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255.ちょっとくらい進展しても未だ憂鬱だった

 コリンナ代官所。

 騎士りったゼッツ・ツァドニ、不安を隠せない。


「確かに司祭さま・・私は騎士叙任を受けて、男系の絶えた騎士りったゴドウィンソンの封地れへんを賜りました」

「その数年後、先代パシュコー男爵が亡くなられ、故パトリスが襲位し授封更新ふぉるげの儀が執行された時、あなたは何か命じられませんでしたか?」

「・・いいえ、何も」

 騎士、や躊躇ってのち言葉を続ける。

「何か命じられたのは・・割りと最近です」


「なんと命じられましたか?」

「私の封地が元は騎士りったゴドウィンソンの封地であることを喋るなと、再三にわたり命じられました」

「なんと答えましたか?」

「私の臣従契約は、陣触れに応じて従軍し彼の指揮下に入る事を約したものであり法廷で偽証することは含まれない、と答えました」

 不安そうな表情が吹っ切れ、俄然雄弁になる。


「彼は、その答えを聞いて、なんと言いましたか?」

「お前とは授封更新しないと言われました」

「あなたは、それに何と答えましたか?」

「当然である。次回の授封更新は、私か貴方いずれか一方が死んだ時なので、私と貴方は当然二度と授封更新しない。そう答えました」


「彼は、なんと言いましたか?」

「お前の息子とは授封更新しない、と言いました」

「あなたは、何と答えましたか?」

「私より長生き出来たなら、その時は好きなようにせよ、と申しました」


『司祭』笑いながら・・

「それで彼は、なんと言いましたか?」

「激昂して『俺の息子がお前と授封更新しない』と言いました」


『司祭』もう声を出して笑いながら・・

「あなたは、何と返しましたか?」

「御子息が侯爵様から授封更新を受けられたなら、その時は好きなようにせよ、と申しました」


「それで彼は、なんと言いましたか?」

「何も言いませんでした。手にした酒盃を床に叩きつけて奥の間に去りました」


 ふたりの騎士と『司祭』と、そしてお代官シュルツら一同、哄笑する。


                ◇ ◇

 煩雑なので、つい略して『騎士りった階級』などと言ってしまうが、騎士りったは職業であって階級ではない。つまり『騎士階級』ではなく『騎士叙任を受ける資格のある階級』がある。

 高価な戦争馬を何頭も所有していて、殿様へるが招集をかけると騎馬戦士として直ぐ参陣できる武士であるから『一種の階級なのだ』という把握もできるが、そういう家の者であっても主君から叙任を受けて忠誠宣誓しなければ騎士では無いのだから矢張り職業である。

 騎士とは騎馬戦士の事かと言うと、自分の馬廻衆らにも馬を貸し与え引き連れて颯爽と戦場へ向かったりするのだから、これも違う。やっぱり階級じゃあないかと思う人もあるだろう。

 定義が難しい。


 騎士に就職すると、生涯給与として封地れへんを貰うが、これは先祖代々の世襲地あいげんとは異質のもので、騎士本人が死亡したり君臣関係を解消した場合には封地は返上する決まりだ。勿論、親に代わって就職できる息子とか居れば、封地を引き継ぐことが可能である。

 この就職というファクターの有無が領主へる階級との大きな違いである。領主階級は血統原理に基づき当主の座を承継し、おのれの上級君主に授封更新を願い出る。そして何らかの欠格事由が無ければ、更新が行われるのだ。


 そういう意味では、『男爵に対する侯爵』よりも『騎士に対する男爵』の威令が強いのかも知れぬ。

 それでも騎士は飽くまでも独立した小領主であり、臣従契約で縛られてはいても命令一下絶対服従の家来衆とは違うのである。

 封地を返上して他の貴族に鞍替えすることも出来るし、なんなら複数の貴族との掛け持ちだって出来る。

 仕える主君同士が戦争を始めたら『ちょっと事情があって、戦費調達協力だけで御勘弁』とか言って、知らん顔して敵陣にいたりする。


 そして伯爵と男爵は、たとえ伯爵の領地が五倍大きくとも、出陣した時の立場が司令官と小隊長でも、侯爵麾下の同僚に変わりはないのだ。


 それが封建制。皆が独立した主人たちなのである。


                ◇ ◇

「歯に衣着せぬ御方でしたね」

「いや司祭さま、パトリス相当もう愛想尽かされてたんですよ。彼ら先代の勇姿を見て育った騎士たちですからね」

 従騎士にも成れなかった二代目を、彼らが元々どういう目で見ていたかは容易に想像が付こう。


 お代官まだ苦笑している。

「パシュコー家が消えた夜、招集かけられていた彼らが居館に行ったのは翌朝だ。最初は彼らのことを『遅参して命拾い』したと思っていましたけどね」

 ザンドブルグ卿、更ににべも無く補う。

「いやはは『どうせ碌でもない事を始める気だ』とサボタージュしたんですよ」


「伯爵法廷では、良い証人になって下さいますでしょう」

 ・・この人、宗教裁判所の関係者じゃないだろな・・と疑心暗鬼気味なお代官シュルツ


                ◇ ◇

 そこへ、ルドルフ中尉が戻って来る。

「早っ!」

 アナ、つい声に出る。


「債鬼協会のことを頼んで来た。向こうから接触がある筈である。序でに、安物の首飾りに神聖語の銘文を入れた職人探しも依頼して参った」

「何と迅速な御対応!」

代官シュルツ殿、聖ティモテウス院への書類送付完了と併せ是の件を報告したところ、以上の費用は教会が負担するとの事であった」

「何と有難い!」

「教会としても、男爵家廃絶を単なる政治決着の結果として究明を等閑視するのは遺憾であり、確固たる罪状を見極めたい意向とのこと」


「力強いご協力が頂けて嬉しいです」

 アナ姿勢を正して、一寸軍隊式を真似た礼をする。

「冒険者ギルドは市庁警備局外郭の民間協力団体。大司教座の傭兵と指揮系統こそ異なれど、友軍と認識している。担当者レベルで協力するのは当然である」

 中尉、軍隊式の礼を返す。


                ◇ ◇

 そこへザイテック騎兵伍長。


「キルーク卿がお越しであります」

「お祖父ちゃんだわ!」


 つい先日まで謹厳な古豪騎士だった人物、急に老け込んでいる。

 口には出さねど、一人娘に先立たれ心労も尋常ひとかたならざる様子。


「ちっとも帰って来ぬから、顔を見に参ったぞ」

「ここは色々と重要な場所だから、よく見とこうと思って。それより・・」

 ヒルダお嬢、ガリーナ・ゴドウィンソンの手を曳いて連れて来る。


「この子のお母さん、ご亭主に先立たれてお腹に彼女がいるのに、悪党に騙されて豚に嫁がされたのよっ」

「豚は嫁とらんぞ」

「そういうアダ名の男なのっ。そいつがまた犯罪やらかして後見人フテキカクとか成ったから、お祖父ちゃんお願い!」


「ふむ。訳ありのお嬢さんか・・」

 早くも孫娘が増えたような顔になっている老騎士。


「それって再婚禁止期間を無視しとらんか?」

「だーから悪党なのよ。カフちょーナントカ言って命令したんだって。フリン豚が責任とってフリン妻を買い取るって。でもそれ嘘八百」


「裁判権のない者が裁判官のふりをすると『舌抜き』の刑ですね。

 また『司祭』さん余計な口を挟む。

「不倫男は死刑が普通ですが、古い古い慣習法では高額な人命金まんげるどを払って不倫妻を買い取らせる罰金刑が存在しました。女性が子供を産む奴隷のように扱われていた蛮族時代の話です」


「非道い時代じゃなぁ」

 慰謝料を取る時代と余り変わらぬ気もする。

「悪党は、男が罰金を払うどころか女性の土地や資産を手に入れて肥え太るという裁定をしたそうです」

「最低なやつだな」

「こないだバチが当たって死んだって」

「豚は?」

「近々、縛り首らしいわ」


「なぁ、娘さんや。わしはお前さんと血の繋がりは何も無い。だから公証人の前で選任して貰わんと不可いかんが、後見人になって親代わりの真似事くらいは出来そうな気がする。最近実の娘を失なった老人の寂しさを、ちょっと慰めちゃくれんかの」


 ガリーナ、ちょっと涙ぐむ。

 五つ近く歳下の娘に『この子』と呼ばれた事は、もう覚えていない。




続きは明晩UPします。

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