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249.結論でたが憂鬱だった

 アルトデルフトの町、丘の上の修道院。

 院長室でフラミニウス助祭が報告している。


「旧パシュコー男爵領に置かれた代官所とは適宜連携を取りつつ、勧誘活動を鋭意進めております」

「うむ。あそこの領主は狭量で頑迷な男でした」

「はい、それが当方に都合よく働いていた時期も有りましたが・・」


「高原州からの難民を毛嫌って拒絶する態度が、彼等を此方に来させる力としても働いていましたからね。然し困窮せる人々を単に疎むに留まらず、力以て害せんとた行為は人道にもとり、神もお怒りになったのでしょう」

「尤もな事でござりまする」

「引き続き、叛徒の遺族を迎え入れる活動に努力しなさい。全てみな神の御意志に叶う事です。くれぐれも、アグリッパ大司教座、並びに東マルクとの良好な関係を保つこと」

「はっ」

「東方植民の生産力が思ったように伸びない今、糧道の安寧は新規労働力の獲得と具に最重要の事項です。バランスを損なってはならぬ。一挙手一投足の折にも常に是を念頭に置きなさい」

「はっ」

「前線の兄弟達が異教徒らの改宗より掃討に重きを置いている事は、現場に於ける戦術上の判断かも知れぬゆえ非難はせぬ。非難はせぬが、今少し戦略に目を向けて欲しいものです」


 ベルンハルト院長、苦い顔をする。


 ・・これは何処からか、我が独断専行の情報が入っておるな。今回は、軽く釘を刺されたか。

 フラミニウス助祭、密かに心胆寒くおもう。

 院長くどいだけの男でない。


                ◇ ◇

 オックルウィック村。

 アナ・トゥーリア夜中に不図ふと目覚める。

 一緒に飲んだ小作人の飼葉乾燥小屋に泊めて貰ったのだった。

 立ち飲み屋だから其れ程酔った訳でもないが、少々寝付きが早かった。


 考え事をしているうち闇に目が慣れると、グレッグが野生を失なった犬のように臍出して寝ているのが見える。あまり見たくなかった。

 ディジの亭主さんは割と育ちが良いのか、背筋まっすぐにして祈るようなポーズで睡眠中だが、お弔い儀式中の故人みたいで変な気もする。ディジのやつ、この人の横に寝てても違和感無いのだろうか。

 いや、寝てる人の観察して如何どーする。


 調査対象の女の母親は、先代男爵の従卒の娘だったという。忠義者で、没後には遺族が厚遇を受けたという話らしいから、娘も単なる使用人ではなかった可能性が否定出来ない。

 目を掛けているうち目掛けになっちゃう話はよく聞くのだ。

 妾でなく自由恋愛フリーデル婚レベルかも知らん。

 だが男爵と地主階級だから、封建身分は二段階の差がある。正式に婚姻してても貴賤婚モルガナティシュな関係だと言って子供に相続権を認めない周囲のひとが多いかも知らん。

 ・・っていうか、異母兄ぜったいソレだな。


 等々勘考しながら二度寝する。


                ◇ ◇

 翌朝、人目を避けつつ依頼者のお代官シュルツを訪ねるアナ一行、意外な人物に出会う。


「ディジ!」

「あなた! 逢いたくて、つい来ちゃった・・と言うのは嘘で司祭さまから追加のお使いです。こちらの書類をティモテ修道院に提出願います」

「これは?」

「侯爵様ご成婚で、院の直営地デカニアに管理委託している土地の配当受領権を奥方様への朝の贈り物モルゲンガーベ)なさいましたので、こちら支払先変更届です。巨額ですので・・」

「本官が護衛として同道致した。ルドルフ中尉と申す。お見識り置きくだされ」


「こんな早朝にお着きとは!」

「騎馬に装着する特殊なカンテラが御座りましてな。それで夜道もひと駆け」

 ・・メリダの言ってた『大司教座直属の傭兵特殊部隊』って、これか。こっそり納得するアナ。


お代官シュルツさま、ご依頼ありました調査対象ガリーナ・ガンターの持つ手札、母親が先代パシュコー男爵から受領した朝の贈り物モルゲンガーベ)が『寡婦年金』として支給されていた記録ではないかというジロラモ書記官の推理之有これあり、この機会に聖ティモテ修道院の記録を調査致したいと存じます」


「つまりガリーナが本物の可能性ありと?」

「本物の御落胤でも、相続権の有無は別の次元では御座いますが」

「うむ。宜しくお願い致す」


「ちょっとぉー、当家うちの財産ピンチ?」

 ヒルダお嬢さま登場。

「いや、向こうサイドの無理攻めと存じます。かの男爵家の封地れへんは授封更新不可でツァーデク伯領に併合と内定済み。お姉君のご意向で、将来お嬢の息子が男爵家を興せるようにと配慮されておりますから、あと残るのは故パシュコー男爵私有地あいげんの継承権のみ」

 代官の説明を聞いたお嬢さま。言下に・・

「んなら故男爵の不行跡で、私有地も没収しちゃえば良いのに」


「なるほど! 没官領にて仕舞えば男爵の異母妹が相続する余地無しですな」

「えへん。こういう意地悪は得意なのよ」

「お嬢、言い方!」


 アナ言う。

「なおガリーナ・ガンターは母親の土地を相続済みで、村長アロイス・ガンターが処分されても裕福な地主階級というポジションは揺るがないと思われます」

「あの『きんきん女』、この難局をサバイブか」

 残念そうな代官。


「あの村長と血縁ない可能性とか聞かされると、縁座で処分とかも抵抗あるな」

 本気で悩んでいる。

「先代男爵の死去、母と村長の結婚、ガリーナ誕生の日付を単純に追うと、本物の御落胤である可能性は低くないと思います」

「そうかぁ」

 アナの説明に呻く代官、彼女が苦手そうだ。


「わたしって後妻の連れ子だし、そいつは愛人の子か微妙。立ち位置その他諸々が似てるって言やぁ似てるわね」

 腰に手を当て『わーはは』と笑うヒルダ嬢。

「色々微妙でも、わたしは伯爵令嬢で侯爵閣下の義妹。勝ち組よっ! 勝ち組っ」


 こういうところ、やはり十代前半ちうぼうである。


                ◇ ◇

 アナ一行、聖ティモテウス修道院へと向かう。ディジと中尉が加わっている。

 アグリッパ市庁書記官のジロラモ助修士が侯爵からの正使で中尉が護衛官。あと書記官の妻とその友人、それに荷物持ちという体裁である。


 当の修道院は北海州寄りの峻険な岩山の上にある隠遁系の修行場だが、直営地の荘司くるちすは平地の城跡に管理棟を建てていた。

 莫大な額の金銭を管理するので、現在でも城のようだ。

 その名もノックス城。


 侯爵からの使者一行ということで、実に丁重な応対であった。

 支払先変更届の授受で儀式めいた遣り取りの後、書記官『別件で』と切り出す。


 ひととおり聞いた荘司、慣れた様子で話しだす。

「ティモテ院は修道僧の皆様が俗世の縁を絶った環境で修行なさる場で、私どもはその場を維持する為の俗人会士です。院に寄進された土地のみならず、貴族様方の所有地も荘園として運用し、頂戴した手数料もティモテ院の維持管理に当てさせて頂いております。侯爵さまからお預かりしている土地は全体の半分ほど」


「・・(侯爵さまって、凄いもんポンと呉れちゃってんのね)」

「お伺い致しましたパシュコー男爵持分はガルフレダ・ゴドウィンソン様に一期分しょうがいお支払いしたのち、定法どおり相続人の故パシュコー男爵パトリス様に支払い先を変更致しました」


「パトリス殿の死去はご存知でしたか」

「ガルフレダ様の相続人から伺いました。然し私共と致しましては故パトリス様の指図書あるいは遺産分割協議書の提出無き場合、故人住所を管轄なさる伯爵法廷に供託せざるを得ぬとご説明したのが、つい先日」


 供託の意思を伯爵に伝える旨を約し、ノックス城を辞去した。


                ◇ ◇

 帰路、ジロラモ書記官が纏める。

朝の贈り物モルゲンガーベ)が先代男爵の意思で実行されていたので、婚姻関係の存在が確認されました。しかるに受給者が旧姓のままだったので、これは最近は珍しくなくなった貴賤婚モルガナティシュ式の婚姻であって、子供に相続権を与えぬのが先代男爵の意思であったと確認されました。子に遺贈する財産は別途用意すべきだと思いますが、それは私の意見に過ぎません」


「うん・・ちょっと物悲しい結論かな」

 ガリーナ・ガンター、もちっと騒いでいい気のしているアナであった。



続きは明晩UPします。

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