263.すっぱり手を引いても憂鬱だった
昨日は、体調不良で更新さぼりました。今は元気です。
アグリッパ、侯爵邸の台所。
「わぁ! お兄ちゃんたち、なんていい子なのぉ。感動しちゃったっ」
まぁ年齢的には兄だけど、義理の息子なへスラー兄弟のこと。
サプライズのプレゼント構想が受けている
「エルダっち、知ってたのか」
「うん! 『御隠居の侘び住まい』じゃ済まないからってホラティウス司祭さまが仰ってぇ・・クレアさんのお母さんが立ち退き交渉担当なさって、お金は奥さまの御実父様が支払い済みだって」
・・御実父様って、あの迫力あるお方か。
「旦那さまは?」
「警備上の極秘事項だもん。御夫妻ともご存じないよ。私たちはお侍さまのごはん作るから知ってた」
「知らぬは僕だけ・・じゃ無かったか」
一寸ホッとするアントン。
「此処だけの話にして、立ち退きの事、アントンが話つけたことにしちゃおうよ。正式にへスラー伯の所有って事にすれば、伯爵家の騎士たちも詰められるし」
「うん、まぁ左様だなぁ」
・・確かに奥さまの御実父様が手を回してる話にしない方が良い気もするし・・いや、抑も実父って話そのものが秘密だったよな。
特に何もしないで功績だけ出来ていく俄か執事。
◇ ◇
コリンナ代官所。
些か心配顔のアナ・トゥーリア。
やはり、トルンカ『司祭』の含み有りげな言い方が気になる。
「ねぇガリーナさん、正直どう思う?」
「心配は心配ね」
「だよね」
「アロガン親父は自分がチヤホヤされたいだけの人。今さら肩持つ訳じゃないけど好きこのんで他人を傷つけるタイプじゃ無かったわ。高飛車に踏ん反り返ったかと思うと大盤振る舞いして媚びたり、下手糞なりに調整してた。でもねぇ・・」
「取り巻き連中は不味かった訳ね」
この病気は、悪化しながら伝染する。
人間とはバランスの取れた生き物である。上に不要な阿諛使った分だけ下に対し傲慢になったりする。
つまり中間の者が下に酷い。
「どう見たって同じ自由人に接する態度じゃなかったわね。なのに後ろ盾さっぱり無くした後んなって下手打ったら・・怖いわ」
「投石で殺されるって怯えて何十家族も逃げたのに、敢えてまだ残ってて、それで下手なことするかしら」
「さあ、わかんないわ。人間ってたいてい自分が思ってるより馬鹿だから」
「上手いこと言う」
「んでもね、もう事件とか、なんにも起こらない方がいいわ。今までなら『不肖の短足二代目ばかやって北海の魚の餌』って笑われて済むけど。これから何かあればツァーデクのお嬢にも、あたしにも傷んなる話だもの」
「傷?」
「『けっこう賢婦の家付き娘』で売りたいのに、領地経営の初手で躓いたら・・」
「躓いたら?」
「お婿こなくなっちゃう」
「そこかぁ」
アナ、笑う。
すると大広間の方に人の気配。
「誰か来たのかな?」
二人、物見高くも覗きに行く。
◇ ◇
大広間、フラミニウス助祭が来ている。
お代官、合掌に合掌で応える。
「婦人や子供らの旅路が安寧でありますように」
トルンカ司祭が祈ってあげないから、お代官が祈った。当の美男司祭、こそこそ覗いている。
「よその宗派の方にはお会いになりませんの?」とアナ、脇腹を突く。
「直接対面は刺激が強いので、当面は姿ちら見せで吝嗇致します」
言ってぺろりと舌を出す。
「我らが騎士団領内の街道上でござりまするし、非武装ながら修道騎士が五名随行致しおります。医薬に詳しい者も含みますれば、旅路に懸念はござりませぬ」
「行き先はだいぶ東の方で?」
「前線には近くありませぬ」
「出立せなんだ村人は、如何な具合で?」
「見知らぬ土地への移住には不安もござりましょう。急き立てるでなく、今すこし懇ろにお誘い致す所存」
「あと十家族可りは頑なだってことかな」
「んじゃあ別口から脅かしやすかね? 私の相棒、派手な向こう傷の大男で見た目可怕いでやんすから。イヤ、見た目だけ」
後ろから小男の騎士。
「お代官、そういうの嫌いっぽくない?」
「うむむ。確かにあのおひと、文官さんっぽいでやんすねぇ」
「ああ、代官さま、団の人に『お願いします』って言っちゃいましたよ」
「んじゃ大人しく待機するっす」
フラミニウス助祭、合掌の礼をして辞去する。
◇ ◇
助祭、代官所の丘を下り、オックルの村へ向かう。
村の入り口辺り、倒木に腰掛けた修道士ふうの男が独り待っている。
「如何でした?」
「あのかたは、騎士らしからぬ柔和なお人です。脅して追い立てるとか、そういう言葉は一切出て来ませんでしたよ。逆に、出立した一行の安否を案じておられた」
「まぁ、私でも気になりますけどね」
「単身の者たちが家庭の安らぎを求めているような、そんな温和な空気の開拓村を紹介する予定です。まぁ・・できるだけ」
「むしろ、オンナホシイイッってぎらぎら眼の集落のほうが優先して対策必至じゃありません? 異端村の女とか攫ってきて絆されて、逆に異端に教化されたりとか洒落にならない」
「異端は優先的に討滅してます」
「改宗させる前に殺しちゃうから人手が足りなくて困ってるんでしょうに」
「前線寄りの管区にかぎって気の短い分団長が多いのです・・原因と結果が逆かも知れませんが」
フラミニウス助祭、ちょっと溜め息をつく。
「ともかく、あと十家族ほどです」
「代官所が『硬』で此方が『軟』とか、棲み分けてくれた方が楽なんですがね」
「致し方ありません。『軟・軟』でメリハリ付かぬが、今ひと当たりしましょう。夕べの祈りまで時間を潰しますか」
「わたしは『御落胤お嬢さん』を訪ねていた時の顔を見覚えている者がいたら事が面倒なので、先に帰っちゃ駄目ですか?」
「・・いいですよ」
フラミニウス助祭、また溜め息をつく。
修道士ふうの服を着た傭兵ヘルマン、先に帰る。
◇ ◇
ヘルマン、村域を離れて馬を隠してある林に分け入ると、修道士ふうの出で立ちを改める。
この世界、修道士が馬に乗っては不可いのである。主は驢馬に乗って御出だった故に、という理由。
だが修道騎士は当然ながら馬に乗る。
へんな世の中だ・・と思いつつヘルマン、馬に跨ってアルトデルフトへと帰る。
「短かい夢だったなぁ」
傭兵仲間で貴族出身者は珍しくない。というか、戦乱で御家が潰れたら親類筋の家来になるか傭兵になるか・・あとは首級になるかである。
ヘルマンは男爵家六男に生まれたが母が格下の後妻、所謂『卑母』であったから兄達からの扱いは良くなかった。いや、悪かった。どのくらい悪かったかと言うと小姓として行った負け戦で、首のない兄の遺体を回収したときに、思わず伝統芸能『天罰覿面踊り』をしたくらいである。
今回、騎士団から来た話には心躍った。
某男爵家の『御落胤お嬢さん』に接近して婿に収まれば、身分確認訴訟のための証拠集めを騎士団が密かに支援するという話である。
むろん騎士団の第五列として東マルクの侯爵家に仕官するという事だ。
正直、ちょっと有頂天ですら有った。
あの話を聞く前は。 *第五列:quinta columna=スパイ
あの話とは、無論あの話だ。
傭兵の裏シンジケート情報で、他でもない東マルクの侯爵夫人が件の某男爵領を自分の実家のものにする気満々という話。
そう聞いて終うと容易に想像がついて仕舞う。
そう。『某男爵一家全員突然失踪』事件というのが誰の仕事か。
そう。うちの組織だよ。
そうは言えないから馴染みの助祭どのに一言『仕切り直し』と進言すると、当の助祭どのも『ぴたり』とこの話をしなくなった。騎士団にも騎士団のルートで何か情報が入ったんだろう。
黙然と沙汰止みである。
馬だと早い。もうアルトデルフトの街が見えて来る。
続きは明晩UPします。




