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251.証拠あっても憂鬱だった

 旧パシュコー男爵居館、今はコリンナ代官所。

 わざとらしい人の気配に一同振り向くと、やたら美男な聖職者がいた。


「あなたはっ! いつかの詐欺師の人!」

 アナ、思わず声が出て仕舞う。

 慌てて訂正する。

「失礼しました。いつぞやお見かけした、すごく詐欺師っぽい御方」

 いや、それも失礼だが。


「わたくしは『詐欺師っぽい』ですか?」

「失礼しました。死んだ祖父が常々申しておりましたもので・・『必要以上に見目麗しいひとを見たら詐欺師と思え』と」

 聞いて聖職者、破顔。

「それでは、お褒め言葉として頂戴仕ります」


「アグリッパ東門でお姿を拝見したときは、純白の名馬に跨った優雅な騎士さまで光来いらっしゃいました」

「ああ! の時は急ぎの旅で、驢馬では足がおそいので騎士の身装みなりして騎行致してをりました。成る程ん成る程」


「どちらなのですか?」

「両方ですが、今は『トルンカ司祭』とお呼び下さい」

 ジロラモ元助祭ひそかな声で耳打ち。

「追及なさらぬほうが宜しい。あの白き衣・・南岳の修道騎士かと」


 聞こえたのか、お代官シュルツ稍や緊張の面持おももち。

「欠礼致して遺憾でございます。部下が誰も司祭さまのご来訪を告げぬとは」

否々いえいえ皆さま、わたくしの礼拝に礼拝をお返し下さいました。さすがアグリッパの信徒衆は敬虔で被在いらっしゃいます」


「して本日の御用向きは?」

「なんぞ東方修道騎士団と軋轢無かりしか侯爵閣下お気になさり、わたくしに見て参るようお申し付け下さりました」


「拙者、先方のフラミニウス助祭と仰るかたと接触を持ち、穏便な協力関係を以て事態の収拾に当たっており申す。懸念なき旨お伝え下され」

 ・・向こうが万が一にも強硬な態度に出るようならば、こっちは南岳教団と手を組むと言って脅かせ、という話かな。そんな局面にならぬよう頑張らねば。


                ◇ ◇

 ヒルダお嬢さま、帰って来る。


「あらっ! いつかの詐欺師の人!」

 その第一声に、背後に控えていた小男の騎士、吹き出すが辛うじて声は抑える。


「いや、わたくし確かに言葉巧みに白紙委任状を頂きましたが、伯爵さまには何も不利益は有りません。益だけです。詐欺ではないのですよ」

「ほんとかなぁ」

「旦那に簡単に言いくるめられないって、このお嬢さん仲々どうして結構な才覚かも知れねぇでやんす」

「君も結構ひどいなぁ」


 ヒルダお嬢さまの背後にいるもう一人の人物を見て、お代官シュルツ露骨に眉を顰める。

 ガリーナ・ガンターの姿があった。


「こいつ、子分にしたから」

 お嬢さま得々と言う。

「押しが強いんだよこの小むす・・お嬢さま」


 改めて、お代官に挨拶する。

お代官シュルツさま、初のお目文字で不運な行き違いがあり、大変失礼致したことお詫び申し上げます」

「・・怒鳴ってなきゃ『中の中』くらいか・・」

「え?」

「失敬、何でもない。故パトリスの存命中はいろいろと御苦労なさったと伺った。深く同情致す」


「亡き母は我が亡兄パトリスに、婦人用資産げらあでを掠取され農民との婚姻を強要されて参審自由人の出生身分を奪われた上、更にその農民は後見人の権利を悪用して母の所有地を我が物とし、さらに寡婦年金所得を収奪しました」

「そこまで悪質であったか。身分回復訴訟はお考えか?」

「はい」

「残念ながら、判決は判事の意思でなく裁判員の評決で決まる。敗訴すると現在の地主身分も失なって無産自由人に落ちるので、証拠固めは確実になされよ」

「証拠ですか・・」

「冒険者ギルドの探偵が頼りになる。調査費用は官費で支出するゆえ呉々も万全を期すように」


「ご紹介に預りました、アグリッパ冒険者ギルドのアナ・トゥーリアと申します。手近なところで、略奪者から押収した婦人用資産げらあでを調査致したく思います」

「うむ、客間の一つを仮の証拠品保管庫にして押収先ごとに整理してある。分類を崩さぬよう注意してくれたまえ。婦人用資産は宝石・装身具など小物が多いので、まだ多くを村民が隠し持っているかも知れんが」

 アナとディジ、退出し仮保管庫へと去る。


 常例いつものように噛み付いて来ないガリーナに、却って寂しい代官シュルツブールデル。

「しかし、パトリスはお母上の何がそんなに癇に障ったんだろうなぁ」

「背じゃないですか? 亡兄は短足なぶん背が低かったから」

「短足なせいで婦人より背が低いって・・」

 ・・どんだけ短かかったんだ・・足。

 ガリーナも金髪碧眼の北海系。母親も彼女と同じく大柄だったのだろうが。


「短足なぶん背が低い・・か。あなたも背が高くて嫌われた口かな」

「奥さんが逃げるのを手伝った所為もあるわ。アグリッパまで馭者しました」

「逃げた奥さんの提訴による資産引渡命令はツァーデクに記録が残っていた。その執行後にも旧男爵邸に残っていた婦人用資産は、パトリスが違法に奪ったあなたのお母上のもの・・と言うことになるだろうな」

 パトリスの実母が所有していた婦人用資産は、相続法に基づき既に近親の女性に遺贈されている筈だからだ。


                ◇ ◇

 証拠品保管庫となっている広い客間。


「どうすんの、これ・・」

 旧男爵邸の荷物全てをひと部屋に詰め込んだか、という感じ。膨大である。

 なのにディジ、早くも何かを見付ける。

「見て!」

 安っぽい首飾り。

 金よりも銅の含有率の方が高そうで既に緑青の吹いた台座に、小さな燻んだ青の宝石・・でなく玻璃がらす玉。

「なに?」

「いや、色の取り合わせがガリーナの髪と目だなぁと思って」

「それっぽいわね」


 アナ、肘でディジの脇腹をつつく。

「さすが、手が早い」

「それ『目が利く』って言うとこじゃないの」

「だって、ご亭主とのゴールインも最速だったし」


「あんた・・妬いてんのね」


                ◇ ◇

 アナとディジ、皆のところに戻る。


「これが奉公人(3)と書かれた縄張り内に有りました」

「うむ。旧男爵邸で家政婦として働いていた女の自宅で押収した品だ」

「安物ですが、ガリーナの髪と目の色と一致します」


「わたしが生まれたの、先代が亡くなって母がお屋敷を追い出された後だけど」

 一瞥して口を挟む『トルンカ司祭』と名乗る男。

「それ、宝石じゃなくて硝子玉ですね。その類いの物には光の加減で銘文が浮き出すものが有りますよ」

「さすが結婚詐欺師、女にプレゼントする品に、お詳しいのですね」

「いや、詐欺師ではないのですが・・」

「あなたにそんな顔して口説かれて、光に翳すと自分の名前が浮き出すペンダントなんて渡されたら、落ちない女はいませんね。わたし断言します」

 アナの中では彼、詐欺師で確定しているようだ。


 ジロラモ書記官、手に取って夕陽に翳す。

「本当だ! 文字がうっすらと・・ad filiam meam(わが娘に)・・」

「恋人へのプレゼントでは有りませんでした」

『司祭』続ける。

「お嬢さん、あなたの目は『燻んだ青』。でもお母上は北海系らしい『澄んだ青』だったのでは?」

「燻んだ青い目はパシュコー家の血ですな」

 代官、思わず呟く。

『司祭』満面の笑みを浮かべる。

「これは、先代男爵殿が遺された最後の意思ではないでしょうか。『二人の特徴を兼ね備えた娘が生まれたら認知する』という遺言です。神聖語を彫り込める職人は多くないでしょう。アグリッパでお探しになれば宜しいかと」


「さすがは一流の詐欺師。説得力が半端じゃないわ」

「いや、詐欺師ではないのですが・・」

「つまり先代が最晩年にガルフレダ・ゴドウィンソンの懐妊を知り、敢えて安物の首飾りを発注したのは・・」

「息子パトリスの妨害を予想しての事でしょう。更に『男児だったら認知しない』と解釈できる銘文にして、息子に知られた場合でも反発が少ないように配慮した。しかし息子は銘文に気付かぬまま蔵匿し・・」


『司祭』続ける・・。



続きは明晩UPします。

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