255回用蘊蓄 2
蘊蓄回の続きです。
さらにエセルバート法典を見ていきます。
主にモデルとしているSachsenspiegelの世界とは、古墳時代後期と室町時代くらい時間差がありますので、似ているところ、似ていないところ、各種あります。
スカンジナヴィアから北ドイツに南下したザクセン人の一部が、ブリテン島東南部に渡ってサクソン人として建国したケント王国の成文法です。まだ奴隷制があった時代で、キリスト教を受容して間もない頃ですものね。
それはハレー彗星と共に運命の日がやって来る、そのはるか前です。
それでも結構似ています。
ブリタンニアからブルターニュ(仏)にかけてブリトン人がいたのを征服したサクソン人の伝説的指導者ヘンギストとホルサ兄弟という名前、笑ってはいけません。意味が『種馬』と『馬』です。騎馬民族征服説ですか。
でもハレー彗星の日にノルマン騎兵と戦うサクソンのハスカール軍団は、騎馬で移動する機動歩兵でしたね。
さてエセルバート法典です。
5 . Gif in cyninges tune man mannan ofslea, L scill. gebete.
第5条 王の領地内で人を殺した者は、50シリングの損害賠債金を支払わなければならない。
王(cyninge=king=könig),殺す(of-slea=slay)
これは殺人罪とは別に上乗せされる国王への賠償金です。王の保護権の侵害、つまり王が治安維持するのを邪魔したから賠償義務を負うんですね。王は国民に対し、一種の家父長権を持っているのです。
これと前回触れた
1 0 . Gif man wið cyninges mægdenman geligeþ , L scillinga gebete .
第10条 王のメイドと同衾した者は、50 シリングの損害賠償金を支払わなければならない。
これが同額です。
これは王がメイドmægdeの性的関係を独占しているというより
国王の保護権mundbyrdは
父親の後見権muntwaltと同質な一種の家父長権だったと考えられます。
他の類似例と対比してみましょう。
当時の上位身分に『王』cyningeと『エオルル』eorleと『ケオルル』ceorleがあります。
『エオルル』eorleは『伯爵』earlの語源ですが、貴族制が未確立の時代の言葉。
13 . Gif on eorles tune man man nan ofslæhþ , XII scill. gebete.
第13条 エオルルの領地で人を殺した者は、12シリングの損害賠償金を支払わなければならない。
並びに
14 . Gif wið eorles birele man geligeþ , XII scill . gebete .
第14条条 エオルルのbireleと同衾した者は、12シリングの損害賠償金を支払わなければならない。
(byrele =a female cup-bearer)
王のメイドcyninges mægdeと同じ関係で『12シリング』が共通です。
第5条及び第10条と比較すると、国王の保護権はエオルルの領民保護権の約四倍強いんですね。
違う角度で見るとberkeley大のKenneth Hodgesの研究"Medieval Price List"で
Crown revenues (at peace) £30,000 c1300
Earls per year £400-£11000 c1300
時代が全然違うのですが国王と伯爵の歳入が75倍〜2.7倍で、約四倍(4.17)はこの範囲内です。
さらに見ていきます。
『ケオルル』は平民と訳されていますが、カールさん(チャールズ、シャルル)というよくある名前の語源で、王様な人も多くいます。自由人freemanの方がいい。
1 5 . Ceorles mundbyrd VI scillingas .
第15条 ケオルルの保護権の侵害に対する損害賠偵金は、6シリングとする。
16 . Gif wið ceorles birelan man geligeþ , VI scillingum gebete ;
æt þære oþere ðeowan L scætta; æt þare þriddan XXX scætta .
第16条 ケオルルのbirelanと同衾した者は、6シリングの損害賠償金を支払わなければならない。第二級のðeowと同衾した者は、50シェアト、第三級と同衾した者は、30シェアトとする。
(ðeow=servant)(oþere=other, second)(þriddan=third)
1scilling=20scættなので最高級ðeowであるbireleつまりメイドmægdと出来ちゃうと6シリング賠償、第二級だと2シリング半、第三級だと1シリング半で牛一頭半です。
なお、本作中の『シュット銀貨』はこのscættがモデルです。
第12条で、国王のメイドに手を出すと50シリング、第三級で12シリングだったのと比べてみて下さい。1/8以下ですね。この差は大きいでしょうか小さいでしょうか?
この賠償金、『オレの女』じゃなくて『うちの子に手を出すな』なニュアンスを感じるのは私だけでしょうか。
『ケオルル』にして第一〜三級の女性servantがいるのだから、平民じゃありませんね。
ケオルルの下の階級にlætが居ます。
26. Gif læt ofslæhð, þone selestan LXXX sill . forgelde ; gif þane oþerne ofslæhð , LX scillingum forgelde ; ðane þriddan XL scilling forgelde .
第26条 lætを殺した者は80シリング、第二級の最下層自由民を殺した者は6 0シリング、第三級を殺した者は40 シリングの人命金を支払わなければならない。
半自由人と言われますが、第一級のlætの人命金forgeldeはケオルルの八割だから、その差は大きくないですね。
数百年経ったSachsenspiegelの世界でも非征服部族の元地主階級は、土地の名義こそ奪われましたがけっこう広大な割当地を占有して昔ながらの小作人を使役していて、リッチでした。
変わらぬものは変わらないのでしょう。




