231.娘気安くて憂鬱だった
コリンナ代官所。
つまり、ちょっと前まで名前が無かった、元パシュコー男爵居館。
代官オスカー・ド・ブールデルが思案顔。
「なぁ、ざーさん・・先刻は素知らぬ顔してさらりと流したけれど、ほんと危いぞ那の大声きんきん女。あれ、地雷だぞ」
「地雷って、なんだそりゃ」
「東方騎士団みたいなのが攻めて来たとき進撃経路に撒くやつだ」
「鴉の足のことか」
「踏んだら痛い」
「痛い女ガナリーか・・」
ガリーナである。
「あたま悪くて性格最悪、物欲マックス態度がでかい。それで見た目は中の下下。絵に描いたような行き遅れ」
参審人ザンドブルグ評す。
「そこだよ! 醸造桶かぶせないと抱けないほどの醜女じゃないだろう?」
「俺は遠慮したいけどな」
「だから、爵位はあるけど金のない男は一発夢を狙わないか? 書類不備だらけの男爵領だぞ。買収買収で証人でっち上げて先代男爵のご落胤に仕立て上げ、入婿に収まって領地ゲット」
「金のない男って設定だろ?」
「そこに投資する奴ぁいるぜ。一発大儲け狙いが!」
「オスカー、お前・・やるか?」
「やらん。たが、きんきん女は多分ちょろい。騙す奴がきっと出る。面倒事になる予感がびんびんする」
「こっちが負けると思うか?」
「いや、神の正義は盲いない。天なる審判者は騙せない。ただ、決着までは面倒な気がする」
「さっきからお前・・こっそり飲んでないか?」
◇ ◇
アグリッパの町、冒険者ギルド。
「おねえさん、集会室借ります!」
「あら、尋ね人さんと、めでたく出会えたのかい?」
「後ほど市警のかたが来ると思いますんで、しばらく拘束してます」
「警邏隊に突き出すんですか。あんまり打擲とかしちゃダメよ。うちは違法行為は御法度だから」
なんだかトートロジーみたいな事いう主席受付嬢ウルスラ。
「泥棒をお上に突き出すときは、そうやってぐるぐる巻きにしたら、盗品と一緒に縛るんだよ」
「ええ、宝石類なんで、持ってた袋ごと首から下げてます」
「お尻丸出しか・・だから袋で前を隠すわけね」
「見ますか?」
「じゃ、ちょっとだけ」
袋をよけて袋を見る。
「ちっちゃいわね」
「あの・・『拘束中に、我々が不当な暴力を振るっていないか、監視しますか』と聞いたんですが」
「いや、ちょっと確認だけ」
そこへ赤マントやって来る。
「あ、どうも。市庁警備局のカデット警部です。先程はご協力有難うございます」
「あら警部さん、いつもどうも。アルトーさんが『ご協力』したんですか」
「彼が現行犯で拘束した『怪しいトンスル男』を教会裁判所のほうに引渡すことを快諾頂きまして」
「やっぱり怪しい人でしたか」
アルトー青年深く納得。
「教区司祭さんが事情聴取なさってます。高原州で職務放棄した破戒僧との疑いが濃厚なようです。なんか本官は子供の使いみたいです。ははは」
「あっちは荒れてるみたいですわねぇ」
「脛に傷持つ連中が勝手に慌ててるだけ、みたいですよ。南岳派さんはいろいろと厳格らしいので」
「こちらの『ひょろ男』の方は、ツァーデク伯爵の裁判管区から逃亡中の被疑者と確認しました。治安判事の法廷に出頭させる予定です」
「当方も、身柄拘束にご協力頂いた皆さんには証言をお願いするかも知れません。その節は宜しくとの事でした」
警部、敬礼して帰って行く。
「騎兵隊さんの格好してなくて印象が良かった見たいだわよね。こっちの気遣いが通じた感じ」
「こちら、治安当局さんとは、ずいぶん関係良好なんですね」
「市庁公認の民間協力団体なもので」
身柄拘束したのがツァーデク側なので、市条例違反については敢えて現地主義を曲げてくれたようである。窃盗の方が重罪なことが斟酌されたのかも知れない。
話のわかる相手で安堵するアルトー青年。
◇ ◇
コリンナ代官所。
ちょっと早い時刻だが、代官と参審人、一杯始めている。
「男爵領の継承問題とか大ごとになれば、伯爵法廷じゃ方が付かんだろ。裁判長が利害関係人だ」
参審人、肩を竦める。
「それもそうか・・そこまで行けば、侯爵さまの行なう授封への異議申立になる。それって『義父への不当優遇だ』っていう非難なのだから、すぐ決着しちゃうな。このあいだ水門あけに来た騎士、見たろ?」
「決闘裁判になりゃ一撃で決着する。侯爵家にあんな家臣がいるなら、何やっても無駄な抵抗だろう」
「欲に目が眩んだら大火傷か」
「火傷じゃなくて焼死じゃ無いか?」
「相続権を要求すると、行くとこ行っちゃう訳だ。爵位継承権と一体だから」
「そこまで大きくしないなら、未払養育費の請求とか?」
「そこまで小さくなると、あの女を貰うメリット無くない?」
「無いな」
「整理すると、企む馬鹿が出て来たら、示談金とかいう話には応じない。スパッと処断で終了」
「きんきん女が独りで騒いでも、偽証人立てる資金力は無い。却下で終わり」
「結論は、こうで良いか? 面倒事はきっと来る。だが・・」
「正しく受ければ怖くない」
「良し」
「よし」
ブレーンストーミング、決着した。
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸。
夕餐が出来ている。
「どうしても女手が足りてませんでしたので、料理の得意なメイドを雇いました。先ずはご賞味下さい」
本人まだ顔を出させず、アントンが給仕する。
かなり好評である。
続いて本人を紹介。
「むろん料理だけでなく、家事全般こなして不得意分野がありません。奥さまとも御年が近く、話し相手にも宜しいかと」
エルダ、地味目の最敬礼。
「エルダ・オロデスと申します。嶺東州の出で、高原州はカンタルヴァン伯爵家に仕え居りました」
紹介状を差し出す。アントンが受け取り、侯爵へ。
「おお、激賞しておるな。辞めたのは何故じゃ?」
「伯爵さまの旧邸宅で宿泊事業を本格開始なさいますのに際し、そちらでの勤務を申し付かりましたのですが、メイドの本懐はお屋敷で主人さまにお仕え致すものと存じまして」
「なるほど」
「そして就中、お試饌まいらす家系に生まれ、そを天職と心得をりますゆえ」
「なんとっ」
侯爵膝を打つ。
「エルダはお幾つなの?」とマティルダ嬢、目を輝かす。
「十有五にてござります」
「まぁ一緒ですわ、嬉しい。仲良くしてね」
◇ ◇
東のマルクへ向かう街道。
騎兵姿に戻ったアルトー青年ことザイテック伍長の一行、『怪しいおかま』即ち元パシュコーの近習某を連行中。
まだ裸で縛られている。
「死刑ですか?」
「法律どおりなら、ね。でも、決めるのは僕じゃないから」
騎兵伍長、まだ喋りがアルトー青年だ。
「僕の任務は『目撃者の身柄確保』だからね」
「なんにも見てないです。朝起きたら騎士さん達が怒ってて・・」
「その後、見たよね」
「・・はい」
「村のみんなが殺気立ってて、男爵家みんな死んだって騒いでて・・」
「みんなで屋敷じゅう金目のものを漁ってた、と」
「・・はい」
「知ってる人の顔は見た?」
「知ってる人も・・よく知らない人も・・」
「誰が居たか覚えてるね?」
「話もしました」
「それで逃げた、と」
「村のみんなは帰ったけど・・ぼくは帰るとこありませんから」
「盗みなんかしないで、朝会った騎士さん処に再就職お願いする途も有ったんじゃ無いの?」
「彼の方たち、みんな奥さん居ますから」
「は?」
「男爵さまの奥さんは、ぼくのせいで出てったので・・」
「たはは」
◇ ◇
アグリッパ、侯爵邸。
「『毒見』スキルのこと、上流階級はああ呼ぶのか」
「うん。うち、代々それの技能者」
「鉦と太鼓で誘うほど貴重なんだって?」
「えへん」
「エルダっち、礼儀作法も『スキル有り』じゃないの」
「そりゃ、生まれてこのかたお屋敷勤めだもん。身にも付くしぃ」
「一緒か。僕も執事一家の息子なんだ」
「宜しくねっ」
五歳年長のアントンに結構気安い娘である。
「ところで・・」
続きは明晩UPします。




