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250.やっぱり訴訟ありそうで憂鬱だった

 もう北海州にも近いノックス城からの帰路。

 アナ・トゥーリア、少し憂鬱である。


「ねぇ・・先代男爵って、ガリーナの母とは結婚してたけれど、扱いは妾並みって事だったのかな」


 ジロラモ書記官、少し考えて慎重な言い方をする。

「新妻に、死別後も彼女が自由にできる生涯年金と言う意味で、不動産の利用権を遺す場合には、将来その不動産の所有権を相続すべき男系卑属・・この場合長男の同意が必要なんです」

「再婚に反対する息子との妥協が必要だったって事?」

「有り体に言えばね」


「まぁ息子だって、自分より年下の娘と結婚するって父親が言い出したら、誰でもヒネくれるでしょう」

 そうでない人らの話も最近聞いた気がするが、その時の感想は『非常識な親子も居たもんだ』だったから、否定的なことを言う。


 親子して一人の女を争うとか、昔の蛮族時代じゃあるまいし。

 もと僧籍に在った彼の感覚は、こうだ。


 むろん『息子の嫁にと取り寄せた令嬢が美しかったので、父と異母兄が共謀して奪った』なんて何処かの伯爵の話を聞いたら、彼の血管は破裂するに違いない。


「もう一点。気になるのが・・」

 書記官もそもそ喋る。

「彼女の母の名『ガルフレダ・ゴドウィンソン』です。もし、北海州のゴドウィン氏族ならば、父親が先代男爵の従僕というのに違和感があります」

「名門とか?」

「いや、海賊の一門ですが・・軽輩には『始祖の名前入り』の姓は名乗らせないと思いますよ」


「つまり?」

「父親が零落士族、母親が農民と記録されていたのは、事実と逆かもしれないってことです。ガリーナさん、母親から相続した土地の方が広かった、という話でしたでしょう?」

 騎士家は普通の地主の最低三倍というのが足切り基準だから、底辺騎士と裕福な農家を比べれば、もっと差が少ないことになる。もちろん騎士として就職できれば主君から封地を賜るので全然変わって来るが。

 

「教会に残ってる記録を、改竄できたりするわけ?」

「いえ、あれは結婚の際に近親婚でないことを調査した結果なのです。紋所入りの器物とか、自己申告する証拠物件を夫婦間で入れ替えれば、割と簡単に虚偽申告が出来てしまいます。ちょっとした手続ミスということで」

「ふうん・・『捏造じゃないか』とかばっかりチェックしていて、細かいところが甘いわけか」

「本当は、男の身分が上か女が上かで相続法上は大違いなので、そんなに甘くちゃダメなんですが、ガンター家のケースでは男がもう単なる富農だったので甘かった可能性があります」


 騎士の娘が農民の男と結婚すれば、女がダウンして農民夫婦になる。騎士が農民の娘を娶れば、女の身分が上がって騎士夫妻になる。

 夫の身分が生きるわけである。


 いろいろ考察しながら代官所へ向かう一行であった。


                ◇ ◇

 代官所。


「お嬢は聞かんだから」と代官。

「でも、ぶつけたら勝ったりして・・」

 独り言が続く。


 ヒルダお嬢さま代官が止めるのも聞かず、ガリーナの顔が見たいと言うが早いかスタスタ出掛けてしまった。

「親の顔が見たいなら地下牢なんだがな。いや、親じゃないか・・」


                ◇ ◇

 オックルウィック、村長宅。

 対決が始まっていた。


「わたしが伯爵令嬢で侯爵さまの義妹よっ。平伏ひれふしなさいおーほほほほほ。後妻の連れ子でほぼ他人だけど、この世はよろず肩書きよっ」

「この小娘ったら寝小便が臭うわよ。顔だけで生きて行けると思ってんの!」

「肩書き有るしっ。実態ないけど」


「あたしなんか今日は村長の娘で、近日中に死刑囚の娘よ。世界でいちばん結構な肩書きでございますわ」

「あんたも首吊り?」

「しないわよッ!」

「されないの?」

「・・と思う」

「ほんと?」

「実の娘じゃないし、共同ボーギもしてないし、仲悪いのも有名だし・・」

「そいうの関係なく、成敗るっときゃ成敗るよ家族皆殺し処刑」

「家族ないし」


「あー、一族皆殺しってのは、讐は一人でも生き残ってたら血の復讐ヴェンデッタしに来るから怖い〜って時代の名残りでねぇ。今時の法じゃ規定ないから滅多に無いでやんす。そんな心配しなくっていいっすよ」

 傍から小男が口を挟む。


「あんな豚が犯した罪の余波で処刑されたら、あたし絶対化けて出るわ」

「それ、裁判長に言っといてあげる」

「あの強欲豚は、あたしの異母兄の腰巾着で、母さんが男爵家を追い出されるのに一役買った上、ゴドウィンソン家の土地を乗っ取り、母さんに支払われてる年金を分捕り、村の王様みたいに振る舞ったわ。ああ早く吊るされないかしら」

 恨み骨髄のようだ。

「お代官の軍隊が来るのが遅かったら、男爵邸から漁った盗品をすっかり処分して知らん顔する気だったのよ。河原難民が襲ってきた話をでっち上げて豚子分と口裏合わせてたもの」

「外道豚ね」

「不味そうでやんす」


「だけど、なんで隣りの領主が攻めて来んの?」

「そりゃ裁判権が有るからっすよ。ここら一帯の国王裁判権を行使するのは国王の代官として裁判長を委嘱されてるツァーデク伯爵っす。旧男爵邸に駐留してるのは其の伯爵の代官さん率いる軍隊。村長吊るす判決を下せる裁判長は、彼っす」


「お父さまは、領主としては侯爵さまの家臣だけれど、裁判官としては国王陛下の代官なわけね。なんかフクザツ」

「死刑判決だせる人を絞ってるんでやんす。大勢いたら嫌でしょ?」


「・・っていう割には、けっこうアッチコッチでやってないか?」

「そりゃ違法リンチ」


「こちらの領の騎士さんが御ふた方見えて訴えをなさって、ザンドブルグのおぢ様が調査に来たらとんでもない事になってて、それでオスカーおぢ様が軍隊連れて来て制圧したんだよ」

「あのおっさん嫌いだわ。目の敵にされてる気がする」

「いや確か、最初あんたが食ってかかったと言ってたわよ。一体なんの権利あって攻めて来んのか! って」

「だって・・」

「いやいや、捜査権も裁判権も現行犯逮捕権もあるっすから」


「んでもって整理すると、騎士からの訴えで伯爵の部下が調べにきたら、農民らの犯罪が現行犯でぽろぽろ出たもんで、農民を裁く裁判官が軍隊ぞろぞろ連れて来て駐留して詮議中なわけなのだ」

「お嬢さんが『整理』すると益々わかんねっす」

「んでもって、男爵の問題は侯爵さまが直接の主君として検討するから、わたしらノータッチ」


 階級社会で裁判も階級別だから、階級別に整理すのは正攻法だが、分かり易いかどうかは知らない。


「んじゃさ、男爵が悪意で騎士を陥れちゃって、その騎士の子孫がいま農民のとき如何すんの?」

「・・・」

 ヒルダお嬢さん、詰まった。

「・・お父さまに聞いとく」


                ◇ ◇

 代官所。

 アナたち一行、戻る。


 お代官シュルツに報告。

「聖ティモテウス修道院の荘園管理者に確認して参りました。ガリーナの母は先代パシュコー男爵とは婚姻関係にありましたが、旧姓のままでした。これは『子孫の相続権を放棄する代わり寡婦年金は終生受け取る』という貴賤婚モルガナティシュ関係であったと判断されます」


「穏当なところに落ち着いたか」

「ただし、ガリーナの母ガルフレダ・ゴドウィンソンと村長アロイス・ガンターの婚姻に不審な点があり、さらなる調査が必要と思われます」

「不審な点?」

「故パトリス・パシュコーが違法な介入をした疑いが有ります」

「ガリーナの異母兄か・・粘着質な奴だな。だが・・」

 お代官シュルツ少し悩む。

「故人だし爵位剥奪処分済みだ。これ以上何か罪に問う必要があるだろうか」

「罪状と関わりなく、事実関係は明らかにすべきかと」

「同意する」


「お嬢さまは?」

「ガリーナに会いに行っちゃった」

「穏当な展開じゃ・・なさそうですね」


 と、人の気配。



明日、通院で更新休みます。

続きは次の晩UPします。

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