241.狙っても狙われても憂鬱だった
聖コレーナ・ダストラ堂。
「奇遇ですねぇ」と、声を掛けて来たのはジロラモ助祭、改め書記官ジロラモ氏。朋友ディジー・ザパードの夫である。
「男装してるアナさんって格好いいですね。最初、否暫くあなたと気づいでなくて驚いちゃいました」
聖職者の頃とずいぶん違う。
自由を満喫中?
「あらご主人、此方へお仕事ですか?」
「ええ、実はホラティウス様からの御依頼で市庁から派遣されて来たんです」
聖堂から出向して市庁に来ていた人が、今度は逆輸入らしい。
「もしや、旧パシュコー男爵領絡み・・じゃ?」
「まさかアナさんも?」
「ええ。こちらは代官法廷のほうの下調べ依頼で、ガリーナ・ガンターの相続権に就いて調べに来たんですが、参審人から正式の開示請求が無ければ駄目って・・」
「こっちは聖堂からお墨付きですから、確り見て来ましたよ」
共闘成立した。
「俺、要らん子か?」とグレッグ。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸。
ずっっっと宴酣。想定内だが。
侯爵さまを元戦友ふたりが弄るわ弄るわ。
特にヘスラー伯が・・
「大殿は可愛い奥方を迎えたんだから、エルダちゃんは俺に呉れろよぉ」
「やらん」
「奥さまの御側に侍れなく成りますからお許しを」
「ならば、エルダがわたくしの側に居て、ヘスラーさまがお通いなされば何如?」
さも名案のように仰る奥方。
「ヘスラーは息子が二人おるじゃろが」
「わたくしが旦那さまの御子を産してエルザを乳母、してヘスラーさまの御三男が乳兄弟とは何如でしょう」
・・あれぇ是の話何処かで聞いたよぉなぁと思惟うアントン。
「旦那さま、エルザの夜伽もお望みならば諦めますが・・」
「否そこ迄は身が保たぬ」
「おふたり俱に子を産されたら試饌役は如何に?」と、ウンブリオどの。
「ネリサ」
「唯」
奥方に呼ばれてエルザの小型が横に並ぶ。
「妹でござります」
「わし、あの子がいい」
「お前もかブリー・・」
◇ ◇
アグリッパ大聖堂裏手、図書寮の一角。
ほぼ人の立ち入らない奥の方に密り在る禁書庫。
聖職者なのに実は共同生活の好きでないホラティウス司祭、屡く此処へ籠る。
いや実は、奥まった書架の陰に巣を作って棲みついて居る、が実態に近い。
肘掛け椅子で、ぐったりして居る。
「嶺南侯のお嬢さんだったとは知りませんでした。調査不足です・・たはは」
不可抗力である。
ツァーデク伯爵の実の娘でないことを知っている者すら殆ど無かったのだ。
だが、顔を知る者若干名にはひと目で露見していたのも事実。
「レッドくんから侯のこと聞いて無かったら、暫しの硬直で済みませんでしたよ」
以前は本気で魔王だと思っていた。
こっちの話も其処々々伝えて呉れてただろうと、彼に感謝で手を合わせる。
更にパイプも出来た事だ。
若しも、あの血縁関係を知った上で外交的アプローチを懸けていたら、果たして結果は如何だったろうか。
今回はそれよりも自然に、程よい距離感が取れた気がする。
失敗したが成功したのだ。
「んまぁ・・座下も『如何なる失敗も転じて福と為せ』みたいな御方ですしねぇ」
ちょっと気が楽になる。
◇ ◇
聖コレーナ・ダストラ堂付近。
病人を差し置いて施療院の待合室の一角を占拠する困った三人がいる。
うち一人など、隠し持った酒などちらちら舐めている。
書記官ジロラモ氏は真面目な顔。
「これはアグリッパの方に残っていた記録からの情報ですが、先代パシュコー男爵パシュカルは同等身分の夫人と結婚して、子供はひとりが夭折、次男がパトリス・パシュコーです」
「親父はパシュパシュ、と」
「まぁ当主は大聖堂ですよねえ」
「パトリスも出生身分が騎士家系の女性と結婚して、長男ガニミドと次男ガメルを設けています」
「名前が悪ぃや。将来不安だらけだ」
「奥さん逃げちゃったんですよね?」
「夫君の不貞が原因です。ホラティウス司祭がお世話なさって女子修道院に入った事にし、寡婦と名乗って市民になっておられます」
「あ、それで次男が強請に行っちゃったんですね」
「それで債鬼協会が釘刺して接近禁止にしたんですけどね」
「『債鬼協会』って、また可怕ねぇ名前の組織だな・・」
本気で震えるグレッグ。
「しかし司祭さま、けっこう八面六臂ですね」
「息子が死んだって教えたんか?」
「奥さん『天罰覿面踊り』を踊ったそうです」
「なんだそりゃ」
「ご実家のある高原州のほうの伝統芸能みたいですよ」
「へー」
「司祭さま、今回の事件前から、御家自体の改易も射程に入れて考えておられたと思いますよ。けれど御落胤なんて話は初耳でしたから、私が出張になった訳です」
「で、此方は如何でしたの?」
「綴りが『ガリエナ』な以外は新情報無しです」
「発音おんなじじゃねぇか」
「両親とも地主階級の出。父親の方は親の代に騎士階級から落伍した口でした」
騎士階級というか、騎士に叙任される資格要件を満たす家柄でも、あんまり長く誰も叙任されないまま土地資産が目減りしていくと、階級から脱落して只の地主になってしまうのだ。
「それじゃ、最初に大きく吹っ掛けといて、実は騎士階級に復帰可能ってくらいの落とし所を狙ってる可能性もありですね?」
「けっ。そういう小賢しさってな結構仇になるんだぜ。お芝居のつもりで高飛車に出た瞬間魂取られたりすんだよ得てして」
不吉なこと言うグレッグ。
「そう言われると怖いですね。実は、私が記録閲覧する前に、誰か他の人が何かを調べた形跡が・・」
一同にちょっと緊張が走る。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸。厨房。
伯爵おふたり流石に遠慮してか、夜までは居なかった。
エルダ姉妹とアントンが洗い物。
「エルダっち、お前まぢで伯爵夫人を狙ってないか?」
「父は騎士を引退してからの執事業。身分的には射程内だもん」
「まぁ、陣中に解毒スキル持ち一人いれば兵の損耗百人減らせるって云うしなぁ。そっち方向でも武将気質の伯爵さんは食指動くだろうしなぁ」
「子々孫々奥さまのお側で御奉公できるしっ」
「遠大な計画立ててやがるな」
「それより今夜は初弾一発必中轟沈狙いの方に集中だよー」
「唯」
この姉妹、厨房が戦場のようだ。
「僕、ちょっと出てくるから」
「妹さん?」
「まぁな」
◇ ◇
夕暮れ、下町。
「もしかして、なんにも考えて・・いらっしゃいませんでした?」
「う・うん。来るのに夢中で」
執事ヘンドリク、この事態は全く想定していなかった訳でもないが、亡くなった夫人より可愛げがあるから良いと思っている。
「今なら未だ聖コレーナまでひと走りして宿泊可能かと思われますっ」と言上する護衛の騎兵は、先日ザイテック騎兵伍長のチームに居た顔だ。
でも、この人数で突然飛び込みだと、たぶん雑魚寝部屋だぞ。
「大丈夫です。手配しておきました」
「あなたは! 侯爵家の執事さん!」
ではないが敢えて訂正しないアントン。
「兵隊さんは人数が把握できなかったので、ヘスラー伯にお願いして置きました。北門から浮き橋を渡ったオプツァイという所の兵舎に全員泊まれますので、日没の閉門前に向かってください。お嬢さまには市内に良いお部屋を用意してあります。執事さんはすいませんが、僕と同室で」
「お・・お嬢さまの今夜の護衛は?」
「ご心配なく。先日ツァーデクに参った騎士二名が付きます」
あの二人、よほど印象が強かったのか、誰も異議を申し述べない。
「実はお嬢さま、貴女と少しお話をなさりたい方がお待ちなんです。大司教さまのお隣りにいらした司祭さまです」
「司祭さまが?」
『川端」亭に入る。
「庶民的なお店です。司祭さまも変装なさって御来ですので決して『司祭さま』とお呼びになりませぬよう」
店に入って執事ヘンドリク仰天。
「あら、いつかの親切なお方」
続きは明晩UPします。




