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252.脛にも尻にも傷持ってて憂鬱だった

 コリンナ代官所の広間。

『トルンカ司祭』雄弁に物語る。


「騎士家子女ガルフレダ・ゴドウィンソンの婚姻は、夫の息にして相続人の強硬な反対により、男爵家の相続権放棄を前提に契約されたと思われます。婚姻後も旧姓ゴドウィンソンで対外的な文書に表記されていることが証拠です」

 一同頷く。

「しかしガルフレダの再婚後に出生した遺児は、前夫の認知に基づいてガリエナ・ゴドウィンソンと呼称し、出生身分は参審自由人とするのが適法です」


「異母兄パトリスは、先代さまの存命中から母が豚男と密通していたなどと有らぬ中傷を振り撒いて名誉を傷つけた上に、豚との再婚を強要したと聞きました。母が豚を撲殺できる腕力を持ちながら屈従に甘んじたのは、ひとえに優しいひとだったからです。わたしと違って・・」


 感涙に咽ぶガリーナを見て、だいぶ情が移っている風情の代官シュルツブールデル。


「司祭さんが聖職者じゃなかったら代言人べんごしになってやって欲しいところだ」

「わたくしとは別人ですが、トルンカ男爵フェンリスと云う別の人物が引き受ける事でしょう。わたくしとは別人ですが」

「じゃあ、私はお父さまに『後見人になって』って頼むわ」とヒルダお嬢さま。

「いや、判事はそれ駄目だから」

「なによ! オスカーおぢ様ったら俠気おとこぎ足んないわっ」

「いや俠気の問題じゃなくて、判事が原告の後見人って、それ駄目だから」

「じゃ、オスカーおぢ様が後見人なさいよ」

「お・・おう」

「これで将来ガリーナ嬢が同等身分の男性を婿に取って、伯爵殿が召抱えたならば改めて騎士領の授封を賜り、円満に一件落着」

『司祭』高らかに宣言する。


                ◇ ◇

 身分制社会というのは、落ちるのは簡単で、上がるのは難しい。

 例えば、騎士の叙任を受けるには二つ、いや三つの条件がある。


 財産要件と血統要件で二つ。三つ目が、馬に乗って戦闘できることだ。

 馬に乗って戦闘出来ない者を騎士にするのは、論理的に無理だろう。弱くたって戦闘は出来るから・・すぐ死ぬかも知れないが・・馬に乗れれば、一応この条件はクリアと言って良い。

 両脚義足で戦場を駆け巡る豪傑もいるから問題ない。

 たまに才能的に全く乗馬のできない者がいるが、これは諦めて頂くしか無い。


 次に財産要件。

 世襲領地を最低およそ五十町歩所有しているのが条件だが、私的財産を所有せぬ修道騎士が厳然と実在するようになってから半ば空文化した。

 そして血統要件。

 父方母方の祖父祖母四人全員の出生身分が参審自由人であること。これが仲々に簡単でない。

 ただ、条件まるっと無視して勲功で騎士に叙任される事がある。


 実例に即して説明しよう。

 嶺東州で名の知れた某ラリサ・ブロッホという女性、祖父が不世出の豪傑剣士で赫赫たる名声を博し、騎士に叙されたが、出身は裕福な市民であった。自治都市の参事を輩出する家系で、公式の席で騎士と同格の処遇であったが、騎士家の生まれでない。

 その息子は南北戦争の『敵中横断三勇士』として叙勲された。匍匐前進していただけだが、彼らの呼んだ援軍が間に合って戦争は逆転勝利に終った。


 こうして二代続いて勲功で叙任され、三代目の彼女が世襲の騎士階級入りする。

 その後、伯爵の叔父から『息子の嫁に』と口説かれて世襲貴族入りするのはまた別の話だが、こういう上昇組は珍しい。

 言い方を変えれば、三代も続いて格上の家系と婚姻を結べるのは、三代も続いて傑出した、或いは幸運な人物が出ることであり、稀有なのである。


 パシュコー男爵の息子は出来が悪く、騎士ゴドウィンソンの娘は陥れられた。

 どの世界も、落ちる者の方が多いのである。


                ◇ ◇

「次に、ガルフレダ・ゴドウィンソンが受領すべかりし『寡婦年金』を再婚相手が掠取していた件につき、その金員が故パトリスに環流していた疑いについて」


「え! そこまでは考えなかったわ! さすがは本職の詐欺師」

「いや、詐欺師ではないのですが・・父の死後、後妻に自分の腰巾着男との再婚を強要するなど、狙いは明々白々では有りませんか」

「いいえ! 本物の悪党だけが看破できるのです! 見事な慧眼だと思います」

「ねぇお嬢さん、ぼくに当たり・・強くない?」

 思わず自称が『わたくし』でなくなる『司祭』。


「それなんだが・・」と、それまで黙って聞いていたルドルフ中尉。

「あの男爵家は、数年前に次男坊の不始末で債鬼協会の追い込みを受けていた筈。協会が何か情報を持っている可能性は高い。男爵領の経理事務を誰に外部委託していたかとか、な」

「噂にゃ聞いたが、そんな・・おっとろしい団体あんのか。怖すぎる」

 異常に怯えるグレッグ。こいつ借金あるな?


 アナ、ヘスラーの街で聞いた話を思い出す。

「それで中尉さん、その『債鬼協会』と云うのは?」

探索者ズーカギルドの債権回収チームである。通称が『債鬼協会』だ。探索者ギルドは『探す・見つける・取って来る』の各種専門家が作っている組合さんぢかだ。人質の身代金交渉人とかは傭兵団も頻繁に使うし、他にも盗品買戻し屋とか、役に立つその道のプロが居る」


「捨てられた女の恨み晴らし屋は?」

「貢がせて逃げた男を捕えた噂は聞いた」

「だってさ。『司祭』さん、気を付けてね」

「いや、ですから詐欺師ではないのですが・・・」

「攫われた女を奪回した最近の話は有名である。大変な裁判になったからな」


「話を戻して・・高価な鎧の売掛金だっけ、債鬼さんが乗り込んだときに男爵家の経理係と会ってるってこと?」

「この屋敷、領主の居館にしては領内を把握した書類のたぐいが少な過ぎて、略奪で散逸しただけとは考えにくいんだ。外注で丸投げしているかとは思っていた。だが守秘義務の壁は厚いからな」

 お代官シュルツ話に乗って来る。

「アグリッパの債鬼ズが会計屋の顔見てるとしたら、そっちの線からグッと探りを入れられやすぜ」


「・・・(これ、男爵の隠し財産とか出て来んかな)」

 ちょっと黒く北叟笑ほくそゑお代官シュルツ


                ◇ ◇

 アグリッパ、侯爵邸厨房。


「エルダっち、さすがに御来客が続くと大変だろ」

「ん・・まぁ」

 正確にいうと、頻々彼女に会いにへスラー伯親子が交代で来るので、大変なのは彼女だけである。

 仕事自体は妹ちゃんの参加以来、俄然楽になっている。

 更にもう一人、ときどき増える。

「エルダっちのお祖父さん、いかにも格調高い『旧家の執事さん』って感じだな」

「さいきん父に仕事引き継いで引退したから、ヒマみたい」

「せっかく良いお手本が入来らっしゃるんだ、見て勉強しよう」

「アントンのそゆとこ好きよ」


 彼女、袖口に紙を挟んでいる。

「それ、なに?」

「お兄ちゃんが置いてった付け文。気取らない小唄ふうでも古典の本歌取りを些少ちょっとり込む辺り、お洒落がわかってらっしゃるわん」

「そういうの、わかるのか」

「商売柄アレで、薬学の本は覚えちゃうほど読むけど、昔の人って実用書も韻文で書いたりするんだもん」

「彼と気が合ったりするのか?」

「んー、武骨者のおぢ様が好きだったり」

「お前、そっちか」

「だって、奥さまの侍女が本業のつもりだから、あとはバイトで後妻するくらいが丁度良いかなって」


「それ、バイトかよ」


                ◇ ◇

 オックルウィック村、醸造農家直営の立ち飲み処。

 陽が落ちて薄暗いので女給そろそろ店を閉めたいが。客が帰らない。


「なんか、俺らの借りてる畑、俺らのものになるって話はホントみたいだな」

「地主がほとんど死んじまったんだから、てっきり官有地んなるのかと思ったぜ」

 だいぶ前から高札にそう書かれているが、なんせ村にそれを読める者がいない。

 これからは納税義務を負うが、今まで払ってきた小作料より安いとか、そういう細かいこともまだ知らない。


「ちょっとあんた! そんなとこで、なに五体投地してんだい!」

「いや、尻の傷が癒えねぇから、地べたに座れねんだよ」

「ここは立ち飲み屋だぁから座んの禁止だよ! 座ったら次ゃ寝ちまうんだから」

「ちぇ」

 男、板切れを杖にして立ち上がる。

 風体も顔も胡散臭い・・




                ◇ ◇

続きは明晩UPします。

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