273.勝訴したが憂鬱だった
ツァーデク城ほど近いヨードル河畔、大きな菩提樹の下。
円形に戸板の囲いが立てられているが、別に覗いても構わない。
法廷は公開されているのだ。
中の椅子席には、予め傍聴を希望した者が既に多数。
菩提樹を背にした正面に伯爵が着座し、『裁きの剣』を膝に置く。
「参廷された諸君、脱帽願います」
代官オスカー、本日は副判事として右陪席の席に着く。
伯爵と代官、それぞれ判事と副判事の帽子を被る。
「国王陛下の罰令権委譲に基づき、本官が当臨時法廷に於ける裁判長を勤めます。右陪席、本日は開廷するのに適切な日ですか?」
「是、裁判長閣下。いかなる祝祭日にも安息日にも当たりません。身分確認訴訟は本来ならば定時開催の法廷で扱う可き案件ですが、旧パシュコー男爵領治安回復の為、特に日程調整致しました」
「左陪席に着座はありますか?」
「ございません。若し国王陛下が来臨なさいました場合に裁判長閣下が席を譲って着座なさいます為に左は常に空席です」
「参審人は全て着座しましたか?」
「七人全員着座しております」
「それでは、訴訟当事者の中途退席を含め如何なる審理の妨害も禁止致します」
「閣下はその命令を正義と宣言されますか」
「宣言します。何者にも正しきを許し、不正を禁じます」
裁判長が掌を上にして参審人に向けて翳す『問い』のポーズ。
七人の参審人が人差し指と中指を立てて裁判長を指差し、賛成の意を表す。
「訴人ガリーナ・ゴドウィンソンの後見人キルーク卿エーデルベルタス、代言人を指定しますか?」
「はい。騎士フェンリス・フォン・トルンケンブルクを選任します」
「受理します」
「一点だけ」と参審人の一人。
「代言人は地元のお方でない様ですので、ご紹介願います」
「代言人騎士フェンリス殿、自己紹介をお願いします」と右陪席。
(・・ていうか、あなたトルンカ司祭さまでは?)
「はい、わたしは本姓をポルメルンのブレッヒャーと申し、父はミヒャエル・デル
・ブレッヒャー。南部に行ってミケーレ・ダ・マッサと名乗り、トルンカ男爵家の女婿となって改姓しております」
「な・・あの粉砕兄弟のご子息と! お父上は雲を突く巨漢戦士では?」
「母似でして」
「当地とのお関わりは?」
「このように」
騎士フェンリス、首に巻いたスカーフを拡げる。
「そ・・その紋章は!」
「ご存知のとおり、スールト侯及びツァーデク伯両家の家紋であります。わたしは侯爵に嫁がれたツァーデクの嫡流マティルダ姫の騎士でございます」
参審人たち、一斉に起立して騎士の礼。
「朋輩よ、正式なご挨拶は改めて」と声を揃え、着席する。
「(・・あ、勝ったな)」
ツァーデク伯スヴェンフリート心の声。
◇ ◇
恙無く評決が終わり、ゴドウィンソン家の家格が承認された。
物的証拠が完備しているうえツァーデク本家筋の後援ありと知れれば特に異論も出るまいが、寧ろ故パトリスの所業に対する義憤が状況を支配した模様。
ガルフレダの墓碑から農民身分の記載を削り取る決議まで為された。
帰路の傍聴人口々に言う。
「あのパスパスなんとか言う奴、なんで逮捕されないんだ?」
「そいつぁ無理だ。もう死んでらぁ」
「んじゃ、みんなで墓地に糞ひりに行こうぜ」
「それが・・無いみたいだぞ、墓。一族郎党みんな死んで、墓作るひとが何処にも無いんだと」
「はかないなぁ」
「死体ぁどうした?」
「ヨードル川に捨てられて、北海の魚の腹ん中だとさ」
「・・当分は肉と野菜食って暮らすか」
◇ ◇
ツァーデク城の一室。
「やっぱり詐欺師の人だったんだ」と、ヒルダお嬢さま。
「やだなぁ。詐欺師なんかじゃありませんよ。いつも本当のことを言い、皆さんを幸せにしているのに」
「でも、司祭さんじゃないんでしょう?」
「否、ちゃんと叙任を受けた本物の司祭ですよ。そして本物の男爵でもあります」
得度した聖職者は、世俗法上では物故者の立場となるので、世俗法務を担当する事ができない。と言って位階の低い助修士では決裁できぬ分野の仕事が厳然として在るのである。
「組織によっては、出家してない俗人司祭が法務を担当してるんですよ。最初から財務担当としてスカウトされて、教会組織内での決済権限としての位階をもらった人もいますし」
「貴方は?」
「わたしは還俗して爵位を継いでからも、引き続き位階を維持し、宗教活動以外の外部協力者として教会の法務担当をしています」
「御堂騎士団の僧衣をお召しなのは?」と代官。
「団にも籍が有ります。まぁ、あちこちで使われている便利屋ですね」
「『騎士』っていうのは?」
アナ、まだ突っ込む。
「これも正真正銘の騎士ですよ。姫さまに忠誠宣誓を捧げております」
ツァーデク嫡流であるマティルダ夫人は夫君の後見の下、相続済みの世襲領から授封して自分直属の騎士を抱えたことになる。
代官オスカーと参審人ザンドブルク、一瞬背筋を伸ばす。
入婿伯爵派最右翼の二人さえ、御本家嫡流の直臣と名乗られると姿勢を正す。
「『男爵』で『騎士』なわけ?」
「お嬢さんのお父上だって『伯爵』さまで『男爵』でしょう?」
「それも・・そうか」
「マティルダ様の『騎士』だけれど、他の殿様の『男爵』ってこと?」
アナ、まだまだ突っ込む。
「世の中、主君が二人居る家臣も多いですよ。要はその主君同士が戦争しなければ良いんです」
仮令戦争した場合でも、一方には戦費を負担し、他方には参陣という振り分けで良いのだ。問題ない。一方の首級取っちゃわない限り。
「そうね。ご夫婦では戦争しないもの」
ヒルダ嬢、ぴんと来て押取り刀で韜晦する。幸いみな『スールト侯の男爵』だと思っているようだ。
「ふぅ・・」
・・異母姉妹の父親が違う話は秘中の秘よ。ってそれ他人じゃん。彼がティリの実の父親が遣わした男だというのは想像が付いてたもんね。主君の御落胤に忠誠を捧げるのは、貴方の使命なんでしょ。
でも、ちっとは誤魔化してよ。
ま、最初から『侯爵閣下の命により』とか言ってたらしいから、大丈夫かな。
「ま、夜は戦争してるかもね」
恥ずかしいけど、敢えて十代前半らしからぬえろ話で話題転換を図っちゃうわ。
あんまり突っ込んで欲しくない方向に進んでたから、背は腹に変えられないって言うでしょ。バックから宣教師式よ。
「まっこと、姉君の夫婦和合こそお嬢の力ですな。千人力の援軍でしたぞ」
・・それは本当だよ。ティリが妹と呼んでくれたから今がある。・・ってか今も命がある。
お母さまは嫉妬に狂って、ティリの父親違いの弟を殺したけど、それはわたしの母親違いの実の弟でもあった。
ティリがわたしを妹と呼んでくれる大きな理由がそれだから、何と皮肉なことにお母さまの罪が今わたしを生かしてる。
なんて事をつらつら思うと、センティメンタルなスヴェンヒルダ嬢であった。
◇ ◇
代官オスカーはガリーナを伴って一足先にコリンナに帰り、ヒルダ嬢久しぶりに城で落ち着く。
参審人ザンドブルク嬉しそう。
「いやぁ、あそこを行く行くは分家としてお嬢の所領に、というお考えは侯爵さま御了承のようで、子飼いの騎士家も出来ると実に前途洋々です」
「良縁に恵まれるのを祈るばかりだ」
「お父さま、神頼みじゃダメだわよ。ひと皮剥いたら短足パシュコーみたいなのも居るんだから」
「短足は皮剥かんでも判かるだろう」
「短足はただの二つ名だってば。パシュコーの息子たちは短足じゃ無かったけども絵に描いたような碌で無しだったわ」
「むぅ・・おかまはある程度見て分かるが、おかま好きは見ても分からんからな」
「ちょっと外見や性癖から離れようよ」
法廷でパシュコーの悪事を散々聞いた変な後遺症であろうか。
続きは明晩UPします。




