254.探偵は今日も憂鬱だった
王都、某所。礼拝堂。
フーグ司祭まだ祈っている。
彼は、親分のグンターが慎重さと果断さを併せ持つ知性派なのと対照的に、即時沸騰式の感情的な人物である。
凄く凄く凄ぉく良く言えば才気煥発で、普通に言えば粗忽者。
即決即断で悩まぬので『危急存亡のきわに良く決断できた』と賛美されることも有るが、失敗もやる。
今回の彼、失敗を実感して蒼白なのであった。
「お祈りしても駄目ですよね、これ」
意気消沈。
すると、徐ろに背後の暗がりから人が出て来る。
司祭、びくっと身を固くする。
「兄上、申し訳ありません」
「・・お・お前か。そっと近づくの、やめてくれよ。死ぬかと思った」
「俺も死ぬかと思いました。失敗です」
「うおっぷ。良かった良かった、失敗して良かった」
「は?」
「ああ・良かった」
男、意味が分からない。とにかく報告する。
「アグリッパは町に入る前から異常な警戒ぶりで・・」
「読まれていたか」
「門を潜った瞬間、マークされた事が判りました。こう、背中が『ぞくり』とする感じで、どこからか凝と視られているんだが、でも何処からかは見当もつかない。いくら振り切ろうとしても振り切れない。どころか、視られてる感じが強くなって行く・・」
男、恐怖が蘇ったのか肩を窄める。
「そして、屋敷町の一角で、俺の恐怖は頂点に達しました。疾走して来た辻馬車に跳ね飛ばされたような衝撃を感じ、でもそれは幻なんです。だって俺は、人混みの中にいたんですから」
男の声が昂っていく。
「俺は、とうとう倒れました。意識を失う寸前、朦朧としつつ、遠くの屋根の上を一匹の黒猫が歩いているのが見えた気がします」
男、両膝を衝いて崩れ落ちる。
「気が付くと、参詣客向けの救護所で寝かされていました。過労だと言われて粥を振る舞われ、一晩泊めて貰い、翌朝大聖堂にお詣りして帰って来ました。街はもう平穏でした」
「ロットベルト・・お前の身に何が起こったんだ」
「分かりません。ただ大司教様の法話を聞きながら、こう思いました。『生きてて良かった』って」
「良かったよ。生きてて・・」
司祭、言葉を重ねる。
◇ ◇
コリンナ代官所、深夜。
さすが元男爵邸、部屋数ふんだんに有る。
アナ・トゥーリア、室内を見回す。
ツァーデクの伯爵令嬢はもちろんアナも個室が用意された。
ディジは夫婦部屋だ。きっと今頃えっちな行為に励んでやがるに違いない。
ガリーナ嬢は村長宅を差押えられたので、代官所に仮住まいを二部屋貰った。
グレッグが何処かで例の悪事を働かないか心配だったので、彼の性癖はお代官に密告って置いた。
兵隊さん達多数駐屯しているのだ。彼が問題起こしてからでは遅い。
良心に一片も恥じるところは無いのだ。
床に入って勘考える。
「もともと、『男爵の御落胤』を名乗る詐欺師を御用にしろ・・的なニュアンスの仕事だったんだよね」
・・フタを開けたら『御落胤』はホンモノ。でも相続権は無い。
男爵(故人)が継母を追い出して正当な相続財産を騙し取り、不正な方法でその実家の騎士家を潰そうと画策、という悪事が明るみに出た。
結局の処、男爵家はお取潰しでツァーデク伯爵領に編入され、騎士家は再興して伯爵の家臣に、という方針が決定したみたいだ。
どうやら、東方騎士団との折り合いはお代官が頑張って付けたらしく、若し更に揉めたらもっと上が動く算段が付いてる様で、これもひと安心。
依頼された探偵仕事は、男爵の隠し財産摘発という方向に転換のようだ。
資産運用を外部委託していた可能性が高いので、男爵家が全滅した今、受託者がポッケに入れちゃう虞れがある。というか、濃厚だ。
結構でかい仕事かもなぁ・・とか思いつつ、眠りに落ちていくアナであった。
◇ ◇
アグリッパ、朝。
侯爵夫妻まだベッドの中。
「すまん、エルダちゃんが俺の求婚を受けてくれたんで、大殿の許可を一刻も早く頂きたくて、もう矢も盾も堪らず」
「へスラーさまったら、もう。良いところでしたのに」
奥さま朝ですが。
「エルダちゃんは良いのか。此奴じいさんだぞ」
「旦那さまが斯様にも素晴らしいのですもの。お歳下のへスラーさまも屹度見事に為れますわ」
奥さま何処触ってらっしゃいます?
「わたくしがお承けする条件は、へスラー様の息を儲けたら行く行く騎士に叙して下さいますこと。さすれば母子して姫さま元い奥さまに生涯お仕え出来ますもの」
「誓う誓う、誓おうぞ」
「この子は、わたくしが旦那さまの御子を懐妊したら乳母に成るのだと意気込んでおりますのよ」
「そりゃ意気軒昂じゃな。頼んだぞ」
「それじゃ一寸そこらで初夜を済ませて参ります」
「おいおい、朝じゃぞ」
「アッ。済みません朝食の支度が先でした」
「否そうでなく・・そうじゃアントン君。ホラティウス殿に報せてくれ」
エルダ厨房へ急ぐ。なぜかへスラーさまも続く。
「もう、慌ただしいのです。わたくし今少しで気を遣る処でしたのに」
「では今少し」
◇ ◇
コリンナ代官所。朝食の卓。
アナ、懸念事項を皆に諮る。
「旧パシュコー男爵家の崩壊消滅は程なく多くの人の知るところと成りましょう。『相続人が不確定なら所轄の法廷に供託を』と言う聖ティモテ院のように確固した預託先は決して多く無いと思います。守秘義務を盾に、密かに私囊に収めるものと疑って懸かるべきかと存じます」
「悩ましい所だな。拙速で調査に当たったときに相手を警戒させて、あちらも何か対抗措置を取られちゃ困る。ほら、証拠隠滅とか、最悪じゃ夜逃げとかな」
お代官も悩む。
「ハイリターン狙いで怪しい業者とか使ってたんなら、そういう連中まぁ金持って高飛びすんだろな」
いかにも胡散臭い男グレッグの言葉に、皆な頷く。
「な・なんだよ、その俺を見る目」
「それでは、ルドルフ中尉さんが町に行った結果を待ちながら、こちらは真っ当な資金運用をしている所限定で調査を始めるのは何如でしょう。もし胡散臭い業者が聞き付けても警戒心を持たれないよう注意しつつ」
「うむ。アナくんは実に優秀だな。やはりアバンチュール・ギルドさんはエースを派遣してくれたのかい?」
「ちっちっち。冒険者ギルド」
◇ ◇
参審人ザンドブルグ卿が来る。
「オスカー、ゴドウィンソン家の身分確認訴訟だがツァーデクの参審人六人集まれる日程の調整つき次第開廷するそうだ。証拠固めは間に合うか?」
「うむ。俺が後見人になって・・」
「なに言ってんだ。お前は右陪席だろ。あたま大丈夫か!」
「失策った!」
「忙し過ぎてネジ飛んだか」
「仕方ないわねっ。私が母方のお祖父ちゃんに頼むから、いいわ」
ヒルダお嬢さま腕組みする。
そこへまたザイテック騎兵伍長。
「騎士ド・ラメノさま、騎士ゼッツ・ツァドニさま、お見えです」
「お通ししてくれ・・ふぅ、忙しいな」
男爵一家失踪の第一報をくれた地元騎士だ。
「代官のオスカー・ド・ブールデルである。お見知り置き下され」
来訪の二人、格上の騎士に対する礼をする。
「お聞きお呼びの事と思うが、故パトリス・パシュコーが不行跡の廉で爵位返上と相成った。従って、貴殿らも封地を返上することになるが、上級主君スールト侯に御推挙を願い出てツァーデク伯爵から本領安堵の授封を頂く途がある。希望なさるか?」
「何卒っ!」
「それでは侯爵さまへのお願いの儀は某から申し上げる。日程は追ってお知らせ致すので授封の儀をお待ち下され」
「感謝仕る」
ふたり、再就職内定。
「ときに騎士ゼッツ・ツァドニどの」
『トルンカ司祭』が声を掛ける。
「貴殿の封地は確か、二十年ほど前に騎士ゴドウィンソンの旧領を引き継がれたのでしたね?」
騎士の貌に一瞬不安の翳が過ぎる・・
続きは明晩UPします。




