262.する事なくて憂鬱だった
コリンナ代官所。
オックル村から旅立った女子供たちを見送った彼のトルンカ『司祭』、あんまり優しくない。
優しいのは寧ろお代官である。
「彼ら、東方植民の開拓村まで無事に着けるといいな」
「それは心配要りません。必要とされている労働力なのですから東方修道騎士団も粗略にしますまい。奴隷商人なら輸送中の陶壺が半分壊れても歩留まりを気にする程度でしょうが、修道士はものを大切にします」
「いや、人だから」
「しかしハガルと息子イスメルが荒野に追われて死の危機に瀕したとき、神は是を救われました。われら修道士の中にも之を以て善哉とする者と、『奴隷女と庶子が荒野に追放されるのを何故に神は容認されたか』と問う者が有ります」
「母子に罪があったからだろ」
オッファのアベラルドが口を挟む。
「罪とは、庶子を産んだ奴隷女が女主人の前で傲慢であったことですか? 庶子が嫡子と一緒に遊んだ事ですか?」
「司祭さん、あんた・・審問会ぁ怖くねぇんか?」
「その審問会にも悪魔の代理人がをりますからね。より深くに在る真実に迫る為のロールプレイングですよ」
「暴動参加者の遺族が罪びとだと言う可きのか?」
お代官渋面で問う。
「いいえ、罪なき者が石を投げることでしょう」
ジロラモ書記官おづおづと口を開く。
「一家の大黒柱を失った妻子たちが、今までと同じに小作人を使役できなくなれば生活はできませんよね?」
「そうですね」
「小作人たちは、暴動にも旧男爵邸略奪にも参加していません。追及されるような罪は犯していない人々です」
「そのとおりです」
「つまり・・」
「さて棄民第一陣が出立して、残るはあと十世帯ほどですか」
トルンカ『司祭』が "のんしゃらん" と遮る。
「血腥いのは厭だなぁ」
アナ・トゥーリア、つい声に出て仕舞う。
「それより凛々しいお嬢さん、見たでしょう? ブルサ草の生えてた馬具屋跡」
「見ちゃったわ」
「朽ち果てた水車小屋は?」
「それも見ちゃった」
「崩れたパン焼き窯の跡は」
「それも、ぜーんぶ見たわ。ぜーんぶ」
「ねぇお嬢さん・・この村って、インフラが壊滅してませんでした?」
「ここの村って割りと都会に近くって、行商人が何でも持って来ちゃうんだよね。割高だけど」
頷く『司祭』。
「地主たち、小作人を顎で使って農作業させる他は、何をしてたんでしょうね」
「立ち飲み屋やってるビール醸造農家見かけたくらいだな」と某呑んべい。
「領主は余計なこと以外なにを為てたんでしょう」
「そりゃ・・内緒なはずの母親ん家探し当てて金せびりに行って、町の警部に拳骨喰らって借金だけ作えて帰って来るとか・・あ、こりゃ屑倅か」
「小作人たちは言い付けられて黙々と働く他は、何をしてたんでしょう」
「多分、思う所ある人は町に行っちゃったんですよ。その方が稼げるし、手に職も付きますもの」
次は、ぼーっと未だ何か食べてるヒルダお嬢さん、突然振られる。
「あなたが急に『この領地を管理しろ』と言われたら、如何します?」
「えっ! むぁたし? えっと、えーっと・・もぐ、行商人から税金とって専属に抱え込んじゃうとか」
「いいせん行ってますよ。 お代官におねだりして『ねぇ、私にやらせて!』って言ってみたら何如ですか?」
「司祭さま、煽んないで下さいよ」
代官、眉を八の字。
「お父上も褒めて下さるかも知れません」
「ちょっとぉ煽んないで下さいって・・いや、うちのお嬢って、そういうの意外と上手いかも・・」
丸め込まれるお代官。
◇ ◇
北の原野。
バグパイプ吹きの先導で、女子供たちの集団が行く。
後ろを、長槍でなく旗印でもない黒い十字架を掲げた白衣の修道僧が五人随く。
「お母さん、わたしたち、どこまでいくの?」
「ずっと、ずっと先までさ。世界の果ての近くまでさ」
「そんな遠く?」
「そこには乳も蜜も流れては居ないけれど、母さんをお嫁にしてくれる人がきっと居て、きっとお前たちのことも可愛がってくれるとお坊さまが仰るから、これから旅がつらくても我慢するんだよ」
母子らに幸多かれと祈ってやれよ『司祭』さま。
災い少なかれ、ではなくて。
◇ ◇
アグリッパの町、侯爵邸の台所。
アントン問い詰める。
「エルダっち、お前って女中しながら伯爵夫人やる気なのか?」
「旦那さまも奥さまも、バイトおっけー了承済みだもん」
「バイトで伯爵夫人やるのか・・」
「ダーリンもいいって」
「『ダーリン』って・・お前」
「『パパ』が却下になったんで『ダーリン』に決まりました」
「『パパ』は、そりゃ却下だろうなぁ」
「息子たちが『やっぱり俺の嫁』って蒸し返すから駄目だって」
予想外の理由だった。
「しかし、現役で冒険者登録してる伯爵夫人って初めてじゃないのか?」
「女男爵さまなら存じ上げてます。有名なS級賭博師。カルタ勝負で大きなお城を取ったって伝説の女だよ。嘘だけど」
「嘘なのか」
「ほんとは熾烈な政治闘争で、従弟推しの実の祖父を隠居に追い込んで城主の座を奪ったんだって。ちょっと人聞き悪いから賭けで勝ったことにしてるとか」
「んまぁ、その方が冒険者っぽいよな」
「んでねっ。そのお城なんだけど凄い地下迷宮が有って金銀財宝が・・」
急に黙ると思ったら、彼女のお祖父さんが現れた。最近『執事』業のお師匠様と仰いでいる。
「ん〜。最近これが結婚すると言うので、君かと思って少し喜んでいたのですよ」
「すみません。実力不足で」
ヘスラー伯、怒涛の押しで実力を遺憾なく発揮なさった。
「そういえば、ちょっとご相談したい事が有るのです」
訝るエルダを後目にアントン、高家の執事然とした白髪の老人と別室に消える。
◇ ◇
聖コレーナ・ダストラの施療院。
事務服の聖職者らしい男、いい含めるように言う。
「きみも怪我人で具合も決して良くはないのだから、無体な事はしたくないのだが此処は救貧院ではないのだから住み付かれては困る」
元冒険者カシュパー、尻の槍傷が化膿して糜爛気味。治癒が覚束ない。
慈善宿では『巡礼者でないので趣旨が違う』との名目で宿泊を謝絶されているが実際は枕探しの被疑者として既に排除対象である。
医療行為は施しても良いが宿泊は不可と、遂に引導を渡された。
怪我人なりに出来る労働をすれば良いのだが、一度楽して口先だけで食うことを覚えた体が堪え性を無くして終った。
「町に行けば何とかなる」
とぼとぼと街道へと向かう。
◇ ◇
アグリッパ、伯爵邸玄関前。
此処で話すと声が響くので、階段踊り場の出窓に腰を掛ける。外側の手摺りが確固りした造りなので、その気になれば人目に付かず居眠りくらい出来る。
「なんぞ、エルダに聞かれたくない話かね?」と老執事。
「実は、へスラー伯の二人の息子さん達、密かに下の階を手に入れてサプライズの贈り物になさろうと考えて居られまして、その件を相談されて私、買取り交渉役を安請け合いして仕舞ったのです」
「ふんふん成る程」
「ところが、警備上十二分に調査してあった筈なのに、下の階のオーナーと連絡が付きません。杳として行方が掴めんのです」
「なんだ、そんな事でしたか」
ことも無げに言われて了った。
老執事ひょいと降りて、下の階の玄関の扉を叩く。
すると開いた扉から、エルダの妹ちゃんがひょいと顔を出す。
「えっえぇぇぇ?」
招かれて入ると、見識った顔のお武家さまの姿もある。
「実は此処、奥方さまの御父上が警備用にと既に買取り済みなのです。他でもないへスラー様ならお譲りするに相応しいお方かと」
「あは・・ははは」
解決済みであった。
やること何も無かったアントン。
続きは明晩UPします。




