31.握っても憂鬱だった
陽の傾いて来たメッツァナの港。
浮浪児三人組、桟橋を見張っている。
「ベン、あいつ・・どうよ?」
「んー、ちょっと身なりがキレーすぎじゃね?」
「でも貧民のカッコは変そうしてるだけで、ほんとはカネ持ってんだろ?」
「んじゃ、こんどはメッサラが行け」
「お、おう」
浮浪児、船を降りて来た少年の背後から駆け寄って、徐ろに抱き付く。
「沈没〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
少年の股間を握り締めると、なんか存在感がある。
硬い。
「こらばか、気持ちいいじゃんか」と言いつつ、メッサラの首根っこを掴む少年。
「僕に遊んで欲しいのか? じゃ、ちょっと行こうか」
「ひぇぇ、犯られるぅ!」
残りの二人が体当たりして、メッサラを逃がす。
三人、一目散に走り去る。
「変な遊びが流行ってんのね」
◇ ◇
メッツァナ市は中央街商業地区の外れ近く、旅館業者ギルド事務所の二軒隣り。港に着いた少年は真っ直ぐ冒険者ギルドへと訪ねて来る。
受付のマリア嬢、今日はフロアで案内係をしている。
「いらっしゃいませ。初めてのご利用で・・は、ないわね。ジョルジャったら何時趣味変わったの?」
「潜入工作の変装だよ。いま女装男子やってんだ」
「何それ、一周まわって元どおりじゃないの」
「色々と込み入った経緯があるんだよ」
すっかり男言葉になっている。ジョルジャ、平素は無口系だがマリアが相手だと賑やかだ。或いは変装のキャラ作りも入っているかも知れない。
「それから、男装してる時の名前はオクタヴィアンだから宜しく」
「はいはい」
「ギルマスは?」
「南部の大富豪さんをランチで御接待中」
「女でしょ」
「当たり! 男装ばっちり決まったカッコいい系。でも、それが女性らしさを逆に引き出してる感じで、すごい美人で・・あれ? どんな顔だったっけな」
「状況がずいぶん急展開してる。フィリップも時々帰って来て空気読んどかないと危そう」
「ところで・・さっきから気になってるんだけど・・何その股間のもっこり」
「偽ちんちん」
「な・・何それ・・」
「変装で性別まで偽るなら、ぱっと見た外見だけに留まらず、やる気を出して役を作り込めと教えられた」
「そ・・それは含蓄のある御教示ね・・」
「つい先刻がんぜない子供のフリしたチビにモロ握られた。遊びっぽく芝居して。小遣いでも貰って探してる? 誰かが、あたしくらいの年恰好で男子に変装してる若い娘を。とびきり美人の」
「ああ・・アレかぁ」
「心当たり有り?」
「守秘義務のグレーゾーンね。ギルドじゃ受けたく無いからハインツに盥を回して個人受注させた『人探し』仕事よ。ここまでの話にしときますわ」
「厄介ごと・・ね」
「で・・その偽ナントカってば、服の上から触られた程度ならバレないほど精妙に『作り込んで』るわけかぁ」
「十分実用的なレベル。マリアも満足する」
「わっ、わたしは良家の子女よ。殿方なんて知りません。 ・・あとで見せてね」
◇ ◇
ギルドの大広間に面して幾つか小部屋がある。
ギルマスが留守なので、アグリッパの冒険者ギルドから来た使いのユージンには古株の女性職員が応対している。
「確かに、レッドバートさんを識っている職員は多いし、一緒に仕事した組合員も居ます。しかし遂行中のお仕事から考えると、当ギルドには寄らず直に南部に潜る可能性が高くありませんか?」
「それでも、無闇やたらに追うよりは、貴協会にご協力を仰ぐ方が、彼と連絡つく可能性が高いと、上の者が・・」
「アグリッパの探索者ギルドが送り出してきた追っ手は、一流どころです。きっと察知されますわよ」
「あちらの依頼主氏が妥協案を申し出てきたという報せなのです。むしろ知られて良いと」
「釣りでは?」
そう口で言いつつも古株女性職員ヴィオラ、追っ手の第一印象には音に聞こえた武闘派の苛烈さ性急さではなく、寧ろ真摯に落とし所を探るベテラン渉外係らしい思慮深さを感じているのだった。
「・・・(これは、きっと朗報ですわ)」
ヴィオラは思う。
金細工師ギルドは、みんな金細工職人だ。
探索者ギルドは何か探したり調べたりする専門家の組合だが、退役傭兵共済会と提携してるので、フリーの喧嘩屋が相当数いる。故に盗品の奪還屋とか人質解放の交渉人とか、そういう荒事が出来る。
冒険者ギルドはゴリゴリの専門性を要求しない『何でも屋』の組合だから加盟し易いが、その道のプロが居ない訳じゃない。武術師範が本職の者もいるし腕っ節を買われて警備員で職場に常駐してるのも居る。
でも腕力勝負になったら、ギルド長のルイジ親方が中年デブっちゃった現在もうフィリップさんくらいしか太刀打ちできる者は居ないだろう。ところが、アタマ数的には圧倒的にこっちだ。
だから、お互い険悪にならないよう上手く棲み分けている。
今後は、南部と交流が深くなれば、もっと平和的な関係になるだろう。何故って南部じゃ両方の組合員を掛け持ちしてるひとが多いらしいから。
これまでも、トラブルに発展しそうな案件は幾つも有ったんだ。今回も、きっと丸く収まる。
「ま、すべてはギルマスが帰って来てからね。一番に伝えるから」
冒険者ギルド全国協議会・・通称『全協』では、アグリッパとメッツァナという最大手クラスのギルドが二つ手を組んでいる現状で、万ずかなり話が通しやすい。だからお互い「頼むよ」と言われたら断らない間柄ではある。
声を出さず独りごちる。
「・・・(レッドバート氏を見付ける算段立てて置きませんとね)」
・・確か、歳の頃は私よりおひとつ上。外見は平凡だけれど篤実なお人柄のかたでした。そして・・そして・・
見た目の特徴に些か乏しいレッドを、知らぬ人にどう伝えるか。意外なところで苦戦する彼女。
考え事をするヴィオラを不審顔で見つめるユージンであった。
◇ ◇
ゆったりと東流する大河モーザを見下ろす丘陵地帯。
ランベール城の露台から独り遥か彼方・・べラリアンスの丘を眺めている僧形の人物が有った。
「師、仰るとおり情報皆無です」
「であろうさ。そんな莫大な財宝を慌てて隠したならば、人の口に戸を立てられて居る訳がない」
「つまり、昔から秘匿されて来た物だと?」
入って来て背後から声を掛けた男は、若いに似合わず鼻の上に乗せた硝子の目を外して、曇りを拭う。
「ジョンデテ殿は?」
「現場の冒険者達を督励して回っています。特に東の三日月周辺を」
「中々に勘の良い男だとは思うが、闇雲に探しても何も出るまいて」
僧形の人物、鼻で笑う。
「ボーフォルス卿が此の城に火を掛けなんだのは思慮分別あっての事じゃ。物品の略奪を固く禁じたのも物欲ばかりでは無かろう」
「まぁ・・禁じても是れですが。まこと足軽共は馭し難いですね」
モノの持ち出しヒトの連れ出しを規制した反動で、落城直後の城内は、その場で娯しめることに耽る雑兵で溢れたそうな。ランベール家中の女たち、気の毒な事であった。まぁ気の毒でない敗戦側も在るまいが。
室内に戻って来るグァルディアーノ師。其処は故ランベール卿の私室だ。だいぶ荒らされている。
「これが残っていたのは僥倖じゃ」
指先で摘み上げた小さな蝋板に卿の走り書き。
読み書きの出来る者は貴族でも少ない。法官を勤める伯爵の家系くらいである。彼らは元来が法務の為に中央から派遣されて来た宮廷書記官が土着した貴族で代々判官を世襲しているから異例である。
まぁ、ここで言う『読み書き』とは公文書に使う旧帝国語の事で、民族固有語や俗語のことではないが。
簡単な単語ゆえボーフォルス卿には辛うじて意味は取れたが、意味するところが理解できないで居た。
「獅子の角、Ⅷ,Ⅰ,Ⅲ」




