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230.捕物済んでも憂鬱だった

 ツァーデク城。

 伯爵が娘と話し込んでいる。


「お母さまが地獄いんへるのにいるって、それは言っちゃダメでしょ思ってても」

「お前だって思ってるわけだろ」

「それはアレよ。偉い誰だかが全人類の罪を背負って磔刑になるとかと似た感じのアレよ」

 不信心に当たらないよう必死な彼女なりの婉曲話法である。

 二人、祈る。

「子供のために泣こう。慰めないでくれ。その子はもう帰って来ないのだ」


 先妻とともに死んだ嬰児は、この父娘にとっても子であり弟だったのだ。

 若干ややこしいが。


「お母さまは・・『お前! よくも後妻にしてくれたわね』って忿ってたかしら。それとも『見たこと? お前を先妻にしてやったわ』って勝ち誇ってたかしら。

「両方だろう。今となっちゃ聞くすべも無いが」

「後悔はしてたわ。『後悔しても無駄ね』って何度も言ってたもん」

「・・してたか」

「してた」


「最後に金塊を持ってたって聞いたろ」

「聞いたわ」

「あれ・・どっかに何か依頼しようとしてた・・と思うか?」

「そりゃあ、お母さまが一人で逃げるわけないもん。私たちのためよ」

「だよな」


「愛が重たいやつだった」

 二人、祈る。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、路上。

 

「エルダちゃんは、どっかお屋敷で給仕やってたんだ」とアントン。

「うん。客間にも寝室にも厨房にも居たよ。う厨房じゃないから『ちゃん』って呼ばれる歳でもないけど」

「どこのお屋敷に居たか考えといて。普通そこ守秘義務ないから」

「本物の紹介状あるよ」

「用意いいなあ」


高原州ホホラントから来たことにするね」

「ああ、良いんじゃない? 最近あそこから来る人多いから」

「うん。手に職のない人は、此方こっち来ても落ち着き先なくって大変らしいよ」


「エルダっちのスキルは?」

「えーと・・『毒見』と『解毒』。料理も評判いいけど」

「いま隠したやつは?」

「『暗器つかい』」

「『暗器つかい』はともかく、『毒見』スキルって何処の諸侯プリンツからオファー来てもおかしく無くない?」

「えへん」

 ・・大当たり引いたな、これ。


                ◇ ◇

 代官所。

「ここの地名って、なんて言うんだっけ?」

「さぁ」と参審人ザンドブルグ、気のない返事。

「確か、むかしは聖コレーナさまの名前だったけど、寺社領の名前に為ってるからなぁ」

「それ、伯爵さまの実家の家名じゃないか」

 いつまでも絶家になったパシュコーの家名で呼ぶ訳にもいかず、困る。


体僕たちらいばいげんの村の三老が挨拶に参りました」と当番兵。

「彼らに聞いてみるか」

 らいぶが他人の私有財産あいげんになっている人々は奴隷とは違う。主人に自分の体の賃料を払っているから人格的な支配までは受けない。だから農奴という訳語はイメージが合っていない。

 住んでいる土地の付属品として所有者が変わるので、持ち主の領主がころころと変わっても彼らは変わらない。動かない。

 昔のことも知っているだろう。


 三老がやって来る。

「やぁ。私が当面ここら一帯を預かる伯爵家の代官シュルツブールデルだ。ときに此処ここらの土地って地元のみんな、何て呼んでる?」

 三老たち深々と礼をして言う。

「ここいら、星の聖女さまのお堂に来る巡礼さんたち、コレーナとかコリンナとか呼んどるだに」

「寺社領と被っちゃうな。ダメか」


「いやいやオスカー、あっちは『コレーナ』だから、此方こっちは『コリンナ』で良いんじゃないか?」

「んじゃ、仮称コリンナ代官所だ。よろしく」

 三老たち、また深々と礼。


「たぶん前の領主が押し付けてた面倒事とか無くなるから安心していい」

「ほぉぉ、よかったに」

「若いもんのお尻も助かったべ」

「へ?」


                ◇ ◇

「それでは『怪しいおかま』確保作戦を開始する」とアルトー青年。

 アグリッパ冒険者ギルドに到着したツァーデク師団の騎兵六名、ザイテック騎兵伍長ことアルトー青年の指揮下に入って隊服を脱ぎ、私服に着替え始める。

「ま、良いんじゃない? ・・これくらい」とウルスラ嬢、によによと笑いながら若者たちの内腿の肉付きを眺めている。


「それじゃ、現場に案内します」

 若干田舎くさい若者七人組が出来上がると、下町血風隊のベンが声を掛ける。

 ベンが長すぎる袖口を振って軍隊式の敬礼をすると七人整列するので、なんだか指揮官に見えたりする。


 都合八人の大所帯、下町へ向かう。


                ◇ ◇

 命名されたてのコリンナ代官所。

 女のきんきん声が響く。


「あの女、また来たのか」

「もう逮捕でいいんじゃないのか? 前男爵のもの盗んだってう自分でぽろぽろ喋ってるじゃん」

「あれ、アロガン村長の娘だべ」

「あの親父、アロガンってうのか、似合いすぎた名前だな」

 実は間違いである。

 ガンターのアロイスが本名だが書類が散逸していて、通称の方で知られている。


「いや・・女の絞首刑って、ほんと見たくないんだよな」


 代官、こういう発言で優しい男と思われがちだが、その理由が男は褌してて死刑執行時の粗相が目立たぬからだとまで知っている者は少ない。


                ◇ ◇

 アグリッパ、下町。ごちゃっとした街並み。


「ここの三階だよ」と案内して来たベン。

 ザイテック伍長ことアルトー青年、確保対象が窓から逃げた場合に備えて二名を路上に残し、残り五名が身柄を押さえに向かう。

「あ、ちょっと待って!」と対象マルタイを見張っていたアンタール少年。

「お客がまだ中だよ」

「お客って?」

「営業中」

「営業中って・・条例違反だろ、この町じゃ」

 門前町なので、そちら方面に厳しい。


「なんだ。なら身柄拘束しても違法じゃないじゃないか」

 司令部まで早馬出したのはウルスラ嬢に暴利られたのか将又はたまた彼女も知らなかった事であるのか。兎も角、この町で風俗産業が大幅規制強化を受けたのは極く最近の事である。

 犯罪の現行犯が告発されれば、是を拘束して法廷に突き出すのは善良なる市民の義務なのである。場合によっては報奨金も出る。今回の場合の『犯罪』を誰がどう告発するのかは別問題だが。

 警察機構も未発達なら、容疑者の人権も尊重されていない世界の話である。


 だが、今踏み込むのは一寸躊躇ためらわれる。気分的に・・

「まったく・・真っ昼間だろ」


                ◇ ◇

 コリンナ代官所。

 きんきん声の女が通されて来る。


「アロガン村長の娘ガナリーだべ」

 正しくはオックルの村長アロイス・ガンナーの娘ガリーナである。


「ちょっとあんた! 出て行きなさいよっ! ここはあたしの屋敷よ!」

「・・(あ、やっぱり面倒な話だ)」

「・・(な? オスカー、逮捕しちゃおうよ)」

 代官と参審人、目と目で会話する。

 ・・ざーさん。こいつって、無知だから自分に不利な事ぽろぽろ喋ってるんだ。このまま余計な知恵付けさせずに法廷に立たせて裁判員の前で喋りまくらせよう。多分それが一番良い。

 ・・裁判長のオスカーがその線で行くってんなら、それで行く?


 参審人ザンドブルグ、威儀を正して告げる。

「あーうむ、相続の絡む身分確定の訴えならば、公式に伯爵法廷へ提訴して正規の判告を得たまえ。それが無ければ無効と見做す」

「何それっ! 横暴っ! うちの父さんに訴えるわよっ」

「・・(いやそいつ地下牢だし)」


                ◇ ◇

 アグリッパの下町。

 某軍隊組織に勤務しているアルトー青年、待っている。

 だが、若い青年たちと二人の少年たち、奥から変な声の聞こえる廊下で待つのが苦痛になって来る。


「もう確保しちゃおう」

 誰も反対しない。


 踏み込むと、ひょろっこい青年と油ぎった中高年がいた。

 とりあえず『いた』とだけ表現する。

 油男の頭頂を見る。

 トンスルである。

 ふたり無言で板張りの床に両膝ついて座っている。


「来てもらうよ」

 ふたり無言でうつむく。

 裸のまま縛った上からマントだけ掛けて連行する。


 路上。

 赤マントの市警らしき男たちが来る。

「その『トンスル男』、教会裁判所のほうで身柄を拘束したいとの事ですが」

「どうぞ」

 引き渡す。

「こちらの『ひょろ男』は冒険者ギルドで部屋を借り取調べておりますので」


「それでは後ほど」

 赤マント、去る。


「それじゃあ君、いろいろ教えて貰おうかな」

 『ひょろ男』震え上がる。


続きは明晩UPします。

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