヘスラー伯別邸。
使用人控え室にアントンとホラティウス司祭の姿。
「本日の晩祷は大聖堂主席司祭のご担当なのですよ」
「つまり・・大司教さま、今日は夜までフリーで御在います・・と」
「そういう意味で『今日なら都合が良い』と仰ったか如何かは知りませんが」
つまり大司教座下、長居なさる気まんまんと云う事か。
エルダ姉妹の料理がすっかりお気に召したという事なんだろうか。
ぜんぜん豪華な見た目でなくて如何にも健康食っぽい。庶民の普通の食事にひと手間加えたような、実際にはふた手間み手間かけたのが、清貧を重んずる御方々の琴線に触れたのだろうか。
それとも単純に、味か。
少なくとも、変な薬は入っていないと思う。
エルダ妹・・なんてったっけ・ネリサちゃん現れる。婚約で話題の核心なのだが逃げて来たのだろうか。
「ねぇ妹ちゃん、夕食も可能? いや、食材の量的に」
「今日はお師匠もおはすので大概のことは可能であります」
「お師匠って・・上のお姉さんか」
「アントンさんったら、またぁ。もう、お上手なんだからっ」
本人きた。
「お任せ下さい」
「だ、そうであります」
大丈夫だそうだ。
「ねぇ妹ちゃん、へスラーのお兄ちゃんとの婚約って本決まりっぽいね」
「唯、光栄身に余ります。数年後でありますが」
「ま、ちっと時間差要るよね」
「唯、陽根身に余ります。数年後ならば」
なんか変なこと聞いたが聞き流す。
戻れば宴が続いていた。
◇ ◇
オックルウィック村。
大きな炉の前で『口数の少ない女』と『村八分の嫁』が警戒態勢。
「あいつ等、あの人数であたし等の二人前を食っただけだから、かえって腹へった気分だろ。襲って来たらセンメツしてやる」
手頃な長さ太さの薪を振り回す寡婦と、おろおろする若妻。
「おかあさん、けっこう手が出るほうだったんですね」
「嫁にゃ手を上げた事ないけどね。死んだバカ息子は何度か殴った。ああ、もっと殴っときゃ良かった。そしたら生きてたかも」
「こぶだらけで」
「ああ。びびびと平手打ちなんかじゃ甘かった。こんくらいの棒でスネでも叩いてへし折っときゃ、阿呆な犬死にゃせんかったかも知らん」
まぁ、彼女も『口数の少ない女』だし、息子も言われて聞くタイプでも無かった様だが、彼女くらい覚めた目で物事見られる人間なら良かった。
その覚めた彼女にも、限界があった。
「お坊さんについて行った人たち、自分たちの旦那さん殺したひと達の仲間だって知ってるのかしら?」
「そうとうおバカな子だって薄々気づいちゃいるだろさ」
流石に彼女らも『あれが殺った本人たちだ』とは気付いちゃいない。川向こうの物騒な州でも兵隊は兵隊、坊主は坊主だと思っているから、国民皆兵で坊主はみな僧兵だなんて当然ながら知りもしない。
常識は得てして、人間の認識を捻じ曲げるものだ。
同じ常識に漬かっている者でも、嫁入りツアー参加者は『兵隊がやり過ぎたからお坊さんが救済に来た』みたいに楽観的で、こっちは『この坊主どもって、新手の人買いじゃないのか?』って疑いの目で見ている。
願望も得てして、人間の認識を捻じ曲げるものだ。
で、事実はどう?
続きは明晩UPします。




