256・257回用蘊蓄
蘊蓄回です。
《256回本文》
「他人の財産とされている人々もまた『財産権の侵害を罰する』という方便を以て不法な略取や殺害から保護されています。法に携わる人が誰もみな、社会におけるあらゆる不自由は、後天的な『強制』と『暴力』に起因する不公正な習慣だと実は知っているからです。ノアが船から降りたとき、何処に奴隷が居たでしょう」
《本文ここまで》
"Noch rechtir warheit so hat eigenschaft begin von getwange unde von gevengnisse unde von unrechter gewalt, di man von aldir an unrechter gewonheit gezogen hat unde nu vor recht haben wil."
「史実に基けば、人が人を所有することの起源は『強制』『虜獲』『不当な暴力』であり、そんな古くからの不公正な習慣が、今は法律となっているのです。」
この痛烈な社会批判は、キング牧師でもマルコムXでもなく、中世の法律家Eike von Repgow (1180頃 - 1233以降)著"Sachsenspiegel"C.XLIIより。
《257回本文 1》
「亭主が弱っちい饅頭売りだとしたって、その弟が『虎殺し』かも知れんだろ?
《本文ここまで》
ご存知もの水滸伝ネタ。
妻と間男に毒殺された武大は炊餅売りで、讐を討つ弟の武松が虎殺しの豪傑。
非力な小男と舐めて女房に手を出したら弟がムキムキだったという人生の落とし穴。
《257回本文 2》
「例えば、ぱっと "Echt kint unde vri behelt sins vater schilt unde nimt sin erbe" と言われて、知らん単語いくつ有る?」
《本文ここまで》
"Echt kint unde vri behelt sins vater schilt unde nimt sin erbe unde der muter also, ab is ir ebinburtig is oder bas geborn."
(Sachsenspiegel-Kapitel LXXI.)
「嫡出の自由人である子は、父の盾(schilt=封建身分)を継ぎ、その財産を相続する。子が母と同等かそれ以上の出生身分にある場合は、母の財産も相続する。」
問題は次条の但し書きで
"C. LXXII. Nimt aber ein vri schephinbare wip einen biergelden odir einen lantsessin unde gewint si kindere bi im, di ensint ir nicht ebinburtig an buse unde an wergelde, wen si habin irs vater recht unde nicht der muter, durch das ennemen si der muter erbe nicht, noch nimandis, der ir mag von mutir halbin ist. "
「しかし、参審人身分(=騎士の家系)の自由人女性が、ビール醸造農家または無産農民を夫に迎え、彼らとの間に子供を成した場合、その子供はブッセと人命金において女性と同等身分としては扱われない。なぜなら、子供は父親の身分を継承し、母親の権利は有しないからである。したがって、子供は母親あるいは母方の親族の遺産を相続することができない。」
ここでビール醸造農家または無産農民が明記されて租税負担農民(普通の地主階級)の記述が無い点に疑問が残る。租税負担農民とビール醸造農家はほぼ常に同等クラスに分類され、参審自由人は1ランク上の準貴族相当である。
或いは想像であるが、普通の地主階級出身の壮健な男児が騎士に扈従する騎兵として従軍するなど、身分上昇傾向が発生していたのかも知れない。
参審自由人は第五位の盾(schilt=封建身分)であることが明記されているが、彼に忠誠宣誓した第六位の盾が何者であるか、文献は明らかにしない。
こう言うところはThe Law of Æthelberhtにも似ている。
同法第16条は
"1 6 . Gif wið ceorles birelan man geligeþ , VI scillingum gebete ;
æt þære oþere ðeowan L scætta; æt þare þriddan XXX scætta."
ケオルル(freeman)のビレランとgeligeþ(lay with her)しちゃった奴は6シリングの賠償。
そしてþære(=there) oþere(=other) ðeowanとは50シェット(2シリング半)の賠償と続けるので、ケオルルのビレラン(=a female cup-bearer)が普通の(その他の)ðeowan(servant)の二倍も価値あるservantとわかる。
そしてþare(there) þriddan(=third)は30シェット(1シリング半)と、さらに半額のservantだけれど名称がない。
ðeowという階級を松竹梅に三分して、第一級ðeowをサブカテゴリの birelanと呼ぶ。第二級ðeowan(つまり普通のðeowan)にðeowanと全体の階級名を明記して、第三級はþriddan(=third)と呼ぶだけ。
第三の激安servant とは何者だったのだろう。
1シリング半は激安ではないか・・




