278回用蘊蓄
蘊蓄回です。
《278回本文 1》
思えばへスラー伯は『六日で千里の猛将』と言われ、強行軍の速攻で敵の不意を衝く有名な人だった。
《本文ここまで》
元ネタ
「淵為将、赴急疾、常出敵之不意、故軍中為之語曰「典軍校尉夏侯淵、三日五百、六日一千」
(三国志夏侯淵伝裴注魏書)
乱世の奸雄曹操の片腕にして親族の征西将軍夏侯淵、若い頃の評判。
六日で430kmは秀吉の対光秀戦(備中高松〜山崎)大返しのほぼ倍速なので誇張だろうが、速攻将軍の得意とする電撃戦の典型として伝わった。
《278回本文 2》
「小銀貨一枚で十分でございましたのに、過分な結納を頂戴致し恐縮に存じます」
《本文ここまで》
元ネタは古ケント王国で使われていた scætta銀貨。20シェアト=1シリングなので、12ペニー=1シリングに当たるPhenig銀貨の60%となり『小銀貨』と漢字表記した。
『当家が頂く結納金なんて二千円でも十分ですのに』的な過度の謙譲表現。
ちなみにツァーデク伯爵家が受け取った結納金3万グルデン相当の金塊はこの60万倍、純度の高い金インゴット約百kgである。
婚姻に伴う後見人の交代でマティルダが相続していた領地の用益権が侯爵に移転するため、来年の歳入が激減することの保障でもあり、異常ではない。
むしろガリーナの相続するの方が財産が二十年間ぶんの運用益で異常に巨大化している。
課税はどうなるのだろう。
《278回本文 3》
「今回の一連の騒動では、幸いという可べきかは兎も角、血の出る刑罰を執行せずに済んだ。代官として臨時法廷を開廷することも無く、行政処分だけで済んだ」
《本文ここまで》
血の出る刑罰blutbannとは、『首と手』 hals unde hantつまり『斬首』か『手首切断刑』以上。
それ未満が『皮膚と髪』hüte unde hareへの刑で、出血しない限りでの『鞭打ち』や『髪の引き抜き』刑以下の刑罰である。以下と言うのは、出血しないことが上限であるから、もっと穏便な『尻叩き』や『髪剃り』もあり得るからである。
むろん上限の『皮膚を失うまで』鞭打つことで廃人同然に追い込みことも出来る。ちなみに天平勝宝の橘奈良麻呂決起未遂事件では容疑者うち王族含む貴人六名が『杖下に死す』と続日本紀にあり、この意図的な拷問死は出血を伴わない死刑である。
『首と手』 hals unde hantを 管轄する法的権限は国王罰令権kuniges banneとして中央に集権され、それが国王から諸侯votste、諸侯から伯爵grave、伯爵から 代官schultheizeまで権限委譲されて、それ以下は無い。
『死刑』か『手首切断刑』を宣告できる法廷では、伯爵(領主階級)が裁判長として騎士を、代官(騎士階級)がそれ以下の平民を、つまり判事の盾順位未満を管轄する。それは被告の同等身分ebinburtig者が陪審員urteilerとして評決して、上位者が宣告するから。つまり、あくまでも同等身分者が裁判の主体となる同輩裁判であって、お奉行さまのお裁きとは違う。
定期開催の法廷は権利関係や相続争いなど緊急性あまりない訴訟事件を中心に、臨時法廷は犯罪の訴えに応じて開かれた。本事例は『平和破壊罪』に当たる重犯罪だが、容疑者死亡ゆえ不起訴とされ、臨時法廷招集が見送られた。実は、村長が心神喪失と見做され、ひとり命拾いした。
お代官、もうめんどくさかった模様。
《278回本文 4》
「それだけで無くだな、他の村から裁判員を招集して、オックルウィックの汚点を拡散しないで済んだ」
《本文ここまで》
代官の司る法廷では、陪審員urteilerも被告と同等身分者であるから、管区内で被告と利害関係のない者を陪審員に選ぼうとすると、他の村から参廷する事になる。




