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264.初老良くても憂鬱だった

 アルトデルフト修道院の岡の上。

 見下ろすヨードル河口の向こう岸遥か、北海州の半島の影に落日。


 院付帯施設の談話室。

 傭兵ヘルマン、いつもの強めの黒麦酒を呷る。


「ぷはっ」


 背後に気配。

先輩ぱいせん?」

 男、ぐるり廻って卓の向かいに掛ける。

「先輩がくれた情報のお蔭で首の皮一枚、危ないところで生き延びましたよ」

「重畳だ」

 彼も一杯呷る。

 この黒麦酒どちらかと言うと、ちびちびるものだ。呷っては不可いけない。呷ると結構酔う。


「折角だから、うひと情報やる。旧パシュコー男爵邸が代官所になってるだろ。あそこに南から来た修道士さんが居る」

「南岳っぽい僧衣の人、居たって聞きました」

「絶対に手を出すなよ」

やばい系・・ですか」

「『出せば死ぬ』系だから」

可怕おっかな!」

 ヘルマン、もう一杯呷っちゃう。


「何処の何方どなたさま?」

「お前だから言うんだぞ。絶対に拡散すんなよ。南の超大物の片腕クラスだ」

 ・・つまり『暗殺しに行ったら返り討ち喰らう』ような戦闘力的にやばい相手って言うより寧ろ『怒らせたら、ウチの上の方が俺の首級持って詫び入れに行く』的なやばさな訳か。

「心しときます」


 ヘルマン、傭兵とは言っても喧嘩専業でなく、潜入や調略を事とする特殊部隊の出身である。装甲騎兵パンツァーの突撃大好きな東方修道騎士団の不得意分野をカヴァーする外部協力要員というわけ。

 彼の先輩氏も荒事からは足を洗い情報屋に転身しているし、まぁ出来れば切った張ったの人生からは早く引退したい。そんな自分に天から降って来たような幸運が舞い込んだかと思ったのだが、甘かった。

 まぁ、女に手を出す前で良かった。


「男爵とかは夢としても、入婿騎士に成れてたら御の字だったんですけどね」

「お前さんが騎士団の仕事メインなのは上も知ってるんだから、アグリッパ寄りの人脈で固めたい御依頼筋のお覚えは良くないさ。自分とこの組織こんゆらに始末はされたく無いだろ?」

「最近そんなの多くてほんと困りますよ。連絡員が正規ルートじゃない仕事請けて来ちゃって、あんときも間一髪だったんですから」


「正規ルートじゃない仕事?」

「『特上御得意様』の逝去後も『特殊依頼』の割り符が回収されてなかった事案。連絡員、依頼主が合言葉を言わなかったのに割り符だけで契約しちゃって」

「その連絡員、どうなった?」

「『特上御得意様』ご逝去の時点で割り符回収を徹底しなかった上層部も悪いって監査人さんの両成敗判定で・・厳重説諭と配転で済みました」

「お前さんは?」

「仕事前に『発注者都合で契約解除』って整理んなってお咎め無し。いや、ほんと間一髪」


「仕事前に解約?」

「これも偶然の神助です。依頼主が標的を物置に監禁して、俺は現場で『物置きの中を片付けろ』と命令された。それが依頼主側の内部連絡ミスで、標的は物置きに居なかったんです。俺は物置きの中を片付け掃除して帰りました」

「なんだそりゃ」

「新人の下男と間違えられたのかなって。ははは。下男に化けてましたから」


「お前さん、それ・・『片付けろ』って命令したの、ツァーデク伯爵夫人だろ」

「ッ! 何故それをッ!」


「物置に監禁されてたのは、先妻の産んだ跡取り娘だ。お前とすれ違いで脱出してスールト侯爵のところへ逃げ込んだ。今の侯爵夫人だ」

「げげげ」

「ツァーデク伯爵夫人は、城の地下から通じる秘密の船着き場で水死してたとさ。お前さん、ほんとに間一髪だったな」


「で、伯爵は?」

「侯爵の御覚え目出度いみたいだぞ」

「人間関係って、よく分からんですね」


「ああ、上へ行きゃ行くほどに、な」


                ◇ ◇

 オックルウィック村、広場。

 晩祷が終わって人影も疎ら。

 ちらり灯りが見えると思ったら、麦酒醸造農家ビアゲルデン直営の立ち飲み屋だった。一緒に来たはずの呑んべい二人、引き寄せられるように行ってしまう。


 アナ・トゥーリア見回すと、教会と呼ぶのは少々無理な祠の横にある在家信者の老寡婦の小屋に、女が数人集まってフラミニウス助祭を囲んでいるのを見付ける。

 死角から忍び寄って聞き耳を立てる。


 ・・あの家のおばあさんって身分的には何なんだろう? 地主階級の子供たちと別居してるとかかな。それとも小屋こてえじ住み農家の分類だろうか。まぁ土地没収組じゃ無いだろう。・・といい。


「だからコルンテンの大刀自が動かないんです。意地になってると言うより、もう長旅が無理なお年なんですけど」

「高齢者ですか・・」

 助祭渋面。

 ・・他の家にも当然居ましたよね。置いて行ったのでしょうか。でしょうね。『再嫁先斡旋します。里子可』と勧誘したのですから。

 正直のところ任務に手一杯で、そこまで考えていなかった。


「元気も元気よあの人! お屋敷に金目の物漁りに行った時なんて、ありゃ十代の身のこなしだったわよ」

「流石にそれは言い過ぎでしょ」


「行くにせよ、残るにせよ、誰が面倒見るわけ?」

「息子二人は帰って来ないし、嫁は孫連れてとっとと逃げました」

「これまで何人いびり殺したかって、みんなが指折って数えてるよな婆さんだよ。あたしらも本家だからって従う義理ゃ今更ないさ。放っぽって出てこうよっ」

「わたしも、やっぱり・・あの人が一緒じゃ嫌です」


「ダメっぽい・・」聞いていてアナ、頭痛がして来る。


「お坊さま・・救貧院とかご存知でありませんの?」

「う・・拙僧らは荒行あらぎょう苦行を積む修道院でしてな・・」

 歯切れの悪いフラミニウス助祭。

 満更嘘でもない。荒行あらぎょう苦行を積んで神に捧げる聖戦戦士とも言えるのだから。


「・・(これはお代官に相談すべき問題だな)」

 外で聞いているアナと同じ結論に達する。


                ◇ ◇

 と、そこへ手を叩きつつ大きな声。

「無けりゃ作れば良いでしょうっ!」

 並みの男より上背のあるガリーナが威風堂々と登場した。


「村長アロイスの土地から上がる収益を全部ぶっ込んだなら、年寄りくらい幾人も養えるわ。後、専属の働き手をどうするかは次の村長に決めて貰う。器量と健康に自信のある女は心置きなく東へと嫁入先探しの旅に出るといい。お坊さま、それで良いでしょ?」

「お・・おう」

 ガリーナ男前である。


「村長は、あの責任取って財産お召し上げでは?」

「それを『慈善活動のため、村の共有地にお下げ渡しください』ってお代官さまに陳情するわっ! やってみせる」

「コルンテンのお婆婆さまは・・」

「あたしが殴ってでも殊勝な態度にさせる。怨み骨髄なの人も納得するくらいに躾けてやるわ。村人に投石で殺されるよりマシでしょ」

「あの方も、もっと怖い鬼婆には逆らわないかも・・」

「誰が鬼婆? あたし未婚で成人前よっ! ・・かろうじて」


 そのうち『北海の金髪鬼』という渾名アダナが付きそうだが『北海の債鬼』より多少は良いか、と見ていて思うアナ。


                ◇ ◇

 アグリッパ、侯爵邸台所。

 奥様女中セルバパドロナのエルダ、夕餐後の洗い物中。


「なぁエルダっち・・」

「なぁに」

「お前さぁ、へスラー様とう初夜済んでるって、ほんと?」

「うっぷ」

いや、ホラティウス司祭さまに聞かれたんだ。お式の進行上いちおう事実関係だけ把握しときたいって」

「いやその、あれだよ。お兄ちゃん達がまだ求婚して来るから、もう左右そういう事にとこうって」

左右そういう事にといた訳か」

左右そういう事為てました」

 妹に暴露される。


「イヤその・・毎日その、奥さまのその、見てるしぃ・・むらむらしてた。今は後悔して・・ない」

「いやいやいや、別に責める話じゃなし、司祭さまも『超特急で日程詰める必要の有りやなしや?」ってレベルのご質問だし」


「わたしは、政略で老人に嫁がされるとお嘆きに諸姉にもの申したい。『初老結構いい』」

 

 エルダ、割りとすぐ調子に載る。




続きは明晩UPします。

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