248.なんか危なくて憂鬱だった
低丘陵の上。
旧パシュコー家の居館、改めコリンナ代官所。
立地は平山城っぽいが城壁が無い。
防衛機能が薄くて城館には該当しないが、男爵邸としては恥ずかしくない勇壮な構えだ。
駐屯する治安部隊を率いているのは代官のオスカー・ド・ブールデル。伯爵家の騎士筆頭である。
伯爵、分家筋の男爵たちの中では格下のほうの家から婿に入って本家当主の座に就いたので稍肩身の狭い中、騎士筆頭が彼をよく支えた。ヒルダ嬢、小さい頃から父の片腕に懐いていたものだ。
「姉の結婚式、行って来ました。お歴々がいらしててガチガチんなっちゃった」
「お嬢おつかれ」
向き直って・・
「おお! 先日の騎士殿がた。お気遣い、ありがとうございます」
侯家から護衛に随いて来た二人とは、水門開放の慰労会でも顔を合わせている。
「いや、ども。なんか面倒事なら俺ら両名またお手伝い致しやすぜ。侯からも左様申し付かってやんす」
「まぁひと休みなさって」
急な来訪だったので、夕餐の支度が大変。
◇ ◇
日没が近づき、歩みを早めるフラミニウス助祭たちの辿る道、向こう側から人が来る。
フードを深々と被ったマントの男一人である。
姿勢良く、歩幅が一定で、軍関係者と思われる。
助祭一行も、それによく似ている。
白いマントにフード深々、歩幅も一定なうえ歩調が揃っている。細かく言うなら正確に一呼間半パススである
男、助祭と擦れ違いざまに囁く。
「計画に齟齬。仕切り直す」
通り過ぎる。
「それなら、それでも良いでしょう。リスクを負わずに済みます」
助祭、ぼそっと独りごちる。
◇ ◇
オックルウィック村。
醸造農家の直営立ち飲み屋。
「村長ってば、よくわからん人でさ・・せこくて吝嗇かと思やぁ気前良かったり;ガメつかったり鷹揚だったり」
まぁ、人間なんて矛盾の塊だが、そういう人がトップじゃ困るだろう。うちらの町だって大司教さまの周りに参事会がいるから穏やかな政治なんだと思うアナ。
「村の裁判所でもそうだと、みんな困るんじゃねぇのか?」
・・村には裁判所なんか無いわ。それは村の『住民集会』だよ。まぁ裁判っぽい事もするけど。
だから、変な性格の人だと、困るってやぁっ困るかな。
「本百姓でなきゃ人間扱いしねぇとか、まぁ困ったとこも有ったけんどな。だから俺ら小作人から好かれちゃいねえが、落ちぶれて欲しいとか、死んじまえとかまで恨まれてもいなかった・・けどなぁ」
「そうなっちまうのかい?」
「んまぁ多分。領主んち荒らしたのも暴動も、村長みんな音頭とってたからなぁ」
「ご赦免とか、無かべいなぁ」
グレッグの問いに、小作人たち厳しい答え。
盗みに厳しい世の中である。
被害額3ジリンゲ未満なら手首切断刑で命は助かるが、それ以上の額なら浮世とおさらばだ。
「うちゃ、どーなるんだろうね?」と醸造農家の家政婦おばちゃん兼立ち飲み屋の女給。
「おめんちの雇い主も暴動に加わってどっか行っちまったろ?」
「あいつぁ入婿で土地は奥さん名義だ。ぼっしゅー財産は旦那の私物だけかもな」
「奥さん盗みに行ってねぇのか」
「子供が上は八歳で下は五歳。相手してて、あの日は家に居らいたよ」
「んじゃ、お咎め無しかも知んねえな」
「するてぇと、村長んとこの娘、あれって母親んちの土地ぃ相続してっから、あの女も生き残りか」
「どうかな。村長は暴動煽ったりしてっから縁座喰らうかも」
「微妙か・・」
アナの目が光る。
「女が地所持ちって珍しいわね」
娘の相続順位は家族で一番あとだから、兄が全員独身のまま死んだか、それとも一人娘か。
「あいつぁ祖父さんが先の領主さんの従卒で、だから一人娘だった母親はそこらの本百姓よりずっと広い土地を遺されてんの。村長そんな嫁貰ったから、妻の土地の収益と親から受け継いだ土地の収益、そっくり手に入れて左団扇よ」
「んだ。それが、余計ながめつい真似して吊るされてちゃ、阿呆も阿呆だな」
「村長の娘、母親譲りの土地ぁ無事ってかぁ」
二代続いて一人娘らしい。
「泥棒して無けりゃな」
「そうならな」
グレッグ笑う。
◇ ◇
代官所、夕餐の食卓。
「ゆくゆくはお嬢が受け継ぐ領地だ。変な後腐れは断って置きたくてな」
「前の領主との間の軋轢かも知んれねぇけど、暴動起こすよな連中は一掃しといて正解でやんす」
小男の騎士、にやにやしている。
「しっかし、そのハーメルンとか謂う修道士さん、女子供みんな纏めて東方植民に売っ飛ばすとか、エグいっす」
「フラミニウス」
「あ、フーラミン」
「フラミニウス助祭。福祉目的で再嫁先や里親の斡旋中です」
「絶対カネ取ってるっしょ其奴」
「かも知れんが、この地にずっと住み続けて、これまで横柄な態度で使役してきた小作人たちに頭下げて暮らすより良かろうと」
「そうそう。『後腐れは断って置く』が正解っす」
「残る問題は、相続人曠欠の裁定に異議申立が来る可能性です」
お代官、深刻な顔。
「大司教座の偉い人っから聞いた話なんすけど、死んだ男爵一家のこと素行不良で改易もアリってことで前から内偵してたって。今回の一件で封地御召上が決まってツァーデク伯爵領に編入ってことで、もう正式授封の日程調整中なんですと。んで以て相続問題で異議申立可能なのは、私有地だけでやんす」
「それは気が楽になり申した」
「私有地の所有権で争って来んなら、決闘裁判に持ち込みなさいやし。私がちょんちょんと切っちゃうから」
「切るって・・どこを?」
◇ ◇
村の立ち飲み屋。
グレッグ、鼻が赤い。
「村長の娘と、ここのオーナーの未亡人。それ以外の本百姓は全滅ってことか」
「何したのか村八分みたいな扱いだった男がひとり、荷車の事故で今も寝てる男がひとり。他は、んなもんかなぁ」
「朝の贈り物に土地貰ってる嫁さんは・・いないか」
普通、家畜とか動産だ。土地の使用権など妻に贈るのは、いつ戦死するか知れぬ騎士かそれ以上身分の者である。ひとたび彼女が土地使用権を得ると、夫の負債や懲罰による没収にも侵犯されない終生確固たるものになるのだ。
「あと、小屋住み零細農家と小作人だけ無事ってか」
「命令されて嫌々暴動に駆り出されたのが何人か、いるよ」
「そいつぁ不運だった」
彼らが『本百姓』と呼んでいる地主らは、だいたい1里四方十七、八町歩からの駄々っ広い農地を持っている。
何が不満で棒に振るやら。
零細農というとその半分以下だが、どこが零細と言う勿れ。土地生産性が極度に劣悪なのである。早い話が休耕地ばかりだ。より質の低い土地の所有者。
「豊かになるほど貪欲って・・何それ」
◇ ◇
代官所。
ヒルダお嬢さま、流石に疲れたか葡萄酒一杯半で轟沈した。
向こう傷のフォーゲルケフィヒ卿、所謂お嬢さまの警護が昔とった杵柄らしく、志願して次の間に控えた。
「一度お目に懸っていると思いますが、私ともう一人ザンドブルグ卿という参審人で代官所を仕切っておりますが、今夜は本城に登っており、以下一個中隊駐屯しております。東方騎士団と険悪になったら、こんなものでは済みませんが」
「なる可能性は、有り?」
「全力で回避致す」
「上の方が『男爵』相続問題の芽を摘んで下すって、大きな面倒の飛び込んで来る線は薄うなりゃしたし・・」
「小さな面倒も面倒は面倒」
「ハッハ、違ぇ無ぇ」
「領地を失った『名ばかり男爵』とかの類ひが餌の匂いを嗅ぎつけて首突っ込んで来る事態を警戒しておりましたが、誰でも食える餌になり申した」
「的が絞りにくくなっちまったすね」
騎士、にやにやして続ける。
「いっそ行方不明に・・」
「それは、やめてあげて」
続きは明晩UPします。




