245.見せちゃって憂鬱だった
アグリッパの町、早朝。
豪邸の建並ぶ御屋敷街、と言っても区分所有の建築物が多い。
個人で大きな居住用不動産を占有することが、あまり品の良い行為と思われない土地柄なのである。
そんな一つから、ホラティウス司祭とアントンが出て来る。
「司祭さまって、お金持ちなんですね」
「わたし、私有財産は持っておりません。あそこは兄の持ち物です」
「じゃ、ご実家が大富豪さんなんですか」
「兄から教会にいっぱい献金させるのが、わたしの使命みたいな感じですね。まあ偶には柔らかい寝台で寝かせて貰いましょう。役得です」
「あれ? 朝のお勤めは?」
「お休みです」
「それで、あんな遅くまで呑んじゃったんだ!」
「今朝は侯爵家でお仕事」
「道理で」
侯爵のアパルトマンの前に着く。
◇ ◇
階段を昇り詰めて戸口に達する。
「おはようございます」
「エルダっち、徹夜?」
「ご夫妻もですわ」
エルダ、勤務中モードらしい。
「おつかれさま」
「入って大丈夫?」
「ええ、じき朝食ですわ」
寝室に行くと、ご夫妻ベッドの中だが既う身支度を整えている。寝不足そう。
「おはよう。床入りの完了と奥への朝の贈り物、見届けてくだされ」
「わたし司祭ですから、世俗裁判所で証人になれませんよ」
「祝して下さるだけで結構。後でヘスラー達も参るゆえ。聖ティモテウス修道院直営地の持ち分とウカダルの牧の家畜全てを贈り物と致したい」
「じゃ、書類作っちゃいましょうか」と、司祭さま。
アントンも読み書きスキル持ちだが書記ギルドのマイスタには敵わないし、更に今朝はその上のプロが居る。
そうしていると、人が集まって来る。ヘスラーさま含めて七人も来て、昨日より多い。
こっそりエルダが手招きする。
「これ、どうします?」
「って、それは・・」
血痕の付着した絹の下着だった。
「今日なんだか若い人多いし、刺激強くないか?」
「ご本人いらっしゃるし、ねぇ・・奥さま、ちょっと気まずいかも」
「そうですね。田舎じゃあるまいし」
いつの間にか司祭さまが来てる。
司祭さま、都会っ子である。出身が北海州のアントン複雑な気分。
田舎じゃ新郎が『新開ゲットだぜー』とか悪友と飲んで騒いで見せびらかす習慣まだまだ残っている。
「おおおおー」
ひとが集って来て始末った。
青年か少年か迷う感じの騎士ふたり、確かに金拍車を付けている。
顔を赤くしている。
「・・(だよなー)」
だが視線は違う方に。
「きみがエルダちゃん? かわいいね」
「父上って、抜け駆け狡いよな!」
この騎士たち、誰だか分かって了った。
「お前ら、こっち来て整列っ」
一喝された。
何か始まるらしい。
◇ ◇
ヘスラー城下。
「お嬢さま、どう致しましょう。朝食にご招待されちゃいました」
「えー、どうしよう」
オプツァイで護衛の騎兵たちと合流したヒルダお嬢さま、迷っている。
そんな悠々していてはアグリッパを早朝発った意味がない。
と言って急ぐ理由もない。
「ちょっと軽く、お礼に寄るだけのつもりだったのにぃ」
騎兵たちを泊めて貰ったのだから、その判断は正しい。だがヘスラー伯爵は息子二人連れて留守である。入れ違いだ。
留守を預かる城代としては、ツァーデク伯爵令嬢御一行が立ち寄られて『主人は留守です』の一言でお引き取りいただく訳にもいかない。
お嬢さま、伯爵の息子に興味なかったと言えば嘘になるが、そんな気合を入れた格好して来たわけでも無し、要はそんな深く考えていなかった。
「ま、領内をツァーデクの旗立てて罷り通るんでやんす。御城代に挨拶申し上げて正解正解」
侯爵の付けてくれた護衛騎士も言う。
「う・・淑女らしいとこ見せなきゃ」
一行、お城へ向かう。
跳ね橋を渡り、礼拝堂前を抜け、整列する城兵の敬礼を受けつつ居館へと入る。
ツァーデクの城がただの城砦に思えて来ているスヴェンヒルダ嬢、気後れを顔に出すまいと必死だが、まあ成功している。
執事に迎えられるが、城代もすぐその後ろまで出迎えに来ていた。
一応そつなく最敬礼。
◇ ◇
アグリッパ、冒険者ギルド。
「ちょっと心配になって来てな」
ギルマスのマックス・ハインツァー、問題の旧パシュコー男爵家壊滅事件、裏に東方騎士団との軋轢が有ったと聞いて気分が落ち着かない。異教徒に対し騎士団が残虐行為を・・なんて噂も頭の片隅にある。
「グレッグの奴、戦闘力ないだろ? 本気でやったら間違いなくアナが勝つわ」
「ない方が良いんじゃないですか? 危ない連中に出会ったら逃げるんで、喧嘩にならないから」
ウルスラの評価、決してネガティヴでない。
「行かせた時には騎士団の件で注意喚起しなかったからな」
「喧嘩っ早くない加勢を行かせるのが良いわ」
◇ ◇
同市、侯爵邸の寝室。
騎士七人が並んでいる。正確には伯爵二人、小伯爵一人、騎士四人だ。
ホラティウス司祭が、清書した朝の贈り物の内訳を読み上げる。
「それと、皆に確と聞いて貰いたい事がある」と侯爵。
「奥は我が配偶者だが、第四親等の従姪孫でもあり、婚姻関係が無くとも最近親の血族だ。他に縁故者を知らぬ。つまり唯一の正統な相続人である」
場に厳粛な空気が漂う。
既に数人が意味を理解している表情だ。
「将来、儂の認識せぬ自称『相続人』が現れて彼女が女性である事を理由に優先を主張する事を禁じる。其を確実なものと為るため、アグリッパの聖職者が執行した洗礼の秘蹟を受けておらぬ者を相続排除するものとする」
司祭、発言を清書する。にこにこしている。
「旦那さま、最近親の血族はわたくしではありませんわ」
奥方莞爾として言う。
「ここに御在ます」
侯の手を執って、下腹部に押し当てる。そのさま艶かしく、一同息を飲む。
次の瞬間の彼女、寝台から飛び降りて白絹の夜衣を翻し妖精のように舞ったかと思うと、ヒルダの手から例の下着を取って胸前に血痕を掲げ、嬉し気にひらひらと旋舞するのだった。
「わたくし、旦那さまのものになりましたの。神様も御照覧あれ。皆様も御証人になって下さいませ」
若い騎士数名、火の出るような赤面。
彼女十年近くに亘る物置に幽閉同然の暮らしの中、奥の書棚に山積みされた古い書物を読んでいた。
その中に何か、間違った常識の書か奔放な創作物が有ったのやも知れぬ。
◇ ◇
ヘスラーの城を辞する『お嬢さま』一行。
彼女、『甘やかして育てたので淑女の教養が壊滅的』などと実父が冗談混じりに言うが、言葉遣い以外はほぼ破綻ない程度には大丈夫である。言葉遣いは緊張感の維持を失敗ると破綻するが、維持していれば何とかなる。
抑々、『甘やかした』のも本当だが、主因はと言うと実は、彼女を行儀見習いに出すと『そう言えば、姉はどうした』と話題になって、長女に縁談が来たりすると不味い、という問題があり、滞ったのである。
まさか『長女には飯も食わさず、下女させてました』とは言えない。
全ては、長女を亡き者にしたい『生さぬ仲』の継母と、その件には同調しつつも現実逃避してサボタージュする戸籍上の父の意図が一巡して、彼らの実の娘である次女に祟っていたのだ。
皮肉な話である。
まぁ見た目が一応上々の部類なので、少なくとも黙って侍従に頷いている分には問題ない。これでアントン級の執事がいれば良かったのだが、ここは先々の幸運に期待したい。
今回の訪問で後々噂になるのは『お付きの騎士が凄い』点で、誰も侯爵家からの借り物と知らぬからツァーデク家、虚名が売れてしまった。
「大分時間取っちまったし、コースも北へ逸れやした。今日中のツァーデク入りゃ危ぇでやんす」
「・・どうしましょ」
だがお嬢さま、何も考えてない・・。
続きは明晩UPします。




