237.出逢うのも憂鬱だった
ツァーデク城。
伯爵に来客。
「ええ。余儀所ない事情で伯爵さまが御息女の結婚式に出席できぬと聞きまして」
「司祭さま、それは何方様からお聞きに?」
「然る筋からです」
・・言う気は無いと云うことか。確かに、行ける立場でない。
どの面下げて行けようか。
否、間違っても来るなよと言う通告か。
「就きましては、此方の書類に御署名をお願い致します」
美男の司祭、同情に堪えぬという表情。
伯爵、差し出された書面を見る。
「これは! 後見人の委嘱状・・」
「挙式後は直ちに婿殿が法定後見人と被成ますので僅か一日の臨時代行です」
「御宛名は?」
「空欄のままで」
伯爵、司祭を凝っと視詰める。
「あの・・何方が代りに御出席を?」
「お知りにならぬ方が伯爵さま、御心やすらかで御座います」
伯爵、書面に目を落とし、無言で署名する。
司祭、一礼して去る。
◇ ◇
後ろ姿を溜め息で見送る伯。
その後ろから、娘。
「ちょっとぉお父さま。言われるまんま署名しちゃって、あのひと詐欺師だったらどうすんの!」
「今更もう騙し取られる物も無かろ」
「なんの書類か全然わかんないじゃ無いのよ」
「いや、俺には分かる。臨時後見人の委嘱状を手にした男が、長女を新夫の所までエスコートしに来るんだ」
「なにそれ! ティリのほんとの父さんってこと!」
「ああ。何も知らぬでいた方が心やすらか・・だったよ」
「お父さま、ほんとは先妻さんのこと好きだったんでしょ」
「・・・」
・・この人、他の男の子供産んだ自分の奥さんに片想いしてたんだわ。滑稽って言ったら、たった一人の肉親に可哀想だから言わないけどさ。そうだ。お母さまも笑えば良かったんだわ。笑えば狂わずに済んだのに。
もしかしたら『伯爵家の血を引く男児を作って入婿の立場を安定させたい』って言ってたのはお母さまへの言い訳。ほんとは子供を作って先妻さんに正と夫と見て欲しかったんだ。
そこまで気付いて、お母さまは・・
「お父さま、私の結婚式には出て良いわよ」
「さっさと相手探せ!」
◇ ◇
アグリッパの町、侯爵のアパルトマン。
外出しようとする御夫妻・・寸前のおふたり。
「ねぇ、おじいちゃん。今ふたりで出歩くとさ・・下手すると、ご近所さまの目に『愛人契約結んだのかぁ』って映りゃしない?」
「ぎょ」
クレアの言葉にエルダ、つい変な声が出る。
「むぅ、お前に変な評判が立っては困るな」
自由な『恋人』たちの『結婚』は世間で別に珍しくもない。
生まれる子供が嫡出と認められないというデメリットは、相続すべき財産が元々無い者や、騎士や商工業ギルド正会員など『出生について非難される余地が無い』という資格の必要な職業に興味のない者には、拘束力ある禁則ではないのである。
もっと高い地位だと『嫡出の後継者が絶えた場合は相続権を認める』などという例外規定が出てきて、逆に禁則が緩和され始める。
奇妙な事だが、これは『破産されるくらいなら取立てを緩める方がまし』という金貸しの論理にも似ている。
又は嫡出偏重主義が、部族時代から脈々と流れる血族の排他性と、教会が後から持ち込んだ倫理観との不可解な野合であるから、元より破綻の因子を宿していたのかも知れない。
少々脱線した。
世間で親族の介入しない『恋人』婚は決して珍しくない。一般に、子供が妾腹と中傷されるリスクは、それほど痛くないからである。多くの人は、相続権の問題で悩むほど財産が無いから。
だが侯爵、再婚なうえ可成りな『年の差』婚であるから、夫人を気遣う。
「お前たちだけで散歩に行っておいで」
◇ ◇
街頭。
ギルマスのマックスと『女子会』のアナ、東門から帰途。
「お前って二人ぶん働いてたのか」
「あそこ、激務です」
アグリッパの外郭にある門で最も人の出入りが多いのが、定期船の着く湊のある東門だ。此の地方、河川交通が大動脈なのである。
因みに、外に刑場しか無い艮門は滅多に人通り無くーーそんなに有ったら困る。わりと暇なのがメリダの居る南門とディジーが居る西門。
此の二人に彼氏が出来た。なんだか分かり易い。
「今回は、男のひととペアで調査の仕事ですか・・」
「大丈夫。あいつは女に興味ない」
「大丈夫とは?」
「お前もあいつに興味ない。断言していい」
「フーン」
「『ご落胤』を名乗る女の身元調査だ。身分確認訴訟とか起こしそうだから先手を打って事実関係を調査しとこうとの裁判所側からの依頼だ。なんか工作しろという話では無いし、むしろ『どの程度にめんど臭い調査か』を調べる下準備と考えても良いぜ」
「むしろ『証拠偽造の容疑』で捜査する人のための下調べですね?」
「察しが良くて助かるぜ。予断持たずに事実だけ見て来いって話だ」
「嗅ぎ回ってる者が居ると知れない方がいい・・とか?」
「そういう芸当のまったく出来ない男だから、お前に手綱を引いて欲しいんだ」
「状況、理解しました」
アナ、突然マックスを凝と視る。
「私が『ダメな男』好きで、その男とくっ付くとか、考えてませんよね?」
「滅相もない。思ってもいない」
「私、美男が好きです」
「大丈夫。その要素はカケラも無い」
そう否定されると、それなりに残念でもあるアナ、不図通りの向こうを見る。
「ギルマス、そんな私が思わず欲情しちゃう美少年がいます!」
「お前、言い方っ」
「いえ、いちばん伝わりやすい特徴を言っただけです。見て下さい」
「あれか」
「ほら、一発で伝わったでしょう」
「ああ。見てると、こっちが黒い汗流して死んじまいそうなのが居るな」
「その表現、わかりにくいです。一発で伝わりません」
「妙に色っぽいぞ」
「そこじゃなくて、動きを見て下さい」
「小洒落た服の美童お小姓が、陽気に噪気いでお尻振ってるぞ」
「もっと広く観て。もう一人の小間使いの女の子と比べてみて下さい」
「地味な小柄の少女か」
「ふたりの動きです」
「・・これは」
「いつもあの貴族の御令嬢を間に挟んで、二人して周りをぐるぐる回っています。不規則なテンポで」
「まさか・・石弓狙撃避けの護衛フォーメーションか」
「それを御令嬢と喋りながら戯けた振りして半分踊ってる。あれはプロです」
「ま、此の町くらいの都会になると、お忍びで来てる要人も結構いるさ」
「警備局は把握してないんですか」
「んまあ・・そこの局長が護衛ひとり連れずに其処いらで呑んだくれた上、道端で潰れて寝てたりする組織だからなぁ」
「大丈夫なんですか、それ」
「教会の方が雇ってる傭兵の特殊部隊がいるのは知ってるだろ?」
「メリダから聞きました」
「市民共同体のオモテ部隊に教会の傭兵のウラ部隊、そして俺たち民間協力団体。ぜんぜん一枚岩じゃ無いけど一応連携は取れてて、ちゃんと回ってると思うがな」
「ま、不安点は言いましたから、何があっても私の責任じゃないんで良いです」
「クールな野郎だな」
「・・女です」
◇ ◇
街角で若奥さま・・もといお嬢さまとキャッキャしている二人、見られていても気にしない。
しかし、少し後ろを随いて来ている大きい人、見れば絶対目立つ筈なのに人から見られていない。不思議なものだ。
その彼が然りげ無く近づいて来て、言う。
「お見えです」
頭巾を目深に被った黒い修道服の長身の男、人混みの中から現れる。
正確に言うと首は以前からずっと人混みの上に突き出していたので『現れる』と云う表現は不適切だ。
とおった鼻筋の下から顎、綺麗に切り揃えられた髭鬚が見える。
「皆よ平和であれかし。不穀である」
三人恭しく立礼し、お嬢さまひとり背筋伸ばして直立。
倍くらいの背丈とも錯覚する相手を直視する。
ひとすじ、涙が頬を伝う。
「お父さま・・ですのね」
続きは明晩UPします。




