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261.祈っても憂鬱だった

 コリンナ代官所、深夜。

 嘗ては貴族の気取った広間、今は兵士の食堂の一角。


「俺、呼ばれて来たけど特にすること無くね?」

「なら、飲んでれば」


 アナ、オッファのアベラルドに盈々なみなみと注ぐ。

「うほっ。こりゃ上物だ。アルトデルフトの黒麦酒か!」

「呑んべいって、そんなことも判るのね。腐った麦粥飲んでたくせに」

「ありゃ醸し中の出来掛けだ。それなりに乙なもんだぞ」


「まぁ酒毒で死なない限り好きなように飲ませてやれってお代官シュルツも言うから、まぁ存分におりよ。その代わり裁判でぃんくに呼び出されたら証言に来んのよ」

「へいへい」


「しかし、継娘の資産を勝手に売るなんて、とんだ屑ね」

 アナ、己の過去に照らしてか、若干負のバイアスが有るようだ。


「また、たんまり遺産が入るみてぇだし、小さい事ぁ言いっこ無しよ」

「なんか、遠くのお星さまの世界の話みたいだね」


「なぁ知ってるか? 昔は女にゃぜんぜん相続権なかったんだぜ。親が殺されても女は仇討ちの決闘できねぇじゃん! って言われてな」

「ふーん」

 確かに今でも『親の仇討ち出来ない奴は家督を承継ぐ値打ちなし」と言われる。そんな法律は無いが。

「それが『要は婚約者でも何でも、代わりに決闘すりゃ良いんでしょ』ってことに成って、イマココ」


「庶子に相続の制限があるのも、おお昔は敵の一族みんなブッコして財産奪っちゃ敵の大将の女房一発やって孕ませるってマウントの取り方してたから、そうやって外でこさえた息子に割とよく、仇討ち喰らって殺されてた所為だとさ」

「それはさすがに嘘だろ」

 実際に、く耳にするのは『その息子の兄に殺されて、異父兄弟がまた仇討ちで殺し合う』なんて伝説である。

 殺伐とした時代があったもんだ。


「いま農奴になってる人たち、征服された部族の子孫達だって言われるけど、家督争いで負けた兄さんの一家とかも居たかもね」

「そう言やぁ、負けた兄一族が水中にぶち込まれて虐殺される『溺死踊り』なんて伝統芸能があったっけ。溺れて死なずに、一命とりとめて奴隷にされた生き残りが伝えたとか」

「現代に生まれて良かったな」


「ガリーナの異父兄も非道い奴だったみたいだし、生き残ってたら奴隷にしていくらい恨まれて仕方ねぇかもな」

 そういう虐待と復讐のラリーを無くそうと、人は裁判でぃんくと言うものを始めたのだ。

 参審人というのも元は皆で仲裁する仕組みだったという。


「今度やる裁判って、被告いないんだね」

「身分確認訴訟だからな。参審人のいい評決が取れれば騎士家再興みごと叶って、あとは婿とるだけだ」


 結構なことである。

 アナ・トゥーリアとくに結婚願望は無い。

 以前のこと男装中に迂闊うっかり全裸を見られたが『アレの小さい少年』とあだ名が付いただけだった。


                ◇ ◇

 アグリッパの町。

 夜中、内密の訪問者に執事アントン、呼び出されている。


「あそこの部屋の下の階の人のこと、調べたいんだ。そういう調査する業者さんに心当たりあるかと思って」

「そりゃ有りますけど、今さら必要ないですよ。侯爵さまの隠れ住まいですもの。近隣住民はチェック済みです」

「そうかぁ」

 訪問者は若い騎士、へスラー伯の二人の息子たちだ。


「引っ越して貰えないかと思ってさ」

「・・ええ、奥さまもお迎えになった事ですし、確かに警備上ひとフロア押さえて置きたい所ですね。ひとつ交渉してみますか」

「頼める? きっと・・いや絶対に満足できる引越し先を提供するからさ」


「え! へスラー様のところで提供?」

「いや実は、父上にプレゼントしたくてさ」

「もう毎日来てるじゃん。いっそ下の階に住んじゃえばと」

 兄がアントンと同年輩、弟がふたつ下。すっかり気安い仲になっている。


「お隣りの城主様が、それで良いんですか?」

「だってエルダちゃんが奥方様のお側を離れないから、親父が来るしかないし」

「ホラティウス司祭さまのお耳にはう入れときましたけど・・良いんですか? 伯爵さま、そんな『ぱぱっと』祝言あげちゃって」


「侯爵さまも『ぱぱっと』だったし」


 それはそうである。

 みんな軍人気質で行動が早いのだろうか。まるでBlitzkriegだ。


「『ぱぱっぶりっつと』が良いんだよ。父上たち多分 "copula carnalis" 済んでるから」

「げ」

 へスラー兄も次期判官、アントンも書記代わりの出来る執事である。この程度の神聖語は日常会話同然だ。

「城門突破の好機は見逃さん。騎士の本分だっての」


「ご兄弟も割と彼女、ご執心だったんでは?」

「機を見て素早く転進するのも兵法」

「次なる攻略目標は妹ちゃんだ」


 容色もさる事ながら、あの姉妹の遺伝的な耐毒体質も血筋に欲しそうだ。


                ◇ ◇

 オックルウィック村、朝。

 修道僧が六人ほど、広場の片隅にある祠で祈りを捧げている。


 村の女子供が三々五々現れ、朝の祈りに加わる。

 いつしか、だいぶの人数に達した頃、派手な服を着たバグパイプ吹きが現れ曲を奏で始める。

 吹きながら村の通りを練り歩くと、旅姿の女子供が列を成し随いて歩く。小さな荷車を曳く者もいる。


 修道士たち、横一列に並び、身の丈の倍ほどもある、杖のような、旗印のような十字架を立てて祈る。


 女子供たちの列、バグパイプ吹きの後をついて村の外へ向かう。

 丘の方から別の修道士服の男が来て、高台から様子を見ている。


 十字架を立てて祈っている修道士たちの一人フラミニウス助祭、高台を見上げて眉を顰める。

「あれは帯剣していない時の南岳の・・?」

 あまりに意外であったので暫く目を疑う。

 ・・可成り距離もあった。見間違いかも知れない。


                ◇ ◇

 ヨードル川の浅瀬を渡った辺り。此所でフラミニウス助祭、皆なとは別れて独りアルトデルフトへ報告に向かう。

 真っ直ぐ、岡の上の修道院へ。


 修道騎士団マギステルのベルンハルト司祭落ち着いた様子。

「それは高原州ホホラント)が落ちて此れだけ難民が来ておるのじゃ。南岳の修道騎士ひとりや二人、様子見に来ても可訝おかしい事あるまいて」

「いいえ、態々わざわざそれと判かる服装で姿を見せた以上、なにか当方にもの申したいと云う事かと」


「それは何だと思うかね?」

「それは・・『人買い紛いの事をして居らぬだろうな』とか・・」

「彼らが来て、何か罰せられるかと怖れて郷里を捨てて逃げた者が、もしや先々で不幸な目に遭うておらぬか気にすると? あれら、敵にそんな情け深いかのう」

「それは・・」

「敵には酷薄、味方には厚情。それが拙僧の知る南岳兵団じゃ」


「ならば・・?」

「そうじゃなぁ。『高原州は陥としたが未だ進撃は是れから・・じゃのうて、いやアグリッパさんとは此の度お隣同士になったので仲良く致したい。ついては貴殿に面倒な敵は御座らんかな?』とか・・?」

「・・(怖いこと仰らんで下され司祭さま)」


「気にするな。此方が余計なことをせぬ限り、あちらも余計な事はせぬ」

「はっ」

「東方植民の生産力が十分でないうちは、糧道をアグリッパに依存せざるを得ぬ。それを無理に覆そうとしても得るものは無い。良き箴言を授けよう。良いか?」

「御意」

「三は悲しき数字なる哉。二人仲良くなれば一人仲間はずれ」

「は・・」

「よいか? 汝、ひとりになる勿れ」


 フラミニウス助祭、平伏する。


                ◇ ◇

 コリンナ代官所。

 トルンカ『司祭』戻って来る。


「棄民第一陣、行きました」

「司祭さま・・言い方」

「自分の意思で立ち去ったので代官シュルツさまが追放しなくて良くなったのです。その分あなたの心が救われました。彼らの為に祈りましょう」

「それ、なんか死んじゃうみたいですし」


「彼らに災い少なかれと祈りましょう」

 幸多かれと祈ってあげない司祭。




続きは明晩UPします。

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