276.事後も憂鬱だった
オックルウィック村、旧村長宅の竈の前。
どうも火力が上がらない。
「むぅ・・」
金髪の大女、ひと声唸るとスカート捲って長い足を剥き出し、脇の石壁ぐりぐり攀り出す。
「ちょっと、見えてるし」
つい『口数の少ない女』の口数が増える。
「これか?」
排気口に手を突っ込んで掻き出すと、詰まっていたのは丸焦げの鴉だった。
「おえっ」
あまり見たくない状態の鴉の死骸をひょいと投げ捨てると、うまい具合に遠くの叢に消えた。
『村八分の嫁』が吐く。
「おお・・お嬢ちゃんは家事きちんとやってんだねぇ。だらしないと食糧庫ん中もああなるのよ」
家政婦もやってる『立ち飲み屋の女給』いちおう慰めてるっぽい言葉を掛ける。
「蛮族・・」
屋根から飛び降りて来るガリーナの姿に、『女給』と『下女』・・地元生まれの年長者が思い出すのは、幼い頃に見たそれだった。ヨードル川を遡り沿岸を荒らし回った寇賊は、白熊の毛皮を着た金髪の巨人族だったのだ。
「手、洗えよ」と『口数の少ない女』。
◇ ◇
代官所。
北海の債鬼ことアンジュ姐さん質量大き目の金髪を掻き上げながら問う。
「これで全部?」
オッファのアベラルド、首を縦にぶんぶんと振る。
「パシュコー世襲地の生産力を、証拠を以て正確に把握するのです。ここが、肝心要めの所ですよ」
トルンカ『司祭』いつにない真面目な顔。
「その心は?」とお代官。
「王室財産と等価交換するのです。粗漏が有っては絶対なりませんよ」
「王室財産と?」
相続人曠缼で没官した土地は国庫に納められるが、自動的に当該管区の伯爵領に編入される。
そもそも伯爵の封地には、上位主君;ここではスールト侯から忠誠を誓う封臣に与えられたものと、裁判官として任命した国王からのものの2種類がある。相続人不存在のため一旦王室財産に納められた土地は、この後者に加増されるのだ。
いま換地処分を行ない、スールト侯爵は等価な私有地を王室財産に献じ、代りに旧パシュコー家私有地を入手しようとしている。
「確かに、このままでもツァーデク伯爵領に編入されます。でも、それは将来にはスヴェンフリート様の次の伯爵に授封更新されるもので、ヒルダお嬢さんには相続できません」
「ふむ」
ちょっと頭が混乱するお代官。
「スールト侯は、手に入れた旧パシュコー家累代私有地をマティルダ夫人の結納金追加分としてお父上に贈るおつもりです。これで将来ヒルダお嬢さんの相続できる土地になります。自分の私有地を誰に譲るかは、所有者の裁量次第ですからね」
「そうか! ツァーデク家代々世襲地も伯爵位も、本家の血を引くマティルダ様の御子が継がねば一族郎党が納得すまい。だが、スヴェン様の代に入手した男爵領も私有地も、お嬢に相続権があるわけだ」
「すべて姉君の配慮です」
アグリッパの方位に敬礼するお代官。
◇ ◇
アグリッパ下町、『川端』亭。
いつも溌剌としていたヘスラー弟、しんなりしている。
「結構いい感触だと思ってたんだがなぁ」
・・いい感触を味わっていたのは兄の方だった模様。
「やっぱり身近に新妻とそれ同然がふたり居る環境ですよ。十代前半の少女相手に年相応の交際しようと思ってたら、彼女の背伸びしたい気持ちを上手に掬い上げたお兄ちゃんに一歩先を行かれた・・って感じ?」
「ううん・・その辺が敗因かなぁ。正攻法が奇略の前に敗れたか」
「お父上も電撃作戦でしたしねぇ」
「ヘスラー軍の進撃速度は語り草に成ってるらしいよ。普通はあんまり早いと兵が移動で疲れてて戦闘に負けるって言うんだけどね」
成功者は名を残すが、失敗者は一時の恥。滅して名が残らないので悪評もあまり残らない。奇襲懸けようとして悪路踏破したが疲労困憊で襤褸負けした将軍とかは実際たくさんいる。
ん? 『一時の恥』って、悪評を克服して最後は成功する人の話だっけ?
「ヘスラーさま、昔から速攻のプロだった訳か」
・・そう言えば伯爵さま、初対面の日からガンガン来てたな。
「次男だから俺のほうが自由に動ける立場だってのに、思い切りの良さでも兄貴に負けちゃったなぁ」
「なぁに、直ぐ再戦の機会もありますよ。まだ十代なんだもの」
「やい若者! しけた面ぁしてると負け癖が付くぞ。パーっとやろまい」
常連の爺さんに絡まれた。
◇ ◇
オックルウィック村、旧村長宅の離れ。
夕方になっても昼飯が出ないと、お喋り姑軍団が大騒ぎ。
「炉があんまりうまく燃えなくってぇ」と『下女』。
「言い訳してんじゃないわよっ、この役立たず!」
「夕食は作れますから」と『女給』
「昼は作る気ないってわけ? あんた、舐めてんのっ、どう責任取んのよ」
「でも頑張ったんですから・・」と『村八分』
「結果が出てないじゃないのよ! さぼってるのと同じよ! さぼんな!」
「いや、炉が直っても夕食が出来ても、あんたらの分は無いから、おんなじよ」
金髪の大女、声に凄みがある。
「な、何よ不公平じゃないの!」
「だから、さぼってる人には不公平にするって決めたからね。あたしら、あんたらん家の嫁でも下女でも無いんで、そこんとこお忘れなく」
きいきい喚く姑軍団。
「やっぱり川に捨てて来やんすかい?」
「それはガリーナが殴った後でね」
「お嬢!」
「とりあえず資金をガメて来たわ。母が死んだとき何故か持ってた金塊、あたしが正統な相続人だから、これ使おう」
ヒルダお嬢、一千グルデンは有りそうな金塊を抱えて来た。
「すぐに離れの改装する大工が呼べるわ。当面の食費もこれで楽勝でしょ」
伯爵が受け取った結納金の一部だが、いちおう使う了承は得て来たようだ。
ガリーナ大見得は切ったものの遺産相続は未だ先なので、現金は大いに助かる。
姑軍団、金塊を見て腰を抜かす。
その彼女らに追い討ち。お嬢、金髪女を指差して・・
「あんたら、こいつって騎士階級だからね。生意気な口聞いたら不敬罪で斬り捨て御免だから、覚悟おしっ!」
そんな法律は無い。
◇ ◇
代官所。
換地の目処が立ってひと息ついたトルンカ『司祭』、地下に隠し酒蔵を見つけて勝手に白葡萄酒をせしめ、手酌で一杯始めている。
「お代官。耕地の再配分は如何ですか?」
「ひととおり腹案が出来たんで、ガリーナ嬢と処分対象外にした地主二家、それに小作人代表と難民代表を集めて地割りを発表しようと思う」
「家は?」
「ぜんぶ空き家にして差し押さえた。配分は彼らの寄り合いで決めて貰おう」
「彼らに投げちゃうんですか?」
「曲がりなりにも『自治村』として再建してほしいからな」
わりと理想主義者っぽい。
「ガリーナ嬢が村長?」
「彼らに互選で決めさせようと思うが」
「総当たり乱戦で決めても彼女ですね。いっそ女騎士に叙任しちゃっては?」
「お嬢、まだ十代前半だし」
「じゃあ先物買いで、お父上が従騎士に叙任なさるといい。将来、お嬢さんと実に良い主従コンビになる気がします」
「俺としちゃ、どっちも良い伴侶に恵まれてほしいなぁ」
「わたくしは身近に相当できる女城主とか知ってますものでね。すべて、ご本人の資質次第ですよ。ああ、将来が楽しみです」
「貴殿は、女性でも君主が務まるというお考えですか?」
「わたくしは、ほら・・十五歳の美少女に忠誠を誓ってますし、いや人妻ですが」
「うむ、上のお嬢さま確かに、既にひとかどの君主であらせられる」
お代官、胸に手を当てる表敬の仕草。
「代官さまもヒルダお嬢さんに、何か光るものを感じてをられるでしょ?」
「・・左様。本音では・・決して贔屓の引き倒しでは無いと思っておりまする」
「ならば、盛り立てて差し上げなされませ」
様子を窺っていたアナ・トゥーリア呟く。
「詐欺師だ。詐欺師が居る・・」
続きは明晩UPします。




