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229.売っても売られても憂鬱だった

 アグリッパの町、冒険者あばんちゅりえギルド。

 ウルスラ、『釣り針から餌の虫を奪い取ってる鱒』のスケッチを見せる。

 アルトー青年の持つパシュコー家の馬印の意匠そのものだった。


「入市審査で挙動が怪しかったためマーク中の人物が居りまして、彼の所持品から描き起こした図ですわ。多分お探しの人かと」

「一発ヒット!」

「居所は把握していますし移動すれば追尾します。ですが、犯罪の容疑者などでは無いため、我々は彼を拘束できません。それは市の条例上、非合法活動に該当して仕舞いますの」

「それでは旧パシュコー男爵居館の司令部まで早馬を出せますでしょうか」


 料金を言われてアルトー青年・・

「受取人払でお願いします」


                ◇ ◇

 男爵居館でなく、代官シュルツオスカー・ド・ブールデル、ヨードルの河畔に居た。

 難民キャンプの代表格と思しき三人のひとりが口を開く。


「それは願っても無いお話です。我々こんな姿なりですが、それなりの労働力にはなる所存です」

「フラミニウス助祭さまのお考えは?」

 オスカーに水を向けられた修道士服の男、静かに答える。

「東方への植民にお誘い出来ぬかとも思って居りましたが、前線に近い土地よりもヨードル西岸の方が好ましいと思し召さるならお気持ちのままに」

 助祭、上目遣いで更に言う。

「ところで、そちらのオックル村とやらで突然寡婦になられた方々が数十人単位で居られるとか」

 ・・あんたが寡婦にしたんじゃん〜とは突っ込まない代官シュルツ


「実は、東方の開拓村では男世帯で難儀しておる所が少なう無いので御座ります。若し再嫁を望まれる向きあらばご紹介致すにやぶさかでござりません。子供をお持ちの方々も決して忌避されぬかと」

 ・・この坊さん凄いこと言ってる気がするよ。


「高札立てても、読んで理解出来る者は多くござるまい。さりとて我ら役人の口が言うのも権柄付くに聞こえそうだ。御坊さま方に仰って頂く方がよく伝わるのでは有りませぬか?」

 ・・亭主殺して川に捨てた本人と名乗らなきゃ、な。

「ご領内に立ち入って勧誘しても宜しうござりまするか?」

 ・・随分と前のめりだよ助祭さん。


「いや、ご婦人ら本人も、略奪の廉で裁かれぬかと不安に思うておられましょう」

 ・・それが殺し文句だよな。


 ・・盗品所持は間違いなく死刑くらうのだ。なぜなら釈明には自ら善意取得者と立証せにゃならぬ。この状況、それがどう考えても無理なのだから。

 そう判告出すの、俺だし。

 評決する裁判員も容疑者ばっかりの村からは出せんから、よその村から呼ばにゃならん。

 さぞ冷たかろうなぁ。


 彼女ら売られていくんだな。しかも無料ただで。


                ◇ ◇

 旧パシュコー男爵居館近くの体僕村。


「領主、死んだんだと」

「フーン」

「どっちの息子が跡取るだ?」

「息子どっちも死んだんだと」

「フーン」

「お屋敷は代官所になるんだと」

「フーン」


 共通のご先祖から七代目までが血族だから、相続権者は多い筈なのだが、それは理論上のこと。そんな遠い御先祖まで血の繋がりがあると中々証明できないのだ。証人が寿命で死ぬから。

 例の男爵のように人付き合いが少ないと一入ひとしおである。

 被相続人の死亡から、一年と一日以内に相続人が異議申し立てしなければ相続人不存在が確定してしまう。


「お代官、どんな人だべな」

「どんな人でもパックよりマシだべ」

 綽名あだならしい。

「でも、パックだって良いとこあるだよ」

「あったけ?」


「パック、娘っ子手篭めにしねえべ?」

「あーなるほど」

「男は孕まんもんな」


                ◇ ◇

 冒険者あばんちゅりえギルド。

 アルトー青年とすれ違いに執事アントンが入って来る。


「ん! 上の上」

 ちらと見て受付のウルスラ嬢、小さく呟く。

 ・・でも、なんか攻めっぽいわね。あ、いけない。最近アナに毒されてるわ。

「いらっしゃいませ。ご依頼ですか? それともお仕事探し?」


「貴族家で働ける料理人を探しています」

「そ、そういうのは貴族さまのお家同士で紹介し合うんじゃないかしら」

「いいえ、毒物検知のできる祭司プレスタ職か罠はずしの堪能な盗人シーフ職あたりで、料理番に変装の出来る人を探しているのです」

 ・・クレアのやつ、難しい注文出しやがって。

「なるほど、内密に護衛するとか系の特殊任務ですか。それなら・・」


「はーい、あたしあたし!」

「その人が、昨日移籍して来たばっかりですが、その条件に合ってますわ」

「エルダ・オロデス。嶺東から来たC級暗殺者アサシンでーす」

暗殺者アサシン? C級?」

「アサシンって言っても守る方。解毒のエキスパートなんですぅ」

「攻めの手管を知ってる者は、受けの上手って言うでしょう?」

 ウルスラなんだかニュアンスがおかしい。


暗殺者アサシン職ってすっごく珍しくない?」

「お客さん、よくご存知ですね」

「はは、貴族家の執事とかやってると、入って来る情報も各種ありましてね」


「嶺東州には有名な暗殺者アサシンマスターがいるので、新人も育ってるらしいんですよ」

「彼女の若さでC級と言えば、その有名マイスターさんのお眼鏡に叶っているって事でしょう。期待大です。御主人様に紹介して正式契約を結んだら、仲介手数料をお持ちします」


 後ろ姿を見送るウルスラ。

「さっすが希少職だわ。あっという間に高額契約成約かぁ」


                ◇ ◇

 旧パシュコー男爵居館、いま代官所として整備中。

 昨夜まで駐留軍司令部だった。日々刻々変化中である。

 代官シュルツ、帰って来る。

「顔色わるいよオスカー」


 参審人シェッペンザンドブルグ慰める気のようだ。

「杓子定規にやればぶらぶら大量処刑って事態だったんだ。少しでもましになるなら良しとしようよ」

「東方植民の荒くれ男んとこに集団再婚ツアーって事態になりそうだ」


「昨日まで顎で使ってた小作人たちが地主になって、奥様連中ぁそこで下人として暮らすんだ。優しくて下々に慕われてた奇特なおかた様以外は居たたまれないだろ。みんな再婚ツアーに飛びつくさ」


「この件あちらの助祭さんが妙に積極的でな。ありゃ独り身開拓野郎どもに余ッ程っ付かれてるぞ」

「オスカーが絞り首の命令を出さずに済んだんだ。そのことを喜べよ」

「・・そうだな」


「いや、何人かは出すか」

 そこへ小隊長。

代官シュルツ、ザイテック伍長がアグリッパにて行方不明だった近習を発見しました!」

「彼の下に、ひと班送れ」


「なにか進展ありますかね?」

 良い方には無い気がするが・・


                ◇ ◇

 ツァーデク城。


「お父さま、オスカーの小父おぢさんきっと苦労してるわよね」

「おぢさんって言われると、きっと落ち込むぞ」

「おぢさんじゃん」


「まぁ、あいつなら上手くやって呉れるだろう。先々は、伯爵領を本家筋に渡して我家うち彼処あそこに移るんだからな。患部は綺麗に切り取って尚且つ恨みを残さんように処置せんと」

「恨み?」

「お前の祖父じいさん・・お前が会った事のない俺の親父の方だが、随分な碌で無しの遊び人でな、あの土地をもっと碌で無しに売ったんだ。彼処あそこには、いろいろ宿業が溜まってるのさ」


「ティリ、それ知ってたのかな」

「知らんだろう。地元の年寄りからおっさん止まりだ、知ってるのは」

「そっかぁ・・ちょっと疑っちゃった」


「ただまぁ、東方騎士団との州境で重要・・というか面倒なのは誰でも知ってる。だから安く買い叩かれたんだがな。けれど親父だって、あっちも碌で無しの息子が継いでたとは知らんかったろうし、不幸な偶然が重なってたんだよ」

「じゃあ、あいつは過去を清算するチャンスをくれたのかな」

「まぁ、良い方に考えよう」

「やっぱり、お母さまはあいつのヘイトを持ってってくれて、私たち家族を救ってくれたんだ。そうだよね」

地獄いんへるのにな」

「言い方!」


 伯爵夫人の訃報を聞いたとき、マティルダ嬢が隠した口許は・・

 たぶん笑っていた。



続きは明晩UPします。

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