265回用蘊蓄
蘊蓄回です。
《265回本文 1》
太陽と月が直列する周期と、二至二分の循環サイクルで暦を作る。
《本文ここまで》
「太陽ー月ー観測者」の直列で新月(天文上の『朔』)が発生する。
新月〜新月のサイクルで太陰暦の一ヶ月が決定される。
「二至二分」は冬至・夏至及び春分・秋分。
古くはこの冬至〜冬至のサイクルで一ヶ年としたが、のち立春〜立春(旧暦)に変わった。
冬至〜冬至の方が原理的には、真夜中〜真夜中で一日を定義しているのと整合性がある。
クリスマスは、元来は冬至の祭り。
この二つを調整して太陰太陽暦が作られた。
《265回本文 2》
第一ターン十二歳は、法定就労年齢と、女子の婚姻可能年齢の下限。ここからは子供も法的責任を負う。
《本文ここまで》
未成熟児童(十二歳未満)は法の処罰を免れ、親権者が責任を問われた。中世の少年法。
女子の婚姻制限は第二次性徴期を配慮したもの。
六三三制に酷似して、厨房未満(十二歳未満)とそれ以上の間に大きな壁がある。
ギルド自体に『十二歳で就労し、概ね三年間は見習い』という職業訓練校的な機能があるので、概ね十五歳で職人というのも中卒就労に似ている。
貴族も同様で、小姓(複数を上級貴族家住み込みの形で集団的に基礎教育)〜従騎士(マン・ツー・マンで職業訓練)という教育を受ける。
皮肉なことに、徴兵された若者の受ける軍事教練が、後世の学校教育に最も近かろう。
ちなみに日本における活版印刷の草分けが、大鳥圭介の手がけた歩兵用教科書である。
《265回本文 3》
「エルダっち、最後は何て言われてプロポーズ受けたわけ?」
「『へスラー伯爵未亡人になる気はないかね?』って」
「それ、洒落たこと言った積もりなのかな・・」
《本文ここまで》
元ネタは「コダーイ未亡人になる気はないかね?」
ハンガリーの作曲家Kodály Zoltánがプロポーズに使った台詞として有名。
76歳のとき19歳の女性と再婚した。
少なくとも50歳ころの写真では可成りイケてるおぢさまだった。
《265回本文 4》
「玉門を度るまいぞよ春の風。一緒に渡れば怖くないない」
「えっちな話なのか」
《本文ここまで》
「春風不度玉門關」
王之渙(唐)『涼州詞』より。
甘粛省敦煌市近くにある関所であり、別に「えっち」でない。
《265回本文 5》
" 玉門陽関これ都尉おはします ♪ "
" 険しきを設け固きを作り 閑邪正禁ずる所以の者 ♪ "
《本文ここまで》
玉門関と陽関は西方の守りとして並び称せられ、都尉治所が置かれた。
詞は
「関所以限中外、隔華夷、設険作固、閑邪正禁者也」(舊唐書職官二)から。
ぜんぜん「えっち」でない。




