265.柳色新たでも憂鬱だった
太陽と月が直列する周期と、二至二分の循環サイクルで暦を作る。
これが基本だが今一つ、木星周期十二年の暦。
これは寧ろ、ひとの人生と関わりが深い。
第一ターン十二歳は、法定就労年齢と、女子の婚姻可能年齢の下限。ここからは子供も法的責任を負う。
第五ターン六十歳は、成年後見人を置ける年齢。定年というものは無いが、広く一般に隠居する年と思われている。
この間の四ターン四十八年間が、概ね男の活躍時期である。
古くは、第二ターン二十四歳を成人年齢としていた時代もあったが、三年遡った二十一歳で成人とされて久しい。
飽くまでも一般論だ。
権力者はいつまでも隠居を拒み高い地位に居座るし、子供はもっと幼いうちから働かされる。
だが、ヒトという生物のライフサイクルは、時代を超えて萬古不易のようだ。
この、ひとターン十二年を三掛ける四に分けて、お節句のような節目がある。
十二歳で就労し、概ね三年間は見習い暮らし。十五で一端の職人となって、三年頑張ると職人頭。もう三年して成人したら、親方株を貰って嫁を貰って・・という時代は、実は過去のものだ。今は三十路で親方になれれば上等。多くは一生一介の雇われ職人のままで、自分の店を持てない。
それは『親方』が都市での地位となって若者を拒んだからである。
こうして、嫁を貰える年齢が高くなり、初婚男女の年齢差は十年前後まで開く。
一般的な女性の適齢期は第二ターンの第二四半期、即ち十五から十七歳のまま。男性の平均的初婚年齢が三十手前くらいとなる。
結納金相場は高騰し、いっそ生涯独身で遊べば良いという男と行かず後家が増え正式の夫婦でない家庭も増え、社会が変質した。
しかし、どの世界にも例外がある。
◇ ◇
アグリッパの町、侯爵邸台所。
適齢期入り口の女中娘、洗い物の手を止めて、雑談に興じる。
「エルダっち、最後は何て言われてプロポーズ受けたわけ?」
「『へスラー伯爵未亡人になる気はないかね?』って」
「それ、洒落たこと言った積もりなのかな・・」
「そう? 割りとグッと来たもん」
「そのあと為てました」
またも妹に暴露される。
◇ ◇
アルトデルフト修道院、別棟の屋根の上。
傭兵ヘルマン酔い覚ましに独り月を観ている。
「なんだか此所んとこ『薄氷』の日々だなぁ・・」
危ない橋のニ連発であった。
先の方は、非正規依頼が舞い込んで仕舞ったこと。俺の所為じゃない。所為じゃないが、完遂して終って居たら只では済まなかっただろう。
不発で良かった。
依頼主側の凡ミスに救われた感じだ。
事故死にせよ自然死にせよ、ともかく故意の被殺に見えないよう始末するという依頼要件ゆえ『技術』は要求されるが、対象が身柄拘束済みなので手間もリスクも少ない、という話だった。
結局のところ、部屋の掃除だけして帰って来たが、潜入工作で下男に化けるなどお手のものだ。
せっかくだから掃除もきちんと仕事した。
キャンセル料と別に、下男の仕事相当の日給を頂いた時は笑った。
俺も、不注意に仕事を受けちまった連絡員も、非正規受注について処罰が事実上無かったのは、監査人が優しかったからという訳ではなく、『特殊依頼』する為の割り符を回収しなかった昔の上層部の責任を重く見たからだろう。
十数年も前の失態だ。当時の責任者がもう故人だったのか、もっと偉くなってて譴責出来なかったのか、それは知らない。
俺はいろいろ運が良かった。
「待てよ・・。あの後始末って、あの監査人が済ませたんだよな」
そうだ。流出した割り符の回収も、あの人がした筈だ。
俺に関係ないから深く考えて無かったよ。
・・そうだ。『ツァーデク伯爵夫人が水死してた』って、それか。
「可怕いな、うちの組織・・」
◇ ◇
コリンナ代官所。
「許可」
「お代官、未だ何も説明してないんだけど」アナ・トゥーリア困惑。
「いや、それで行こう」
気が早い。
「暴動を起こして勝手に死んだ村民ども、法的人格剥奪刑を宣告したから所有地も没官決定だが、村長は生きてるから未決囚。と言ってガリーナ・ゴドウィンソンに財産を相続させるのも横並び上道理に合わん。だろ?」
「まぁ、そうですね」
「それで財産を没官の上、ガリーナから簒奪していた被害相当額を公的補償として彼女に下賜、残りを福祉目的に限定した村有地にする。いい案じゃないか?」
「まぁ、良いんじゃないですか」
「収容する者や世話する者の人選は村長にやって貰おう」
「村長って、もしかしてガリーナのこと?」
「対抗馬、おらんだろ? 身分的にも腕力的にも」
腕力の要素は大きそうだ。
「それで良いだろ? 未来の領主さま」
「・・え? わたし?」と、ヒルダお嬢さん。
当面のあいだツァーデク伯爵が男爵位とダブル・タイトルになるとして、先々はお嬢が男爵夫人か女男爵か、そんな展開になりそうだ。
「んまぁ、良いんじゃない?」
かなり安易に決まって行く。
「あとは没官した土地を小作人や高原州難民の労働力に応じて、今後どう分配して行くかですね。この際だから、昔からの因習で残っていた下人達も賃労働者にして上げては何如です? 同じ神を信ずる者同士の中に主人と奴隷が居ることは教会の忌むところですから」
黙って聞いていたトルンカ『司祭』が水を向ける。
教会で万巻の書に埋もれて育った彼が寧ろ古典古代の特異な思潮に染まっている事を、今は言うまい。
「まだまだ仕事が有りますなぁ」
お代官唸る。
「略奪事件も暴動も有ったが、うちの部下は殴られた程度だ。罪ある者らは知らぬ裡に北海の底へと消えました。このまま誰も吊るさんで良ければ幸いだ・・」
「どうしますアロイス村長は?」
言うて呉れるなという目で『司祭』を見る代官。
「状況の急変に着いて行かれんのか、既う悉皆り呆け老人です。このまま地下牢で衰弱死されても寝覚めが悪いし、かと言ってあれを吊るすのも・・」
「見せしめに殺すにしても、見せ付けたい相手がをりません。殺せば無駄な殺生な気もしますし、生かせば無駄飯ですね」
司祭、無駄に莞爾々々している。
「救貧院を作ったら、囚人枠でひとり収容するのは、どうでしょう?」
ガリーナ言う。
◇ ◇
深夜のアグリッパ、侯爵邸の台所。
「具さに拝見してをりますと旦那さまとへスラーさま、お使いになる閨房術が恰も同門かと。まこと、お若い頃から一緒に遊ばれた兄弟分という風情です」
「妹ちゃん観察が冷静だなぁ」
「それ、同門で修行したって事かな。いいけど」
「同門って、なんだそれ」
「お若い頃、妙齢の同じご婦人をお相手に御修行なされたのではと惟ふのです」
「アントンは、『人生二回結婚』主義ってやつ、知らない? 若い頃に歳の離れたお相手から色々と教えて頂いて、年を経たら若い子に色々教えてあげるの」
「お前、そういうの狙ってんのか」
「いや、わたしがそう望んでる訳じゃなくて、そういうコース来ちゃったかなって不図思っただけだもん。
「いやまぁ・・どんな人生選ぼうと、そりゃ本人の自由だけどな。同門って・・」
「だから、同じ門。おんなじ女のひと」
「あれか」
「玉門を度るまいぞよ春の風。一緒に渡れば怖くないない」
「えっちな話なのか」
姉妹、歌って踊る。真夜中なのに。
" 玉門陽関これ都尉おはします ♪ "
" 険しきを設け固きを作り 閑邪正禁ずる所以の者 ♪ "
「あっと不可ない。奥さまがお果てになる頃合いだよ。ネリサ、冷たい飲み物っ」
「唯」
◇ ◇
オックルウィック村、早朝。
広場で朝の祈りを捧げる三人の修道士。一人はフラミニウス助祭である。
後ろに十家族揃っていた。
続きは明晩UPします。




