277.飲んでも食っても憂鬱だった
体調不良のため更新さぼりました。もう元気です。
コリンナ代官所、中庭を見下ろすバルコニー。
月の下、トルンカ『司祭』が白葡萄酒の盃を傾けている。
アナ、背後から忍び寄って、髪を触る。
しばらく触っている。
「接吻は、してくれないんですか?」
「いや、剃髪してないんだなぁ・・と思って」
「この辺り、ヨードル川の渡河ポイントなんですよね。だからって、あんまり強面武闘派を置くと、川向こうの東方騎士団に喧嘩売ってるみたいじゃ無いですか」
「そこ、遠慮ポイントなんですね」
「かつては、タフな防御型の武将を正面に、直ぐ駆けつけられる傍に攻撃型の騎兵隊長を封建してたそうなんです。ところが・・」
「騎兵隊長の息子が馬に乗れないフヌケだったと」
「そして、タフな武将の息子はギャンブル狂いの遊び人」
「劣化すごっ」
「そんなこんなで、領地再建に当たる人物は『女だと思って舐めてると、どうしてどうして』な人材っていうの良いかなって、下のお嬢さん押しな訳です」
「ふぅん・・わりと本気で推してるんだ」
アナ、この際だから聞いてみようと思う。
「ねぇ、美男の詐欺師さん。なんで、わざわざ換地とかまでして、この地を伯爵にあげたいの?」
「それはね、いま言った『タフな防御型の武将』が彼のお祖父さんで『ギャンブル狂いの遊び人』がお父さんだからです。ここは彼の失われた故郷なんですよ」
「喜ばせてあげたい?」
「思い入れのある土地の方が、人間って必死で守るでしょ? この地がもし誰かに攻められたら、彼は頑張ります。たとえお祖父さんほどに将才が無くても、頑張る人は強いんです」
「きれい目に言ってるけど、それ結構ダーティーな計算だよね?」
「ははっ、好きだなぁ君のこと。独身だったらプロポーズしたいくらい」
「奥さん居るのかぁ。じゃ、不倫はダメだね」
「駄目ですね」
「接吻くらい、いいよね」
キスする。
◇ ◇
アグリッパ下町、ちょっと有名な繁盛店で酒盛りする男たち。
アントンら、常連ジジイに完全に捕まっている。
ジジイ咆える。
「雌鶏に振られてうじうじ為んなら人間やめてサルになれって!」
「うっきー」
ヘスラー弟も乗りがいい。
「エルダちゃんが親父と出来ちまったの知ってから、やっぱり俺は妹ちゃん狙いに逃げてたんだよ。だから本気でアタックした兄貴に力及ばなかった」
「んまぁ那の姉妹が『見た目そっくりの大小違い』なのも不運でしたかね」
「これ、マジな話なんだが、ほぼ完コピな姉妹とか母子がごろごろ居る地方ってな実在するらしいぞ」
ジジイ二人組の若いほうが本気の顔で言う。
「いや・・『女が急に若返った。魔女だ!』ていう訴えを探偵がちゃんと調べたら真相は『そっくり母子』だったって、これは実話だ」
「眉唾すぎる」
でも那の姉妹、東方土産でもらった入れ子人形みたいだな。サイズの違いだけ。
「聞いた話、女が男をイヤだと思うシチュNo.1って『自分って誰かの代わりだ』と気付く瞬間だってさ」
なんか、そういうゴシップ壁新聞とかあるのだろうか?
年嵩ジジイ真面目な顔して言う。
「もっと凄い話がある。二十年ほど前のことじゃ」
気迫に押されて、つい皆な真剣に聞く。
「魔女討伐に向かったパーティーの半分が死んだ。だが討伐後、残った半分の衆も呪われていた」
「おっかね」
「残った半分のうち、九人が死んだが十人目が修道院で信仰生活に入り、連続死は止まった」
「神に感謝」
「だが最近、ひとり飛ばして十一人目以降が再び不審死を・・」
「やめてッ! こわこわこわ」
ヘスラー弟、戦場では豪胆だが、怪談には弱いらしい。
「二十年の月日が過ぎ、初老となっていた嘗ての若き勇者は、昔どおり若く美しい魔女の顔を見ただけで心の臓が破裂して死んだという」
「こわこわこわこわ」
「いやこれ『娘じゃった』というオチ」
「フハ」
これは安堵の息の音。
「仮令おまいさんの言う『姉ちゃん』を嫉妬のあまり殺した男がいたとして、三年経って『妹ちゃん』が仇討ちに来たら、顔見ただけで心の臓が破裂して死ぬるかも知らんじゃろ?」
「死にますね」
「いや、俺殺さないから! 殺さないから!」
・・あの姉妹、まだ下に妹とか居ないだろうな。
居ても多分未成熟児童で結婚不可だが。
◇ ◇
ツァーデク城。
伯爵、参審人ザンドブルグと酌み交わしている。
「風向き、はっきり変わりましたよ! 正直今までの殿って『のさばってる外戚』みたいな目で見られてたじゃ無いですか」
「ああ・・入り婿未満だな」
「こないだの評定以来、『御本家の名代』扱いですよ。それも『御本家』ってのは侯爵家です」
「んまぁ、侯爵家の外戚に成り上がった訳だな、名目的には」
「いやそれって、すごく家臣一同のやる気アップになってますっ。家格が上がった感じですから」
「皆なも『次代当主には、ツァーデク家嫡流なおかつ侯爵家の近親を』って期待で高揚してるだろうな」
まぁ元々ツァーデクは侯爵家の分家筆頭なので、実力の上ではヘスラー家とかに大差つけられているものの、格式は高い。今回の婚姻では血縁の濃さが更新されるだけでなく、具体的な支援もあったことが明らかになっている。
家臣団の期待も膨らもうというものだ。
共通の祖先から七代目までが血族の範囲である。長女が他家と縁組みしておれば子の代は五世の孫。どこぞの帝室であれば臣籍降下する代だ。そして、あと二代で侯爵家と他人となる臨界点であった。
「旧パシュコー領を呑併した件も大きいですよ。これが『新しく男爵家を創設してヒルダお嬢にその家を継がせる意向』であるって話が広まったら、ご愛顧の深さが知れ渡るでしょう」
「ああ・・。娘が婿とって、そいつが男爵って普通あるけど、そいつに愛人がいて愛人の子が次の男爵になったら・・イヤだな」
「なに言ってんです」
「いや、つい『のわぁる』な想像しちゃった」
一般に、政治権力の世襲は遺産相続より制約が幾分ゆるい。とき折り力ある者がごり押しするから、緩んだ先例が慣習法として残る為である。
スヴェンヒルダ嬢は戸籍上は伯爵の養女であって、実の娘である事は当事者しか知らないが、他の相続人つまりマティルダの同意があれば、伯爵はスヴェンヒルダ本人もしくはその配偶者を遺産相続人と指名することが出来る。むろん男爵として封建することも同様だ。
しかし人の親としては、娘の配偶者には同等身分ebinburtigな者が欲しい。
爵位も自分の領地も持っている夫がいい。財産目当ての婿はイヤだ。
・・俺みたいな。
自虐する伯爵。
実際のところ彼にはそんな意図は無く、逆に口封じの代償として与えられたのを知っている筈だ。
しかし、彼に悪心が芽生えた時は天罰が下る仕組みを、亡き岳父が埋伏していた事は、彼も畢ぞ知らぬことだった。
そして、その埋伏の蠱毒に中ったのが継室であった事も不知りき。
世の中には、恐るべき陥穽を知らず知らずに跨ぎ越して、平安を生きている者も多々有るのだ。
◇ ◇
オックルウィック村、深夜。
姑軍団晩くまで喧しく喋っている。
「・・っさいなもー」と独り先に寝支度に入った『口数の少ない女』。
「あの偉そうなデカブツ女、口の利き方でお里が知れるわよ」
・・あんたらと同じ此の村の村長の家じゃん。
「うちの馬鹿嫁があんなだったら悲劇だわ」
・・捨てて行かれてあんた悲劇なう。
「しっかし、役に立たないあのウスノロ下女ども。うちならとっくに追い出すよ」
・・出てっただろ。給金くれないからって。
「それそろいい頃かね」「ああ」
・・なんか知らんが詰まらんから寝よう。
姑軍団もぞもぞと車座を解き、表に出て行く。
・・腹減って残飯でも探すんかな。
夜半の月の下、女たち手分けして竈の辺りを物色して回るが、鍋も食器も綺麗に洗ってあった。
続きは明晩UPします。




