271.奮闘したが憂鬱だった
コリンナ代官所、夕刻。
アナ・トゥーリアがお代官に報告している。
「法定後見人を詐称して故パトリス・パシュコーが故ガルフレダに強要した婚姻法違反につきましては、これを承認した教会が故パトリスに買収されていた可能性が高いと思われます」
「そのとおりです」とトルンカ『司祭』。
「ですが、問題の聖コレーナ・ダストラ堂はその後大きな人事刷新がありました。手掛かりは残っていましたか?」
「はい。当事者本人である当時の事務長コロンバス司祭。生存を確認しました」
「生きていましたか」
「引退して、山中に隠れ住んで居りました。奉公人に生存確認だけして、本人には会いませんでした。高齢ですので逃亡はしないと思います」
「遠からず宗教裁判所から召喚されるでしょう」
「関連して、興味深い情報が有りました」
「それは?」
「奉公人の雇用者が別の人物で、雇用目的が『誰かが復讐に来るまで、元事務長を二十一年間は生かしておく』為だと」
「それは興味深い情報ですね」
「その『二十一年間』と言うのはおそらく・・」
「当たりよ!」
人間氷山のアンジュ姐さん、悠然と現れる。
「その雇い主は、十中八九『伝説の男』エルトムント・オロデス。凄い美男だった然様だけど残念ながら二十年前の事は知らないわ。あたし生まれてなかったから」
絶対嘘である。
「でもガリーナちゃんには後ろ向きのことは為て欲しく無いわね。前の方にやる事充分い有るもの」
「そのとおりですね。ジロラモ書記官。大聖堂に、容疑者の居処を通報しちゃって下さい」
なんだかトルンカ『司祭』が仕切ってるけど、まぁ『司祭』だから良いか・・と割り切るアナ。
◇ ◇
アグリッパの町、賑わう『川端』亭。
大聖堂に清掃活動奉仕に来た敬虔な信者さんのような格好のホラティウス司祭。ひと仕事終わって飲みに来たような顔しているが、実は晩祷終わるや否や典礼服を脱ぎ捨てて逃げて来たところ。
お相手はいつものアントン。
「ねぇ・・やっぱりヘスラー伯の結婚式だから、あの方のお城の大広間で盛々大にやるべきだと思うよねぇ?」
いかにも賛成して欲しそう。
「でも伯って、侯爵さまに憧れてらっしゃいますし」
「・・んだよなぁ。エルダちゃんも奥方様のお世話があるからって言うし」
「侯爵さまが質素にお式をなさったから、封臣としては派手にはやりにくい所だと思いますよ」
「教会の本音としてはさ、諸侯の婚礼は派手な方が有り難いんだがなぁ・・会派の見栄ってものがあるでしょ」
「ホラティウス様らしくもない」
「・・んだよなぁ」
「エルダっち本人も、御嫡男に遠慮あると思いますし・・」
「んー」
「いや多分そんな遠くないです。世子御成婚」
「えっ! そうなの!」
「エルダっちの妹ちゃんを猛烈に口説いてられます」
「あのちっちゃい子をか・・。まぁ近親じゃないから面倒事は無いけど」
この世界の親等は、共通の祖先から何代目かで数えるから、姻族は関係ない。
「妹ちゃん未だ十代前半だから、先に『婚約』あとで『婚礼』の二回。派手にやる機会なら、まだまだ有りますよ」
「ならいいか」
「世子さまも『無理攻めと見たら拘泥せず、パッと転進するのが兵法』とか仰ってエルダっち諦めましたけど、司祭さまも兵法を極めてらっしゃる」
「タハハ」
「伯爵さまご一家、あの姉妹二人の抗毒体質にそうとう興味お有りなんですかね。是非とも自分たちの血筋に欲しがってるような」
「それは価値大ありとは思うけれども、ヘスラー伯って単純に、あのちまっとした感じが好きみたいだよ。息子さんも好みが似てるんじゃないの? 計算以前にさ」
まぁ、抗毒体質と言っても、毒喰って皿も食べて平然という意味でなく、微量の毒物摂取でも反応が肌に出たりするので毒消し投与が悠々間に合うという事の様で遺伝的体質と医薬知識の合わせ一本である。
軍人一家としては興味あるだろうが、そう言われて見ると確かに、異性としての興味が最優先で行動しているように見える。親子とも・・
ヘスラーさま一族、ああいう小生意気系美少女に弱いのか。
「それで下の部屋、どう?」
「模様替え中です」
「それじゃ、もう大司教さまの日程調整だけか」
・・あ、そうだな。やっぱり光臨ますよね。陪臣だけど隣り町の城主だもんな。
◇ ◇
ツァーデク城。
伯爵スヴェンフリート、今ひとつ落ち着かない。
伯爵法廷の臨時開催が迫っているのだ。
封臣の騎士達から選ばれた参審人だが、これは生涯職である。つまり先代伯爵に選任された参審人もいる。ということは、女婿として伯爵の位を継いだ自分に余り好意的でない者もいるということ。
むろん好意的な参審人ばかり法廷に召集することも出来るが、それでは公正さに欠ける。
つまり彼は、スムースに事を運ぶより公正さを優先して、時として失敗して来た男であった。とくに正義の心と言うんで無しに、策略やら強引さやらで押し切れぬ性格なだけだが。
今回の身分確認訴訟は、もう次女が原告を後援していると知られている。次女の母方の祖父が原告の後見人だからである。その次女の母親が、古株の封臣から評判悪かったのである。
ということは、意地になって原告の訴えに反対する者が現れるかも知れない。
落ち着かない原因は明らかである。
自分を攻撃したいか為に反対意見を言う者がいて、それが原告に不利になったらと思うと、申し訳なくて胃が痛い。
ザンドブルクの話では、可成り有能な調査員が証拠固めをして、有力な代言人も付くと言う話だが、大丈夫だろうか?
「ここはひとつ、お嬢さまを信じて、お任せになっては何如でしょう」
ひたすら義父に忠実で自分には辛口だった老執事が、最近なんだか優しい。
「そう・・だな」
どうせ自分には評決を誘導するような能力は無いし、第一それはすべきでない。
騎士の権利は騎士たちが合議で決めるべきで、封主は口出しすべきで無い。
そう信じるツァーデク伯爵であった。
◇ ◇
オックルウィック村。
家々に、いやみな姑と言われた老女らが棄てられている。
「どうしよう。このひとたち、今夜の食べ物も無いわね」
ガリーナ流石に困惑する。
「とりあえずお代官に頼んで、村長の蔵から押収した穀物を放出して貰って、あと兵隊さんの糧食を少し恵んで貰うとか・・」
「それは私から頼むわっ」とヒルダお嬢。
「とにかく此の人たち、一ヶ所に集めて数を確認しましょ」
「んじゃ、運ぶなぁ私らが為ましょうかね。でも、何処へ?」
「村長宅の離れがあるから、差押さえを解いて使わせて貰いましょう。それでその許可は・・」
「伍長さん、ひとっ走りお願い!」
女たち、奮闘を始めた。
続きは明晩UPします。




