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35.追う者追われる者みな憂鬱だった

 北部高原州南端、メッツァナの町。

 南北交易で栄える商都の雑踏から、ほんのひと筋だけ奥に入った袋広場は矢張り未だ喧騒の中だ。

 黒ビールを呷った泡をヒゲ先に付けた黒猫獣人、特大陶製ジョッキを抱えたまま莞爾にこやかに話す。

 因みに是が猫のにやにや顔である。御覧ごろうぜられよ。


「難しいのにゃん」

 取り澄ました雄猫で、些少ちいとも可愛くない。


「そりゃ確かに、妙に緊張してる奴や警戒しすぎの奴は俺ら呼吸を読んでて明瞭ありありと分かるのにゃ。でもアグリッパの町辺りで一端イッパシの冒険者やってるニンゲンは心臓に毛が生えてるからにゃぁ・・」

「そうそう。ここメッツァナみたいな大都市は心やましいヒト多すぎて、有象無象が網に掛かっちゃうから、怪しい奴の数が膨大過ぎて困りまさぁ」

 ヒトっぽい犬獣人も相槌。


「でも・・探すお宝は十有五か其処そこらのお嬢ちゃんなのよ。毛は生えてないわ」

「え! ヒト族の第二次性徴ってそんな遅かったのにゃ?」

「なに言ってるのよ。心臓の話」

 ラリサ・ブロッホ、彼女らしくもなく少々嬌羞はにかむ。

 十二で就労十五で脱見習いレリンク、女子なら適齢期突入が普通の此の世界。彼女、既に十八ほどだが身持ちが堅いというか、ベーニンゲンの町の顔役の娘で男たちが一歩引いているというか、仕事の出来る女で野郎どもを顎で使う親分肌の威勢の良さの所為か、それとも本気で喧嘩したらば男に勝ちそうな体格ゆえか・・顔はそこそこ可愛いんだが・・兎も角、理由は知らぬが浮いた噂が無い。


「そう言えば、姉ちゃんも嫁入りが近いんだったにゃあ。うちのお嬢は二ッつ上で少々行き遅れてるけど、遂に来春めでたく挙式なのにゃ」

「ラリサの姐さんも十中八九は本決まりですよね」

「うーん・・遍歴騎士やってる男爵令息を呼び戻して腰落ち着けさせたい御親族様御一統に結構強くプッシュされてるのよ。でも私って、血筋はともかく行儀作法がもろ町娘でしょ?」

「大丈夫にゃ。うちのお嬢も、お家騒動の渦中はずっと自由市民暮らしだったんでひと皮剥いたら町娘・・いや、軍属やってたから町娘以下なのにゃ。バッテンベルク伯爵が姉ちゃんをお嬢の侍女として連絡係に送り込んだのも、貴族様の皮の上手な被り方を伝授されて来いョ! ・・って含みが有るかもにゃ」

「うん、それは薄々思ってたわ」

 何せ一時いっときは変装の得意な潜入工作員とか、そっち方面のプロじゃないかと彼女を疑ったくらいである。


 実は此の男性絶対優位の世界でしたたかに社会進出したいラリサ嬢、ベーニンゲンの冒険者ギルド長の座を本気で狙っている。

 今のままでは現ギルマスおとーさんの眼鏡に適った入婿が順当に当てがわれて其奴そいつが次代のギルマスだ。昔の彼女だったなら其れでも我慢していたろうが、州都プフスブルの凄腕ギルマスやカルラッヘ商会顧問など錚々たる女傑連中の知己を得た今は、断固『いな』である。


「まぁ、姉ちゃんには御贔屓筋タニマチ多そうだし、大丈夫にゃんじゃね? ガルデリ谷の妖怪婆さんにまで特別目を掛けられてるそうじゃにゃいか」

「妖怪だなどと失敬ですよ」

「妖怪でなきゃ大魔女にゃあ。おれなんて初対面の時は、まじでちびったのにゃ」


 そういう所感も理解わからんではない迫力をもお持ちの御方だが、ラリサ嬢としては侍女役を仰せ付かった時に脳裏に浮かんだのがガルデリ伯爵様に近侍する御局様の姿であって、それが彼女にとっての侍女の理想像であったのだ。あのとき拝領した白蛇型の暗器は彼女の宝物である。

 あれ・・? 普通の侍女と少し違うか?


「にゃは、皆まで言うにゃ! 姉ちゃんもクリクラみたいに肩で風切って歩く女ににゃりたいんだろ?」

 ・・『クリクラ』って、もしかして女男爵ばろねさクリスティーナ様とカルラッヘ商会のクラリーチェさま? ・・法務顧問って言ってたけど、どう見ても裏会頭よね。


「おれとカーニスが協力して、どこぞの元男爵家ご令嬢を見つけ出せば、あんたは夢に向けて一歩前進するんだにゃ?」

「俺ら姉弟とか、ラリサさんに抜擢して貰ったお蔭で詰みかけてた人生にまた道が拓けたんだ。ひと肌でもた肌でも脱ぎますから」

 犬獣人も膝を乗り出す。


「大都市アグリッパの大手ギルドが送り込んで来た一流どころの探索者の上前はねたら、さぞかし気持ちいいだろにゃ」

「俺ら、ラリサさんとこのギルドの所属じゃないけど、ラリサさんがバッテンベルク家から受けた依頼仕事の陣頭指揮を取るんだから、ノープロブレムですよね」

 妙な盛り上がりを見せている。


                ◇ ◇

 旧帝国に侵入して来て今やほぼ全土を席巻している北部人は、種々雑多な部族に分かれているが、一応ちゃんと言葉も通じる同一民族。いや、ちゃんと通じているか如何どうかは若干微妙だが、人として生きる掟は相互通用している。

 強盗より窃盗の方が罪が重いと言うのは、他民族には理解し辛いかも知れない。こそこそ犯す犯罪の方が、より恥づべき犯罪なのである。彼ら基本的にマッチョな民族であった。

 此処ノビボスコの町の辻。

 馬泥棒にまで零落おちぶれた元騎士ハインツ・フォン・クンツェルドルフ、通称宿無やどなしヒンツ、当然に縛り首のところ一命を取り留めた。嘗てノルデンフォルト騎士団の同僚だったレッドが、保護司のような役割を押し付けられたのである。

 レッド、なんだか仕事がどんどん増えていく。


 という訳で増殖し続けるレッド一行らも中に入り、『かわます』亭今夜は大繁盛である。


「俺は元々、南部に行って色々と情報収集をする仕事を、とある筋から引き受けてたんです。ところが途中で駆け込み寺に行く某令嬢の護衛を押し付けられ、ついでだからと発心したお嬢ちゃん旅路の仮保護者も依頼され、今度はハインツまで増えちゃった・・」

「他人から頼られるのも貴殿の御人徳でござりまする」

 メーザー師しゃあしゃあと言う。


「師は南部教会の修道騎士団に居られたとのこと。有り体に申し上げちゃいますと『南部で魔王が復活した』と言う噂は、嶺南州のお家騒動が決着して、ガルデリの伯爵様が統一なさった事を象徴的に言ってるんですよね? ・・多分」


「ガルデリ伯爵家というのは、何でも・・旧帝国が国難の折りに異国から召喚した東方の戦闘部族が淵源とかで、敵をじゃんじゃん皆殺しにするんで有名でしてな。激し易く血の気の多い南部人とうまが合ったというか、嶺南地方に根づいて久しい御一族。『魔王』という形容は昔から割りと普通に言われておじゃる」


「それってまずく無いんですか?」

「いいえ、異教徒だった彼らを改宗させた昔のエルテスハバール大司教が、主への信仰に抵触せぬ古い慣行や生活習慣を寛容に認める協約を結びましてな、今日でも二分二至のお祭りに何だか分からない儀式をやりますが『異教じゃないぞ』認定を出しておりまする。嶺南の衆らも『魔王』という言葉は『凄いぞ強いぞ』くらいの軽〜い意味で使いまするぞ」

「いや、南北で随分と感性に差がありますね」

「もともと民族が異なりまするし。拙僧、母方は南部の血が濃ゆいので両方ともにワカルといえばワカル」


 レッド自身、北部でも改宗の遅れた地方の出身なので、神と魔の二極対立という思考が北部人の土俗信仰由来であり本来の聖典には無いのを知っている。南部人にとっての魔族とは、神の使徒の中で損な憎まれ役を割り振られた苦労人に過ぎないのだ。南北で宗教観に結構なズレが有る。


「教会の主流派らが『南岳教団は力が欲しくて南の野獣を飼い慣らしてる』などと謗るのは・・」

「異教徒と血を流して戦って来たのは我ら御堂守護の修道騎士団そうへいでござりまする。異端だとか何とか言っては身内の足の引っ張り合いにかまけていた人々に言われとう御座らぬ」

 メーザー師、少し侍言葉が出る。


「やっぱり『魔王復活』なんて噂は教会主流アヴィグノ派の流した煽りなんでしょうか?」

「まぁ・・十中八九は左様。ガルデリ伯爵が陛下から御旗ファーンを賜ったのでアセったので御座りましょう」

 国王から錦の御旗ファーンを賜るのは君侯プリンツの証。大公とも同格の正三位せうさんみである。

 王都では王党派と教会勢力が冷戦状態。強大な僧兵集団を擁する南部教会が王党派と蜜月なのが教会主流派にとって脅威だ。南の野獣が嶺南を統一すれば、脅威はいや増す。

 だいたい此処まではレッドの読みどおりだ。


「それで、大魔女の復活という話も有るんですが・・」

「あ! それわし知ってる!」

 意外な方から声。

 街の自治体役員ガーバー氏が割って入る。

 大分きこしめし酩酊している様子だが、大丈夫か?


「大魔女、復活したんだっれさ。これマジな話」


 ・・大丈夫か?


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