259.ほぼ決着だが憂鬱だった
コリンナ代官所。
迫力ある女性『債鬼協会』のアンジュボルジュ嬢が語る。
「こんなお話、ご存知かしら?」
一同固唾を呑む。
「昔むかしの伝説時代、もの凄い弓の名手がいたの。弓を取ればすべて百発百中。いいえ、彼が弓を射る格好をするだけで飛ぶ鳥が落ちて来るくらい」
「そ・・それは凄まじいですな」
「そして、彼は神の域に達したわ。遥か高空を飛ぶ渡り鳥が、心の臓を射抜かれて自分が既に死んだのを気付かぬまま、南の空に飛び去るくらい」
「・・・(それって、死んでないんじゃ・・)」
「二十年前にうちらの組織にいたナンバーワンの『奪回屋』は、奪い返されたのを相手が気付かない程の神技を振るう男だったのよ。あたしは生まれてなかったから素顔は知らないけど」
「・・・(絶対嘘です、それ・・)」
「先代パシュコー男爵はこの世を去る前に、そんな男に依頼をしたの。妻が宿した我が子とふたり涙の谷に残されて、決して遺産まで奪われぬようにと」
お代官頷く。
「息子が信用ならかったんだろうな。『生まれて来る子供に相続権を与えぬ事』を条件に父の再婚に渋々同意するような奴だもの」
普通なら相続順位で差別する程度である。『自分やその子孫が断絶した場合でも傍系に相続権は認めない』というのは欲得でなく悪意だろう。
「案の定、先妻の息子パトリス・パシュコーは後妻ガルフレダの受け取った『寡婦年金』を不正な手段で取り上げたけれど、その金を彼がせっせと積み立ててた投資口座はガルフレダ名義だったわけよ」
「読み書きを学ばなんだ怠惰の報いである」
「ううむ・・知らぬ間に取返されたのか。トップ『奪回屋』の手並みも凄いな」
「今は仕官して某大貴族さま専属ですって。それは引き抜かれも為ますわね」
「もしかして、パシュコー家が使っていた投資顧問というのは?」
「そう。うちらの組織のメンバー」
誓約団体というのは普通の組合より遥かに結束の固い、宗教的とも言える誓約の秘儀で結ばれた秘密組織である。中でも、仲間が殺されたら血の報復をするという『血讐義務』すらある昔気質な擬似血族が、彼らだった。
諸兄は、アナたち『女子会』パーティがイザベル・ヘルシングと『お近づき』になった時の『儀式』を覚えておられるだろうか。
まぁギルドというコミュニティも多かれ少なかれ其の傾向は有るのだが、冒険者ギルドのような新参組は徒弟組合に近い。
「ガルフレダが聖ティモテウス院から受取った年金三千グルデンを、後見人である当時の夫アロイスが毎年いそいそとパシュコー家に貢いで、それをパシュコー家は十二年間『契約』に基づき彼女名義の投資口座に積立ててたのよ。彼女が若くして亡くなったのは残念だったけど、私が見た時は全額奪回済みだったわ」
既に夫の生前に彼女へと分与された財産なのだから、彼女名義で運用されるのは当然で、受取人も彼女自身か其の相続人だ。『契約』に運用する原資が明記されているので、パシュコー家に環流することは無いのである。
「さて、息子が異母妹を謀殺するリスクを織り込まなかったのは先代男爵の読みが甘いのか、そんなこと出来ぬ小物と読み切って居たのか・・」
「それ以前だわ中尉さん! 取り立てに行ったときの短足パトリス、あれが自分の資産だって疑っても居なかったもの。マダムに『満期未到来で取崩し不可能』って言われて歯噛みしてたけど」
「そう言えばあの頃のパトリスの野郎めは、逃げた奥方に慰謝料しこたま取られて経済的に虫の息だったな」
正確には、不貞により夫有責と断ぜられ、もと奥方が隠棲する予定の修道尼寺に巨額の寄進を命ぜられたのである。だが実は某司祭さまの計らいで彼女が出家せず市井に居る事は極秘である。
「善哉、終わり良ければ全てよし、である」
中尉殿はご満悦の様子だが、没収できそうな男爵家の隠し財産とか無くて悄然のお代官。
「力技なんぞで差押える必要が無くて結構結構」と苦笑い。
◇ ◇
「いやー、『寡婦年金』略取が未遂だと罪状薄くなっちゃいますね。高地州難民の不作為殺人とか東方修道騎士団との軋轢で州境管理の失態とか、合わせ一本て事にしましょうか」
空気読まない感じに『トルンカ司祭』の明るい声が響く。
改易理由の件である。
「まったく碌でもないクズ男爵だったな。先代さんも草葉の陰で泣いてるぜ」
参審人ザンドブルグも騎士身分であるから、男爵だったパトリスは格上なのだが伯爵家の家臣である彼の舌鋒には遠慮が無い。
そもそも爵位持ちだって、よほどに蝶よ花よのおぼっちゃまでも無ければ、少年時代に銀拍車から修行して金拍車資格を持っておくのが常識である。乗馬したとき外聞もない。
平民已上の皆から『欠陥男爵』と白い眼で見られてきた彼だ。歪むのも仕方無いと云う一面は有る。短足に生まれ付いたは彼の責任でもあるまい。
だが武芸でも学問でも、自分を磨かなかったのは自分の所為である。
中尉、無言で考える。
「・・(先代殿、奥方が男児を懐妊していたら、如何したのだろうか?)」
・・存外、兄を討つ挙兵資金で遺したかも知れぬなぁ。
むろん、口には出さない。
◇ ◇
「捕まえてきましたっ!」
アナたち、意気揚々と御帰還。
「こいつが通称『オッファのアベラルド』! パシュコー家の書記・会計を外注で受けてた害虫男よっ」
「断固抗議すっぞ。俺ぁ益虫だ」
「ひっ」 ・・なにこの巨大氷山人間・・って、ガリーナの部族のひと?」
「ひええぇぇぇ! 喰わねぇでくれぇ。人喰い白熊が出たぁぁ」
腰が抜けたまま、床を這って逃げようとするアベラルド。
「失礼なやつね。こんな美白肌金髪美女をつかまえて」
『美』を二回言った。
「あ・・あんたはっ、北海の債鬼インゲボルゲ」
「アンジュボルジュお姉様とお呼び。久しぶりねアベラール」
「おね・・えさん、此奴知ってるんですか?」
「ガメル・パシュコー代金踏み倒し逃亡事件のときに締め上げて、尻の毛の数まで知ってるわ。あれから禿げてなきゃ」
「あの時ゃホント、まる禿げるかと思ったぜ。マダムは?」
「アグリッパよ」
「ほっ」
この人より凄いのが居るのか・・と引くアナ・トゥーリア。
つい言いつける口調になる。
「此奴、ガリーナの土地こっそり切り売りしてた」
「俺がじゃ無い! 俺がじゃ無い! 俺ゃアロイス村長から金受け取って雑収入に計上しただけだ」
「さっきは『預かり金』って言ってた」
「受け取って『預かり金』で記帳して期末に雑収計上したんだよっ」
「たぶん短足パトリス、馬鹿息子が散財した穴埋め、またアロ豚に後見人の立場を悪用させたんだわね。不倫の慰謝料を分割払いとでも言ったかしら」
「いや、なんも言わんかったから雑収計上した」
「言ってたら裁判官僭称で告発してやったのに」とお代官。
「近くに農地を持ってる地主イエスマンに押っ付けて現金を捻り出させたんだろ。イエスイエスで暴動事件にも絡んでる奴だろうから、取り返してやる」
あの連中の土地は没収と布告済みだ。小作人や難民らの労働力に割り当てて村を立て直す予定である。お代官のお手盛り自由だ。
なんだか彼、このところガリーナに随分優しくなっている。
◇ ◇
万事が男性優位のこの世界だ。妻が実父から相続した土地を、法定後見人である夫が運用して収益を自分のものにする事は、世間で広く行われている。
だが妻の固有財産を売却して仕舞えるかと云うと、これはまず間違いなく、妻の親族が異議を申し立てる。土地は個人でなく血族全体の財産であるという伝統的な観念が今だに強いのだ。
配偶者は、ふつう血族外から迎えるからである。
この問題は、実はあちこちで出て来るのだが・・
続きは明晩UPします。




