246.肌理細か過ぎて憂鬱だった
ヘスラー伯領、街道上。
「の・野宿とか、無理無理ぃ!」
ツァーデク伯の次女スヴェンヒルダ、野原で昼寝は平気なくせに、野宿プランは全否定。 ・・と責めるのは不条理か。
「いや誰も野宿なんて言って無ぇでやんす」と、変な訛りの騎士。
「コレーナ堂は近いけど巡礼宿だから、多分大部屋雑魚寝の藁ぶとん・・」
「やだ」
「・・ちょっと苦しいけど突っ走って、パシュコーに着けたら旧男爵邸がある筈」
「それよっ!」
結局、行き当たりばったりで決まる。
彼女、『銀髪ぱっつん我儘娘』と陰口ひなた口叩かれてるが、当たりを引く時も割とある。
一行ギャロップで走り出す。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸の居間。
七人の騎士寝室から戻って来る。前屈みに歩くもの若干名。
司祭さま、侯爵の言葉を清書した文書をものして『斯く聞けり』と結び、皆なに署名を求める。
全員黙って名を書いていたが、誰か若い騎士ぽつりと・・
「僕らが帰ったら・・続き、なさるんだよなぁ」
これを嚆矢に雑談始まる。
若い者らの明け透けな表現に、ヘスラーさま吹き出す。
「お前ら言っとくが、この町にゃ発散できる店って無いからな」
伯爵さま、喩え有ってもいま朝です。
「父上、あの子がエルダちゃんだろ」
「狡いぞ。年齢的には俺たちだろ」
「うるさい。早い者勝ちだ」
一方で、もう醜い争いが始まっている。
「アントンくん、この書類に署名頂いといて呉れるかい?」
見ると、聖ティモテウス修道院宛の配当支払先名義人変更届であった。
「旦那さま」
書類を持って寝室に向かうと・・
「失礼いたしました!」
続きが始まっていた。
◇ ◇
聖コレーナ堂近くの荘園庁。
「ここらは昔わりと大き目の男爵領だったんですが、不行跡が有ってお取潰しじゃ無いけど領地召し上げになって、旧領が分割になってるんですよ。それをコレーナ堂も寺社領として分けて貰ってるんで、直営地と別に荘園もあるんです」
「クセェな」
「パシュコー家も持分持ってるかも・・ってわけね」
「それじゃ」と一言いってジロラモ書記官、すたすたと荘園庁に入って行く。
ここら寺社領は皆な、アグリッパ大聖堂の分院扱いだから、彼の顔がきく。
東方修道騎士団みたいに強面で排他的なのと違って、笑顔でやんわりと取り込む支配力が却って怖い気もしているアナ、他州の生まれである、
「こういうとき、肩書き持ちの人って強いのよね」
「んじゃ、その間に俺ぁ一杯」とグレッグ。
「何言ってんの! 朝っぱらよ」
言っても待たない男。
アナ徒然として待つ。
ジロラモ直ぐ出てきて・・
「ハズレです。ここ十割コレーナ堂の所有です」
よそ様の持分ゼロは逆に珍しい。
「グレッグさんは?」
「待ってる間に一杯とか言って、消えちゃった」
「そんなとこ無いですよ。お寺の境内も同然じゃ無いですか」
だが坊主も飲む、
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸の厨房。
「う〜、書類にサイン頂きたいんだけど、ずっとお取り込み中だなぁ」
「そりゃもう食餌療法で強力に支援しちゃってるもん」
「エルザっち、変なくすりとか使ってないだろうな」
「必要ないもん。奥さま、天賦のおちから有るから」
「え?」
「ほ・ほら、奥さまって有るでしょ、天性の魅力」
「お前、なんかいま口滑らしかけてっから慌てて誤魔化したろ」
「い、いえ・・殿方を立てるのが淑女の嗜みでしょ?」
「怪しいなぁ」
「ほらほら、男の人の頭が硬くって実は女なんか穢らわしいって思ってる人だとか軟らか過ぎて普通に出来ない人とか、結婚できないでしょ? 女の側だって色々と必要なんだもん、努力も才能も」
この世界、ちゃんと親に結納払って後見権移転の合意をするのが『第一』段階。結婚翌朝に朝の贈り物をして、めでたく結ばれたと公認になるのが『第二』段階。この二段階をクリアして正統派の婚姻が完了する。つまり、結ばれてないと婚姻が未完了なのである。
これが解決しない場合、離婚とは違って、婚姻が無効となる。
「だから愛と平和のためおくすりが必要なことも有るの。私はやってないけど」
「ほんとか?」
「やってないもん」
エルザ、誤魔化しに成功した。
◇ ◇
聖コレーナ堂近くの荘園庁
なんとグレッグ、園内のビール醸造所に潜り込んで番人に袖の下を渡し、狐鼠り桶から飲んでいた。
「味見だってばよ」
「行くわよ! 捕まんないうちに」
足早に三人、コレーナを出る。
「どこへ向かうの?」
「問題の旧パシュコー領に入って、縁のある荘園とかを探しましょう」
「いちばん縁があるのが此処じゃなかったのけぇ?」
「確かに幼児洗礼とか婚姻の祝別とか、此処の聖職者が担当してましたが、金銭の面は別ルートかも知れません。たとえば、他の貴族と相乗りの荘園とか付近住民の生活に関わらない隠遁系の修道院とか、色々あると思いますし」
馬が一頭、驢馬二頭。ぽこぽこ東のパシュコーに向かう。
そんな小さくもない集落が見えたので寄る・・と思ったら、近そで遠い田舎道。短冊型の畑の中を行けども行けども遠くの屋根が近づかない。
蜃気楼村かと呆れた始めたところで、藁山の蔭に農婦がいた。
「おばちゃん昼ごはん中ごめん。此処ってどこ領?」
「パスコ様だったんじゃがのぉ。なんだか夜逃げしたとか・・大水で川に流されて死んだとか、よう知らん。村の広場に何たらとか高札が立っとるが、よう読まん。もしゃもしゃ」
飯の邪魔もなんだから早々に立ち去って、集落へと向かう。
広場に行くと、旅商人が店を広げていた。
「あんちゃん何これ、重たくないの?」
アナ、声を出しても既う男の子で通用している。
「くそ重ったいけど、鍛冶屋の廃業しちまった村にくりゃ確実に売れっからな」
「なんで廃業しちゃうの?」
「町ぃ行きゃ自由だからだよ。下人暮らしが嫌なのさ」
「逃げちゃうわけ?」
「追っかけて捕まえる甲斐性の無い領主んとこに居て、こき使われる義理も無ぇ。農民と違って腕で食ってけるなら逃げるだろ。一年たったら時効んなって、晴れて自由民だ」
「ふーん」
侍の娘だって、結納金で売り飛ばされると思えば、隷属民と如何違おう。それは家を飛び出したアナにも良く解る『自由』の有り難さだ。
「あんちゃん何時もどこで商売してんの?」
「見てのとおり鍛冶屋いねぇ村さ。荘園庁とか、しっかりした役人のいねぇとこ」
「しっかりしてんのって、例えば?」
「西のコレーナ堂とか、北のティモシーとかだな。腕のいい鍛冶屋が居るからな。こちとらお呼びじゃ無ぇ」
「それで、ここの領主はしっかりしてない、と」
「ああ、しっかりの反対だな。しっかりしてりゃ商人からも税を取るさ」
「ふーん」
高札を見に行く。
「しっかりしてない領主が死んじゃったから、暫くはコリンナってとこの代官所が仕切るってさ」
「コリンナ? どこ?」と、あんちゃん怪訝な顔。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸の厨房。
姉妹が午餐の支度。
「ちょと遅めあるよ」
エルダがまた変な口調。
「このテンポだと奥さまお果てになるまで今少しだから、火を弱めて。氷室の氷を砕いて少し溶けたくらいが具合いいので飲み物準備。ばっちりのタイミングで喉を潤して頂いて、そのまま休憩でお食事」
「唯」
「エルダっち、メイドのサーブって、そこまでやんの!」
「お鍋が吹きこぼれるのを見計らうのと一緒だもん」
「適宜、差し水もさしまぁす」とエルダ妹。こいつも末恐ろしいと思うアントン。
「お食事お持ちするとき、書類に署名も頂戴しちゃう?」
「ああ、僕はちょっと部屋に入りにくいから」
「そのへん克服しないと肌理細かいお側仕え、苦しくないかなー」
お前だけだろ・・と思うアントン。
続きは明晩UPします。




