235.詐欺師多すぎて憂鬱だった
ヨードル川が海に注ぐ辺り、西岸の自然堤防付近にある鄙びた漁村。
名をキサラとかキツァラとか。
夜の帳が降りて来る。
尻を槍で突かれた傷が化膿して発熱中の傷持つ男カシュパー、悲惨だった。
具体的には述べないが・・
半ば朦朧とした意識の中で、なにか魘されている。
「覚えていやがれ、でございますよ」
◇ ◇
ウルカンタの町、瀟洒なテラス。
眼下に拡がる港の夜景を見ながら、夕餐を楽しむ一団が居る。
副市長カーラン卿と会計官だった俗人修道会士ツァボーのコルネリウスを囲んで事業の話に花がさく傍ら、その話題に興味のない数人が私語。
「あの貴婦人さまがフィエスコ医院の?」と露出度高い女ガラティア。
「嶺南で一番の名医が御在で有名だが、その一番弟子さまがファルコーネの城に被居る」
厚着すぎる男タンクが答える。
「嶺南州の御家騒動はご存知でしょう。お師匠さまの御一家は決闘で敗れ、一介の市民としてエリツェの街に雌伏なされて居たのです。わたくしは隣りの州生まれで詳しい事は存じませんが」
「賭博師のお前さんのお師匠さんってこたぁ、彼女もしかしてカルタ勝負でお城を分捕ったってえ伝説のおひとなのかい?」
「なにかの勝負であったのは事実ですわ」
ドミニク朧化して答える。
「ファルコーネ家といえば嶺南屈指の富豪として知られ、騒動の頃には敵対派側の御家老で重鎮中の重鎮の御家であったと仄聞致して居りましたが、今お師匠さまは嶺南候の耳目と云われる側近でございます」
「乗っ取ったのか・・すげぇ詐欺師って訳だな」
「詐欺ではないと思いますが」
「もしかして、この町でもひと勝負なさるのかい?」
「真っ当な事業ですわ。あの副市長ご夫妻とはトルンカ司祭さまとの御縁で昵懇に為っておいでです。
「その司祭さん・・ってのは?」
「迚も眉目秀麗な御方です」
「・・(そいつも詐欺師か)」
◇ ◇
アグリッパ。
トルンカ司祭、騎士の格好で入市したが復た僧衣に戻っている。
聖職者の姿で白馬に跨る訳にも行かぬ。僧侶はやはり驢馬である。まぁ、そんな細かい事を気にする僧兵も居ないが、彼は学僧畑だ。
事務服とはいえ他所の会派の司祭は目立つようで、道ゆく人々ちらちら見る。
そんなものだろうと彼は思うが、つい昨日他所の会派らしきトンスル男が丸裸で連行されていた所為とは露も知らぬ。
僧衣では立ち居振る舞い貴族くさいと嫌われる土地柄であろうか、とか的外れな思案をしている。
約束の場所では、待ち人に逆に待たれていた。
律儀な男である。オーレン・アドラーが手を振っている。
呼び出したのはトルンカ司祭の方だが、アドラー氏もアドラー氏で、相談したい事が有ったらしい。
夕食前に盃を交わす。
司祭、此の町にはひとつだけ不満が有る。
「わたし、生家も修学の地も、何故か何処でも名水の産地と言われる場所ばかりで暮らして来たんですよ」
「わかります。私もウルカンタに移ったら、山地から来る水が美味くてねぇ」
大河下流域の弱みである。
だが麦酒は悪くない。
「あら! アドラーさん。偶然ですわね」
態々『偶然』と口に出して大輪の百合の花のような女性が現れる。
「おお、偶然ですね」
どうせ完璧に居場所を掴んでのご登場だろうと『偶然』を返すアドラー。
「こちらイザベル嬢。探索者ギルドのヘルシング金庫長御令嬢で、最近は黒猫姫の年上の妹分という感じです。傭兵団という傭兵団に顔が利く人なのでご紹介させて下さい」
「『いうこと聞かないとお前の父親と結婚して継母になってやる』と脅されまして仕方なく扱き使われて居りますの」
是れ見よがしにヨヨと泣く。
「継母だからと娘を扱き使う話は聞きますが、継母になるぞと脅すとは。まったく義妹が申し訳ありません」
「義妹!」
アドラーとイザベルの声が揃う。
「ええ、契りの義兄妹ではなく戸籍上の正とした義妹です」
「嶺南のかたって全員親戚とかじゃ無いでしょうね」
アドラー、呆れたが物を言う。
顔合わせた者三人が三人とも左右いう人物なので、会話自然と謀議の如く成る。
◇ ◇
侯爵邸。
若干少々一寸だけ柄の悪い老人ふたり、しこたま飲って帰って行った。
〆めの南部ふう麺料理も珍しいと好評だった。
「まぁ伯爵さまがた御供も連れずに」
送ると言って断られたアントン呆れ顔。
「奴らも若い頃は豪傑と呼ばれた輩、護衛なんぞ置かぬのが矜持なんじゃろ」
・・『アントンの方が弱そう』とは言わないで呉れた。
実際は、それとなく見守るお役目の方も居るだろうし。
「健啖ぶり、お若かったですわ」とエルダは嬉しそう。
「へスラーめに至っては儂に毒されて、若い娘を追いかけ始め兼ねぬなぁ」
自分に『毒され』などと仰る侯。どの程度まで自覚あるやら。
確かに伯、彼女をちらちら窺み視ていた。
或いは彼女のスキルと食餌の効能に関して洞察力を働かせたのかも知れないが。
◇ ◇
厨房を片付けながら・・
「エルダっち、一人だと大変じゃない?」
「急にお客様の人数が増えたりすると、結構大変かもぉ。どこの家も、お客様には見せない中の方に知らない人が急に入るの嫌みたいだから、派遣業が成功しないんだって聞いた」
・・ポルトリアス家って危機感無くて駄目なのかな。僕もティーちゃんも一発で採用だったぞ。
「メイドにギルドが無いって、変だよね。娼婦のだって有るのにぃ」
メイドに横の連帯が出来て雇い主の内部情報が流れるのが嫌われるから、かな。そういうとこ傭兵業界と似てるかも知れない・・などとエルダ惟う。
「なぁ・・エルダっち」
「なーに?」
「へスラー様って、多分お前に気があるよな」
「あたしも渋いおぢさま好きよ」
「お声掛かったら、どうする?」
「奥さまに付いてられないから、ダメ」
「はっきりしてんな」
「そこはプロだもん」
・・まぁ同時期に子を成してそのまま乳母になるという生き方も有るが。
この世界、女性の初婚は普通十六、七である。
「まぁ、交代要員も居ないじゃ無いけど」とかエルダ言い出す、
「『毒見』スキル持ちとか、他に居るのか!」
「うん。妹」
家業だそうだ。
・・そう言や、僕にも弟いるよな。
あいつも何処かで執事になってたりして。
◇ ◇
コリンナ代官所。
領主が威張って謁見する場所だった広間が、今は駐留部隊の食堂になっている。
兵隊ら、兵営で左様だから下膳や簡単な洗い物は自分でやる習慣なので、賄いのおばちゃん皆に挨拶して先に帰る。
「家族の朝めしの材料もいただいちゃって、ふんとに有難いだよ」
入れ替わりに代官が来る。
「ザイテック伍長、明日アグリッパに行ってくれんか?」
「調査でありますか?」
「うむ」
先日の『怪しいおかま』一発解決で気を良くしたらしい。
「今度は身元調査依頼だ」
きんきん女の戸籍調査に、プロを雇うことにした様だ。
「出張を伴なう依頼だから予算も少し多めに見んと不可んが、手付是れくらい」
財布を渡す。結構重い。
慣れた者は財布を手に持った限で、目方と分量から金額が判るというが、伍長は中身を数えないと無理だ。無理だけれどお代官の本気度が伝わって来る金額なのは分かった。
・・一杯やって早寝して、第三夜警時あけに発てば明け方に着く。
伍長いそいそと酒盃を取りに行く。
◇ ◇
京師、下町。
禿頭の太った男、ことシュヴィンクリフのガダリス、泊まる宿のレベルが徐々に落ちている。
妾は相変わらず二人揃って盛況だが、化粧が手抜きになっている。
「じじい、金だけ取って何処へ消えた。詐欺師なのか! あいつ詐欺師なのか!」
老司祭ことシャイセンベルクのメルダース。詐欺師でなく死人である。
続きは明晩UPします。




