240.婚礼の後ちょっと憂鬱だった
アグリッパの町、深夜。
下町の繁盛店『川端』亭。
常連のふたり、深刻な話をしている。
政治の話だ。
「東方騎士団ってのは、異教徒を打殺し捲るのが神に与えられた使命だと思ってる狂信者連中だが、東の異民族対策にゃ防波堤として役に立って呉れる。だから窃り経済援助してるし、実は黒字だ。連中も後方支援を必要としてる」
「実は黒字ってとこ、うちも強かだなぁ」
「そんな暴利てる訳じゃねぇさ。あちらさんの軍事力は相当なもんだ。万が一にも矛先がこっち向いて呉れちゃあ困るから、程々だ」
「んなのに、パシュコーが何かヤラカした・・と」
「それで男爵家一同、北海の魚の餌よ」
「おっかね・・」
「んで双方ニギニギして、何も軋轢無かった事にした。領地境界も元のまま。ただ男爵家の一族郎党が消滅した」
「ってことは・・」
「あそこに、相続人がまだ居ちゃマズイのよ。領主を赤の他人とチェンジしないと協定破りんなるだろ」
言われて、つい頷く。
「今後、その自称『相続人』さんが下手に頑張っちまうと危いかもなぁ。どっかの誰かさんの裏稼業で、ある日突然謎の失踪とか、なったら嫌だよなぁ」
・・ああ、また聞きたくない話を聞いちまったよ。
マックス、呟く。
◇ ◇
明けて快晴、天下の好日。
侯爵のアパルトマン、扉前。
侯、股肱の二人のお蔭でリラックス出来ている。股肱というより友人代表だ。
ヘスラーさまは相変わらず、エルダをくれとか言っているが。
彼女は厨房で料理の支度中だ。
今時は教会の前で挙式するのが普通だが、身内でちんまりとの希望ゆえ、父親が新居の戸口までエスコートして来て新夫に新妻を引き渡すという、超古典的な式と相成った。
父親の代わりに後見人がエスコートするが、実は新婦の実の父だ・・というのは身内のうちでは公然の秘密。
戸口の正面は階下へ通じる階段。離れたところに例の水門へ使者に行った騎士が然りげなく控えている。
◇ ◇
アントン、階下へ向かう。
各階の廊下に二人づつ、水門の騎士らとほぼ同じ位置に平服の体格のいい男らが立っているが、きっと教会のほうから来た隠密警護の騎士だろう。
よその階の住民、ちらちら覗いていたりする。
建物入口に出ると、黒い大型の箱馬車が二台停っている。その一台の鎧戸が少し開いて、ホラティウス司祭がオイデオイデする。
「これ、上に持ってといて」
袋を渡される。
中を覗くと、司教さまの冠とか入っている。怪訝な顔をすると・・
「いいんだよ。略式なんだから」などと曰う。
「お隣りの馬車、新婦さん着替え中だと思うから、覗いてきて」
覗いちゃ駄目だろう。
行って、窓の鎧戸を軽く叩く。
「アントンです。お支度は如何ですか?」
「お父さまのエスコート待ちですわ」と直ぐ返事。
司祭さまの方に手を振ると、中から出て来る様子。
「いけない。先に行かないと!」
アントン、袋を手に階段を最上階まで駆け上がると、扉の脇に侯、階段の端にはヘスラーさま等おふたり、並んでお待ちだった。
「大司教さま達お見えです」
振り返ると、既うお馴染みの大きい黒騎士さまが先導して、白い祭服のお二人が昇って来る。早いよ。
柔和な表情の御老人は、典礼のとき大聖堂で遠目に見たことのある方だった。
侯爵さまとは旧知のご様子。それはそうだ。上級主君と封臣だもの。
お互い頷いただけで話が通じた感じである。
僕の持って来た袋を受け取って「あ、ありがとう」とか軽く仰る。中から細めのマフラーみたいな物を出して首に掛け、ミトラ冠を被って身支度終わりっぽい。
階下から気配がして、真っ白い振袖をお召しになった新婦様が、黒い修道士服の背の高い男性に導かれて昇って来る。
新婦様は、胸から腰にかけてまるで編み上げブーツみたいに白絹の細紐をかけて絞り上げていて、妙に色っぽい着物だ。いいのか此れ。
十二、三くらいの少女が裾を持って侍しているが、なんかエルダに似た顔だ。
一番後ろからクレアの『自称』母という侍女さんが来る。けれど、接する態度を毎度見ていると親子というより師弟な雰囲気だと思う。
大司教さまが神聖語でお祈りなさると、新婦様と修道士服のたぶんお父上さまが恭しく礼。
新婦様、何か神聖語で短くお返事なさると、お父上から侯に引き渡される。
侯、何か指輪のようなものを渡して新婦様の両手を掌で包む仕草。
あ、接吻した。
後ろから小さい溜め息が聞こえたので見ると、階段の踊り場に若い女性が居た。初めて見る顔だ。
侯と新妻さま、扉の奥へと入る。
皆で小さな宴が始まる。
奥さまのお父上、戸口の近くで皆に一礼して静かに立ち去る。奥さま、一瞬だけ目で追うが、直ぐ視線を戻して歓談に加わる。
大司教さま、ホラティウス司祭に小声で耳打ちする。
「あちらさま、嶺南侯ですよ。知ってました?」
「え」
司祭、硬直する。
「思わぬところでご縁ができました」
大司教さまが微笑むと、司祭だんだん石化が解けてくる。
「はい。結果オーライです。ですよね・・」
あの表情から、今夜『川端』亭に見える気がするアントンであった。
◇ ◇
早朝にヘスラー城下を去ったアナとグレッグ、驢馬の背というか、尻に揺られて聖コレーナ・ダストラ堂も指呼の前の距離にいた。
「記録、あるかしら」
「さあな。後妻だかお手付きメイドだかを追い出した長男が、片ッ端からぜぇんぶ始末してんじゃねぇの? 元から無いかも知んねぇけどな」
「そっちは元々期待してないわ。探すのはガリーナ・ガンターの出生記録。それと父母の身分ね」
「その女が自分で『結婚してた証拠は異母兄に消されちった』って言ってんだから無ぇんだろ。お手付きお仕込み済みで村長にお下げ渡しって言ってんだから、その娘だって記録が有るんだろ。兄貴ゃそれが残したいんだから」
「普通に考えれば、そうね」
「でもそのガリ子が『御落胤だ』って言い張ってるって事ぁ、手元になんかブツが有るんじゃねーの? ウルトラシーがさ」
「何そのウルトラシーって?」
「凄え曲芸の事なんだってさ。『自分は異世界から来た』って言ってるアタマ変なヤツが言ってたのよ」
「さて、どんな曲芸が出て来るかしらね」
ふたり、聖堂へと向かう。
◇ ◇
アグリッパ、公爵の居間。
大司教さま、式が略式な割には長時間いらしていた。
子供の洗礼も御自分が祝福なさりたいと仰って、司祭さまと馬車で帰られた。
伯爵おふたりは多分夜まで居そうだ。
花嫁衣装の裾を持っていた少女はネリサと言って、やはりエルダの妹だった。
もう一人、新顔の女・・というか女の子。隅っこに小さくなっている。
奥さまが近づくと上目遣い。
「来ちゃったわよ。悪い?」
「貴女は、わたくしの亡き弟の姉だもの、確かにわたくしの妹ですわ。来てくれてありがとう」
ややこしい話を雑に単純化した。
「・・(お母さま、ティリのヘイトを持ってってくれてありがとう。きっと地獄で幸せになってね)」
あ、ちょっと混乱しているかな。
でも、ティリがこんな美しいなんて知らなかった。嫉妬に狂って手にかけた女が生き返って来た気がして、きっとお母さま生きてるうちに地獄だったんだよ。
だから今は幸せになれるって。
そんな気がする・・
◇ ◇
聖コレーナ・ダストラ堂。
お堂はちんまり小さいが古い時代の建物らしい。
そのかわり、施療院とか慈善宿とかの福祉施設が結構大きい。
アグリッパの飛び地で、お代官が一帯を治めている。
「記録の閲覧、だめなんですか?」
「そりゃ出生とか、個人の秘密ですもの」と教会の事務職さん。
「でも、裁判所の依頼で調べてるんですけど」
「非公式の下調べなんでしょう? 参審人さんが公務で見えたなら出しますけど」
そこへ・・
「あれ、アナさん?」
声をかけて来た人は・・
続きは明晩UPします。




