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236.調査するのも憂鬱だった

 コリンナ代官所。

 夜の歩哨を怠ける兵は、きっと突撃の途中に死ぬだろう。

 どちら方向から飛んで来た矢にあたってかは知らぬ。


 夕日が落ちて朝日が昇る間、部隊は誰かしらが夜警を勤める。

 誰もしないと、翌朝以降ずっと誰も目を覚さない。多分。

 一人しかやらないと、そいつは翌日役に立たない。

 二人でやると多くの場合、日没から日の出までを四つに分けて、一・二、一・二の順番で夜の番をする。

 四人いれば、一・二・三・四の順だ。

 これは軍隊だけでなく、守衛業者をはじめ数多の業界での常識だ。

 違うのは、ワンマン俺様リーダー率いる冒険者パーティくらいだろう。

 この四つに分けた時間帯を夫々『夜警時』と呼び、当然ひと晩に第一夜警時から第四夜警時まで有る。


 この第三夜警時の終わり、つまり歩哨交代のとき、頼んでいた同僚がザイテック騎兵伍長を起こしに来る。

 出発だ。

 彼は愛馬と夜の闇の中に馳出はせいでた。


                ◇ ◇

 アグリッパ、侯爵のアパルトマン。

 東の空が白んで来たので執事アントン、物音のする厨房に行くと、エルダが何かコトコト煮ている音だった。

 本人の姿は窓辺に腰掛けて半眼開いているが、気配が無い。


「・・(寝てんのかな)」

 そういう特技らしい。


 そのうち片目だけ動く。

「・・(器用な奴だな)」

 すると、物陰から大きな人影が現われ、皿の上のパンひと切れ摘んでた静かに消える。

 時おり突然現れて食卓に着席しておられる騎士さんだが、いつも何処にいるのか誰も知らない。

 お皿の数と人数がいつも合っているから、エルダは知っているかも知れない。

 全然足音のしない御方だ。見た目はあんなに特徴あるのに。


 気づくと、エルダの目も元に戻っている。

 寝ているようだ。


                ◇ ◇

 ザイテック騎兵伍長、近道をひた走ってレーゲン川の渡し船に間に合う。そのままアグリッパの東門を目指す。流石に疲れて、船中で少し寝る。

 湊に着いたら、乗合わせた船客が起こして呉れた。朝のお祈りに大聖堂に向かう信者さんだろう。


 伍長、冒険者ギルドへ直行する。

 求職者でごった返す中、受付嬢ウルスラ直ぐ伍長を見つける。

「あら青年、裏を返しに来て呉れたのね」

 彼を気に入っているらしい。


「詳しく聞くわよ」


                ◇ ◇

 コリンナ代官所。

 代官シュルツのオスカー・ド・ブールデル毎日渋い顔だ。


「暴動起こし自滅して死んだ連中の土地は没収処分。身内による相続は認めぬって高札立てたのに、ぜんぜん反響ないな」

「そりゃオスカー・・読めてないだけだ」


「俗語もちゃんと併記したのに、この村って識字率低すぎないか?」

「それとも、略奪の件で実刑来ると思って萎縮しまくってんのかもな」


 実刑未満の処分といえば、重い方から人権剥奪+追放>剥奪するが追い出さず>無産自由民ランドザッセ落ち・・といった感じだ。無産自由民って一般市民と同じである。故に財産ぜんぶ没収というのは大した刑罰でもないと言えば、言えなくもない。むしろ身売り必須の高額罰金刑の方が重いかもしれない。

 持っているもの以上に没収は出来ないのだから。


 個人の価値観次第だが。


「ざーさん・・一家の大黒柱を失なって残された妻子に、残酷だと思うか?」

「優しいとは思わんけど、暴動まで起こしといてお咎め無しはなかろ。使用人とか働かせて今迄と同じ暮らしとか、ないわー」

 参審人シェッペンザンドブルグ、しらけた声で。

 ・・我々が鎮圧して亭主が死んだなら兎も角、村の男どもは勝手な頓死である。若い者を殴られた此方こっちこそ被害者だ。

 代官だんだん腹が立って来る。


                ◇ ◇

 アグリッパ、冒険者ギルド。

 ウルスラ、睨め付ける。


「身元調査ねぇ・・ アルトー青年ったら、お嫁さん貰うの?」

「とんでもない」

 説明する。


「成る程。自称『ご落胤』の女が鬱陶しいと」

「そりゃもう日々十割増し」

「亡くなった男爵さんの『自称』異母妹なわけだ」

「異母兄の生前は冷遇されてて、母がお下げ渡しされた先である村長ばうまいすたの娘として扱われてたと、こうのたまうわけです」

「ちゃっかり美談系苦労譚にしてんのね」

「成り上がる気満々ですよ」

 伍長笑う。

「うちの殿様としちゃ、本音は相続人不存在で領地没収に持って行きたい。なんせ親の代に金に困って手放した領地だったんです。足元見られて買い叩かれた因縁の土地なんだと」

「それが今じゃ錦を着た身。権勢振り翳しても取り返したいと?」

「殿様とかから来たご命令じゃ無いんです。その女からクレームが煩いんで、訴訟起こされる前にできるだけ事実関係明らかにしときたいってのが代官シュルツの意向です。


「でも本音は、訴えを斥けて領地没収に持って行きたいんだよね?」

「いや、無理無体に分捕りたい訳じゃ無いと思うんですよ。ただ、その女あんまりイラッと来る奴なんで言いたい放題言わせとくのも業腹っていうか、蹴ったろかと言うのが僕らの心境」

「騎兵隊諸君には不人気な女なのね」


「それが、もひとつイヤな感じが有るんですよ」

「イヤな感じ?」

「川ひとつ隔てた向こう岸が東方修道騎士団の領地なんです。坊主が屏風に上手に領地の絵を描いたらイヤな感じだなぁ・・って」

「なぁる・・修道士が色気出してる訳ね」

「邪推だったら良いんですけど

「坊主の色気はイヤな感じだわよねぇ、確かに」


「調査、お願いできますか?」

「とりあえず手応えを探って見ましょう。根が深そうなら追加調査に進む前提で」

「それでは」とザイテック伍長、財布を差し出す。


 ウルスラ、掌で受け取って・・

「む、百デュカス。これは本気度高いですね」

「・・(目方で分かるもんなんだなぁ)」

「これは手付けではなく、仮払いとしてお受け致しましょう」


 違いのよく分からないアルトー・ザイテック。


                ◇ ◇

 伍長と入れ替わりにギルマスが来る。

「彼、腹芸とかするタイプじゃないから、素直に受け取って良いだろ」


「お代官さんが忖度で動いてる感じでしょうか?」

「防げとか潰せとかいう話でもなし、事実関係を粛々と調査すれば良いのさ。存外その代官も『サギっぽい』と警戒してるだけかも知らん。ならマトモな役人だ」


「誰を遣りましょう?」

「ああ・・レッドが仕官しちゃって無かったらなぁ」

「・・と仰るって事は、次点でグレッグってことですかぁ?」

 ウルスラ露骨に嫌そうな顔。

 この仕事だと、文字記録を調べる能力は必須だ。相続や婚姻などの判告録を含む公文書は殆んど神聖語で書かれているのだ。俗語ならともかく、神聖語・・つまり旧帝国語の読み書きが出来る人材は多くない。母国語じゃないんだから仕方の無い事ではあるが。


 レッド達の帰らぬ今、当協会うちにそんな芸当の出来る会員と言えば、グレッグ・・もと破戒僧である。

 ちと素行に問題がある。


「なら、お目付役と組ませないと」

「うむ。だが彼奴、個性が強いしなぁ」

 ギルマスの言い方、かなり美化している。


「アナちゃん何如どうかしら?」

「俺もいま、あいつの事が頭に浮かんだが・・」

 目下めきめき頭角を表しつつある彼女。人選としては順当だ。


「でも、いま市庁の仕事を長期で請け負ってるのよね」

「一時的に交代させよう。彼女にも色んな仕事を経験させたいしな」

 決まったようだ。

 因みに、市庁の方から『彼女の代役なら最低二人は寄越せ』と言われて困るのは明日のことである。


                ◇ ◇

 侯爵のアパルトマン。

 マティルダ夫人・・では未だなくて嬢、なんの気なしに窓の外に目を遣る。


「そう言えば奥様は此の町へ着いて真っ直ぐ此所へ参られました。お式が済んだら是非お二人で町を緩々ゆっくり・・」

 アントンを遮って侯・・

「明日と言わず、いま気晴らしに何如じゃ?」

左様そうですわね。明日からは籠って暫くベッドでご一緒ですもの」


「・・(奥様、言い方)」




続きは明晩UPします。

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