234.前門より後庭で憂鬱だった
低地州北東部、ヨードル川を挟んで東方騎士団領と接する辺り。
以前はコレーナ領と呼ばれていた。
これ元々は、星の聖者コレーナ様を祀る御堂が有った事から付いた地名だった。西半分が御堂の寺社領として正式に『コレーナ・ダストラ』領になったら、球撞き事故で東部が名無しになって了った。
つい先日までは領主の姓で適当に呼んでいたが、絶家した。
それで当該管区の判官であるツァーデク伯から代官が送られて来て、彼が仮称を聖コレーナの別綴りでコリンナ領と決めたのだが、未だ正式の地名ではない。
いや、そもそも色んな方言が使われていて個人名の綴りさえ不安定なのだから一層もっと鮮明り違った名前にした方が良かったかも知れない。
代官オスカー・ド・ブールデル、あのアロガン村長の娘が先代パシュコー男爵のご落胤だなどという荒唐無稽な話はまるで信じていないが、出来のいい偽文書など持ち出されると面倒だ、と感じている。
先代が死んで、二代目が父親の後妻だか側室だかを追い出して、お胤入りのまま村長に下げ渡した、とかいう話を作れば、芝居小屋の座長とかは飛び付きそうだ。村長の傍若無人さも説明がつく。だが、相続人の正統性を推すには弱そうだ。
いづれにせよ、あちらが伯爵法廷に身分確認訴訟を起こしてからの話だ。
こちらは何とか先手を打って、可能性を潰して行こう。
そう考えるオスカーであった。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵の居間。
昼日中、ご老人二人増えて延々と酒宴に成っている。
エルダ、かりりと炙ったベーコンの切れ端など酒肴に出す。
へスラー伯、氷塊の入手に御執心の模様。
「それではアルゲント商会と申す者に御用聞に上がるよう申し伝えて置きますわ。直接お口に為れる品質のものでは最安値でお納め出来ますかと」
・・小耳に挟んで『フラックス商会よりも?』と気にするホラティウス司祭。
「ありがたい。然しきみも故意と地味な態しとるんだろうが、結構可愛いな」
エルダ、少しく含羞む。
「その子も、やらんぞ」
「大殿、まさか二人とも・・」
「流石に違うわい! その子は貴重な試饌技能者。内緒じゃぞっ!」
「なんと! それは下手に漏らして王宮辺りから寄越せとか言われたら責任重大」
使い捨てでない本物の『毒見』スキル持ちは可成り貴重で、王侯貴族らが千金を投じても手元に置きたがるらしい。
◇ ◇
ホラティウス司祭、流石に昼酒には付き合えぬので帰り支度。アントン途中まで御供して送る。
「慶たい事と重なって詰まらぬ事件を起こす者が有り、鬱陶しいやら迷惑やら」
溢したそうなので聞く。
「また町で不心得者が出たんですか」
「ええ。僧形に剃髪した者を風俗壊乱の現行犯で捕らえてみれば教会主流派の現役司祭。とほほ」
「僕が縛って驢馬に後ろ前に跨らせて、都まで牽いてって遣りましょうか」
「あちらでも左右いう事には厳しいグンター司教殿辺りに送りつけて遣りたいのは山々なんですが、高原州司教区の聖職者だったのです。同じ会派でも所属クラスタ違いでは貰っても困るでしょう」
「でも、捕まえちゃったんですから・・」
「ええ、市条例違反で民間人に緊急逮捕されましてね。放って置いたら市民の前で身分と会派を名乗らされる所でした。連行中に、教会裁判所で身柄を引請けたので晒し者になる事は回避されましたが」
「何やらかしたんです」
「買春淫行です。相手は若い男性」
「あちゃー」
「聖堂首席司祭さんが裁いて、まぁ僧籍剥奪。贖罪で全国巡礼の旅にご出発という辺りでしょうが、人間・・性癖って直らぬものですよ」
「いつもの司祭さまらしからぬ事を仰いますね」
「実は昔の兄弟子が僧籍剥奪。全国巡礼して回って復た此の町にいます。教会には出禁ですが」
「贖罪しても赦されなかったのですか?」
「いいえ、若い僧のお尻を触りに来るので、その都度つまみ出しています」
「とほほ」
内郭通用口まで送って帰る。
◇ ◇
ウルカンタの町、湊を見下ろす瀟洒なテラス。
ファルコーネの某女城主とリベカ夫人、優雅に午後のひとときを過ごして居る。
「戻りました」
「ドミニクちゃんご苦労様。カーラ卿はご不満そうね」
「他愛のない相手ばかりで食い足りのう御座います」
女城主、タンクリードに向き直って・・
「うふふ。タンクさんがブレーキを掛けて呉れたんでしょ? ところで、お隣りの彼女・・ガラティアさんと親しいの?」
「え! お嬢様、あたしをご存知ですか?」
「え? あたし、あなたの掛かり付けフィエスコ医院の娘なんだけど」
「えー!」
ドミニク、話が進まないので割って入る。
「それよりお師匠。こちらボーフォルスの御家老アンリ様の兄君でございます」
僧形の男、挨拶する。
「弟が大変お世話になりました。ツァボーのコルネリウスと申します」
彼女『待っていた』と言わんばかりの笑顔。
「会計官としてのお働き、伺いましたわ。大変有能な実務家で被在るのね」
リベカ夫人の方を、ちらと見る。
「あなたのお力を借りたいのです」
夫人、続ける。
「此処には、州で二番目に大きな礼拝堂が出来る予定なんですよ。お坊さんたちはエルテスから見えますけれど、お寺の直営地で働く皆さんその他世俗業務の方々の人手を集めて束ねる事業を、私たちが請負うんです。どうかその経営陣に加わって頂けないかしら」
「具体的には、どのような?」
ボーフォルス家先代の家老、身を乗り出す。
「直き夫も参ります。皆も集まったので食事に致しましょう」
彼女の本当の夫が来たら怖い。
未亡人の再婚禁止期間中であるので、カーラン卿とは未だ他人なのだが、周囲は既う皆な夫妻扱いである。
むろん本人達もだが。
「あら? トルンカ司祭さまは何処に?」とドミニク。
「なんだか南の方に用事だってさー」
女城主、町人言葉で答える。
◇ ◇
アグリッパの冒険者ギルド。
ウルスラ頬杖ついて答える。
「確かに、アナちゃんの勘は凄いわ。この間の『怪しいおかま』も完璧ドンピシャ当たりだったし。でも『蛇の一族』の方は既う政治決着しちゃったみたいなのよ。マークする必要なし・・っていうか、マークすると不味いっぽいわ」
「でも、おかみさん・・」
「誰が『おかみさん』よっ!」
「でも、お姐さん・・。絶対に詐欺師です。凄腕の結婚サギ。見過ごせません」
「・・んで、結婚サギ師だって思った理由は?」
「いい男すぎるんです」
「あんたねぇ」
「乗ってた馬も、惚れ惚れするような美しい白馬なんです」
「馬もいけるクチとか言ったら、くすぐり殺すわよ」
「言いません。でも、馬の目が『色っぽい』って思ったのは初めてでした」
「雄馬なんだろ」
「陽根すごかったです」
「くすぐり殺すって言ったわよね?」
「いえ、わたしが欲しいんじゃなくって、このあいだ見た黒龍みたいな黒馬・・」
「アナちゃん、言い方」
「あの二頭が睦まじく草原を疾駆している場面とか見られたら・・」
「そいつも雄馬って言ってなかったかい?」
「そうですけど?」
溜め息つくウルスラ。
「で、あんた絶対言いたいだろうから聞いてあげるわ。そのいい男すぎる詐欺師の相手には誰が良いわけ?」
「メリダの言ってた吟遊詩人ですね」
随分きっぱり言う。
「そっちが攻めです」
◇ ◇
向こう岸にアルトデルフト港の見える鄙びた漁村。
西陽を遮る山も無い。
脛と尻に傷持つ男カシュパー、今夕も俯伏せに寝ている。
彼を世話している寡婦が海で死んだ夫の形見を埋けた墓に参っていると、一人の逞しい漁師が足音を殺して忍び寄る。
いや、彼女にでなく、彼女の家にだが・・
続きは明晩UPします。




