253.豚もぶたれて憂鬱だった
オックルウィック村、醸造農家直営の立ち飲み処。
脛に傷持つ男、尻にも傷があった。
「一杯くれ」
「金」
「半分でいい」
「金」
女給、妥協が無い。
「俺のを、ひとくち分けてやる。上向いて口開けろ」と、気の良さそな酔っ払い。
開いた口の真上から麦酒が注がれる。
泡ばかりで咽せる男。
飲ませた男、悪意は無かったが酔っていた。
「村長、どうなったって?」
「どうも何も、牢屋ん中よ。そのうち縛り首だろ」
「・・そうか、牢の中か」
「あんたは?」
「以前世話んなった者だ。そうか、縛り首か」
「いや、さらし首かも知んねぇけどな。あんまり変わんねだろ、死ぬ本人にゃ」
逃げた方が良さそうだ。
◇ ◇
代官所、夕餐の食卓。
「旧男爵家に隠し財産がある可能性、ありますな」と代官ブールデル。
「財務官の如き者を外注していたとすれば、資産運用も外に委託していた可能性はありますね」
「俺がひと走りしてアグリッパに戻り、『債鬼協会』への伝手を当たって来よう。聖ティモテへの変更届提出完了報告も有るしな」
ルドルフ中尉、行動が早い。食後すぐ発つ構えで摂食量を控えだす。
「先代男爵の死去でガルフレダ・ゴドウィンソンとの婚姻期間は終了しています。故に彼女は夫の家父長権から解放されています。つまり相続人である故パトリスは権利者と偽って彼女に再婚を命じた可能性が高いでしょう」
「じゃ、婚姻は無効?」
「これを以て、二十年近くも遡求して、婚姻関係の無効を訴えるのは難しいです。寡婦年金を略取されたガルフレダの相続人ガリエナからの賠償請求により家屋敷・耕地を差し押さえるのは何如でしょう? これは、村長アロイスの犯罪行為による財産没収より先に結審しないと不可ません」
「順番が重要ですな」
『司祭』なんかもう法律顧問のようだ。
「過去に行なわれた不法行為を次々と明るみに出して、虐げられた被害者の権利を回復しましょう」
「虐げられたって言えば、ガリーナさんは無事だったの?」
「どっちかって言えば虐げてました。豚と罵って殴ると喜ぶんだもの。でも人前で『うちの父さん偉いひと』みたいに言わされるのは嫌だったなあ。後で殴れるから我慢してましたけど」
「変態の多い村でやんすね」
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸。
寝室隣りの使用人控え室。
エルダとネリサの姉妹、夫婦の寝室を覗いている。
いや、職務で。
アントン入って来る。恥ずかしそうな顔。
「えっち意識しちゃ駄目だよぉ」
「お仕えする立場を弁えるのであります」
・・こいつらプロだなぁ。
「アントンどう思う? お世継の若様お出来になるかしらん」
「あ・・うん、出来るといいな」
「あたしの人生設計は、若様の乳母になって乳兄弟の息子と一緒に、一生奥さまにお仕えするの。だから早く結婚しないと」
「お前、ずいぶん具体的だな」
◇ ◇
王都某所、いかにも密談用な部屋。
グンター司教もともと聖職者にしては口調が荒いところは有るが、これ程までに強圧的なことは珍しい。
フーグ司祭、小さくなっている。
「本当に、余計な事してないな!」
「し・・て・ません」
「高原州の我らが会派は、中途半端に大公に取り入ったお蔭で逆に教区主席司祭の人事に口を出され、組織がずたずたにされて終った。まぁ我々の所為じゃない程に昔の話だけどな」
アグリッパを挟んだ向こう側の飛び地だ。こちらも絶域だと思って本気で統制を取らなかったのは当時の幹部達の怠慢だと、グンターも思っている。露骨に口には出せないが。
「要するに、南岳派に高原州から追い出されたのは、あっちの連中の自業自得だ。アグリッパの顔色伺えとは言わんが、連中のために喧嘩を売るな」
フーグ司祭、黙って頷く。
「この間、カラトラヴァ侯から苦情を言われたのを忘れるな」
司教『いいな!』と念を押す。
◇ ◇
代官所、広間。
既に酒宴の様相だがお代官、酔ってしまう前に少し整理しようと口を開く。
「レベルの違う三つの問題が絡みあって仕舞っていて、面倒ですな。しかし・・」
「東方騎士団領との問題は代官殿の手腕も有之で大丈夫そうですね」と『司祭』。
・・彼の本来の関心事は、これだろう。
封建制度は面倒である。
アグリッパ大司教の封臣である東マルクの侯爵さまの、そのまた封臣である駄目男爵が、東方修道騎士団と揉めた。これは、大司教座と騎士団が頭ごし直接交渉で話が付いている。騎士団の撤退と駄目男爵処分でイーヴン決着だ。
これは渡りに舟である。更迭検討中だった男爵が消え、州境にはもっとマトモな封臣を置くべしと云う事で、我が伯爵さまにお鉢が回って来た。
で、その代官である自分が今ここに居る。
侯爵さまの使いと仰ってる『司祭』どのは、多分その辺の予後をチェックに来た御方。だが、彼がアグリッパでなく南岳の司祭らしいのは何故だ! まぁ上の方の政治の駆け引きには関心もたぬ方が良いのかもしれない。
頭越しされた侯爵さまが不愉快で・・とか詮索はすまい。
自分としては伯爵が棚牡丹で得したのを素直に喜んでおれば良いのだ。
「ゴドウィンソン家の地位回復は騎士身分の取扱ですから、早いところ伯爵法廷にお願いするとして・・」
「左様ですな。明朝早々に言上致そう」
・・この司祭さん法務担当か? 穿ったら駄目男爵の旧悪を掘り当てて了った。面倒事だが、お嬢が良い仕事したぞ。伯爵家の若手家臣がラッキーな事になるかも知れんから、頑張るか。
「暴動を起こした村民の処分も方針が定まっておられるし・・」
そう。俺のメインの仕事だ。
「暴動起こして自滅した愚か者の被相続権を認めぬ旨、高札で布告致したが、その遺族を追い出す強制執行は心が痛みますれば・・」
「東方移民に売っちゃう策は名案ですね。あちら様が勝手に勧誘してくれますし。これで『うぃんうぃん決着』すれば、お代官の手腕は高く評価されますよ」
いや、結構心が痛んでいる代官に、ちょっと抉る言い回しをする『司祭』だが、悪意は無いようだ。
ちょっと暗い話題に感じたアナ、ガールズトーク的な話題を振る。
「ガリーナさん家付き娘で、これから伯爵領の次男坊従騎士たち、どっと群がって来そうね」
・・それ、言っちゃわないで欲しいなと思うお代官。
「でもわたし見た目が並み以下だし」
「ほら騎士ってば、欲しい息子はナヨナヨ系男子じゃないからさ。実際、どこかの短足男爵とか失敗作の典型でしょ」
「うーん、伝説の騎兵隊長としちゃ期待外れもいい所の倅だったからな。短足倅は騎士どころか従騎士にもなれんかった訳だ。彼、後妻さんが壮健な男児を産んだら自分はどうなるか! と不安だったと思うぞ」
「でも同情できないわ。捻くれすぎ」
「この間は優雅な感じの男性が訪ねて来たけれど、男爵位の相続権を放棄済みって話をしたら二度と来なかったわ。それが最初で最後」
「げ、現金」
「そもそも決闘ででも戦争でも、欲しいものは力づくで奪い取るのが貴族の本質の根幹なんです。それを他の血族が婚姻で美味しいところ切り取って手に入れようと来るのを阻止せんと相続法を作った。だから『長男だから俺のもの』は貴族精神の堕落なんじゃないでしょうか」
「仰ることが、あんまり司祭さんらしく無いですね」
「否、貴族だなんだって聖典に出て来ませんけど。ハガルを追い出せと夫に迫ったサラは貴族らしいでしょうか」
「そういう難しいこと、わたし分かりませんっ」
ぷいっと突然話を変える。
「ガリーナさんのお母上って無理やり再婚させられちゃったけど、それでも最初のご主人に操を立ててらっしゃったの?」
「それ以前にあの豚、女に興味なかったみたい」
◇ ◇
王都某所、薄暗い礼拝堂。
フーグ司祭、祈っている。
「・・(どうしよう。やっちゃいました)」
続きは明晩UPします。




