257.もと坊主どもも憂鬱だった
聖コレーナ・ダストラ堂の寺領管理事務所付近。
麦酒醸造所の裏手。
前回訪問時は寺男に鼻薬効かせ、醸造桶から偸み飲みしていたグレッグであるが今回は先客がいた。
多分不正に造った合鍵の類いで蔵の扉を開けて、出来立てか出来かけか分からぬ酒を狐鼠り飲んでいる男がいる。身装は修道士っぽいが此所は修道院じゃなかった筈である。
古くから著名な聖者さま縁りの礼拝所で、大聖堂にお参りする人々がほぼ確実に立ち寄る場所。巡礼の宿泊所や施療院など附置施設も多いので、常駐する聖職者も俗人奉仕者も多い。だが修道院は別の場所だったと思う。
だが、そこは怪しむより呑んべい親近感が勝るグレッグ。
「よぉ、俺にも一杯恵んでお呉れやし」
「応、呑れ呑れ。仕掛かり品だから酒粕混じりだが酒精は十分だ」
「なるほど麦芽の粥だなこりゃ」
酔えれば何でもいい男たちであった。
暫し黙々と飲んで酔う。
◇ ◇
「お前さん、下町者みたいな服着てっけど、坊主だろ」
「いや、餓鬼の頃からうん十年も坊主して来たが、馘んなって四年目だ」
「なんで馘んなった?」
「ちょっと、やんちゃ・・してな」
「喧嘩か」
「いや衆道パーティやって・・おい、逃げんなよ」
「勘弁してくれ。俺は痔なんだ」
「大丈夫だ。美少年しか好きじゃねぇ」
「失礼な野郎だな」
二人とも、酔いで足に来ているので立ち回りが醜い。
「んで、読み書きを飯のタネにしたい今日この頃よ」
「つまり、四年間も食えなかったって事だろ、読み書きネタじゃさ」
「んー・・正直いうと、あんまし食えてなかった。そっち方面を期待されて仕事は一応取れたんだが、いい金にならんかった」
「だろ?」
「最初の二年弱くらいは教会で懲罰喰らって、諸国巡礼の旅だったから、お恵みで食ってたしな・・この俺が、酒抜きでよ」
「はは、お経読めるだけじゃ、大したお足は掴めんのよ」
「あんたは?」
「おれは学僧くずれでな、あちこち図書館巡って勉学に励んでたが或るとき路銀が尽きたのよ。んで脚代くらい稼ごうと思ったが、神学は金にならんかった」
「だろな」
「んで何なら稼げるか色々試してるうち、或る日ふと気が付いたら、俺ゃ学僧じゃ無くなってたんだな、これが」
「何が儲かった?」
「家庭教師は駄目だ。下男に毛の生えたような物だった」
「んで、何が儲かった?」
「やっぱり家庭教師の類いだよ」
「下男に毛の生えたような物か?」
「やばいこと教える家庭教師は顧問様と言ってな、家庭教師たぁ言わねぇのよ」
「やばいバイトでヤバイトか・・」
「おいおい、危い事と悪い事ぁ違うぞ。例えば親父に雇われて放蕩息子に『不倫は危い』と教える。これは正しい教育だろ?」
「それで儲かんのか?」
「人の道を説いても儲からん。露見て死刑になったり決闘で殺される現実を教えて左様いう末路を避ける道を説くんだよ。証拠不十分でも、決闘で殺られる。ガチで強い奴や決闘屋を雇える奴の怖さを説いて、親父の財布の紐を解く」
「それって、逆に狙い目の相手を教えてんじゃねぇのか?」
「亭主が弱っちい饅頭売りだとしたって、その弟が『虎殺し』かも知れんだろ? 狙い目を探す事の落とし穴だって教えるさ。ちっとも神の道を外れてねえ」
「他に儲かった話は?」
「相続関係の顧問様よ。動く金の大きさが違う」
「でかく儲けたのか」
「ああ。だがこりゃ経典読んでた知識じゃ駄目だ。世俗法廷書記のバイトを何度も扱して実務を知ってないとな」
「駄目かぁ」
「例えば、ぱっと "Echt kint unde vri behelt sins vater schilt unde nimt sin erbe" と言われて、知らん単語いくつ有る?」
「初っ端の "echt kint" から駄目だ」
「でも "ehelich geborene" な "kind" と言われりゃ理解るだろ?」
「そういうことか。『正式に結婚した両親の子供』か」
「"vater schilt"は?」
「駄目だ」
「"stande"と言われりゃ理解るだろう。『父親の身分』のことだ。言葉が分かって居ても、それじゃ"schilt"は何種類あるかとか知らんと、金にゃならん」
「・・うう、ジロラモの兄ちゃんとか即戦力な現役書記官だから、この辺とか楽々クリアしてんだよな」
「でもなぁ、結構なベテランでも時に躓くのがこの仕事だ。俺がこの寺領に草鞋を脱いだ頃世話んなった大先輩も大失敗してたよ」
「へぇ・・」
「チョイ悪い相談者がいてな、騎士の一人娘を農民男と結婚させて、騎士領を乗っ取ろうと企んだのさ」
「悪い野郎もいたもんだ」
「娘は騎士じゃねぇから、騎士ってえ職業の生涯給与は親父の代で終わりだ。騎士叙任で貰った封地は返上だから手が出せねぇ。当然だが、乗っ取ろうと狙ったのは別の領地だ。騎士家先祖代々の土地を狙ったのさ」
「それで農民男と結婚させたと?」
「ここでさっきの "schilt" って身分の話になるのさ。もち騎士の "schilt" は農民の "schilt" より上だ。けれど男系社会だから騎士と農民の間に出来た子の "schilt" は父親の身分を引継ぐ。だからこの夫婦の間の子には、実の母親が相続して持ってる騎士家の財産は、相続できない。母親の従兄弟か又従兄弟か、とにかく遠縁の者に行っちまうのさ」
「そりゃ随分と時間をかけた遠大な乗っ取り計画だな」
「だが、大先輩の建てたプランには欠陥があった」
「欠陥?」
「だから、『この夫婦の間の子』には、騎士家の財産は相続できないのさ。けれど生まれた子供は結婚日以前に出来ていたんだ」
「なんだそりゃ」
「女の産んだ子は確実に彼女の子供なので、相続権がある。『格下身分の農民との間に出来た子だ』と言って他の相続人が異議申立訴訟をしない限り、子の相続権を否定できない」
「誰も異議を申し立てなかったのか」
「ああ、誰もね。『自分こそが正統な相続人だ』と訴え出られる人が居ない」
「夫の農民は?」
「沈黙。遠縁の誰かに持ってかれるより同居の子の土地になった方がいいだろ?」
「乗っ取ろうと企んでた相談者は?」
「女の前夫家族だ。だんまり」
「そりゃまぁ・・『誰と作った子だ』なんて証明する方法、無いもんな。あんたの大先輩、文句言われなかったのか?」
「その頃ぁとっくに墓の中だ」
「もしかして・・確信犯か?」
「俺ぁ、そう思ってる。法を悪用する方法を聞かれたから、敢えて失敗する方法を教えたんだろうってね。大失敗であって、大失敗じゃない」
「奥が深ぇな相続法」
「俺は、大先輩が亡くなった後に仕事を引き継いだから『子供の生年月日、先輩は存じておりましたか? 手記には農民某と結婚後出産としか有りませんでしたが』とか言って受け流し、その後も知らん顔して顧問役として仕事を頂戴し続けたぞ。いい商売だ」
「その件、あんたは何てコメントしたんだ」
「そりゃ事実に即してさ。『子供の洗礼記録から推定した女の懐妊時期は前夫との婚姻期間中に当たり、前夫の身分は子の相続権にとって何ら障げにならない』って答えたよ」
「それで納得したのか?」
「いや、前夫との婚姻期間中から、女と農民がデキてたとか言いふらし始めた」
「懲りねぇ奴だな」
「仕方ないから『農民を姦通罪で告発しますか? 死刑ですけれど』って言ったら黙った。そんな告発、出来っこねぇだろ?」
「なんで出来ないんだ?」
「そりゃお前さん無理だって。誰が告発すんだ? 女の前夫もう死んでんだぜ」
親告罪である。
「それに、もひとつ出来ない訳がある」
「出来ない訳?」
「それはな・・」
続きは明晩UPします。




